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第8夜  納屋(5)

 気づいたときには見知らぬベッドだった。


 ここはどこ?


「気づいた?」


 ベッドサイドから覗きこんできたのは彼。


「まったくか弱いお嬢さんだ。あの程度で気を失うなんて」


 そう言われた瞬間に思い出した。納屋のこと。女の子のこと。そして…。


「傷は? 刺された傷は? 大丈夫なの?」


 慌てて尋ねれば、鼻で嗤われた。


「あんなの。かすり傷だよ」


 思わず安堵のため息をつく。


「でも…ちょっと血が足りないかな」


「え?」


「ねえ。少し、もらえるかい?」


「な、何を…」


 彼が私を抱きしめる。腕の温かさと一緒に首筋に感じる唇の熱さ。


「ちょっとだけ…ね?」


 彼の涼やかな声が聞こえたとたんに、首筋に感じた痛み。


 この痛み…あの時と一緒だわ。夜中の…。あ、また…貧血が起きる。


「待って…」


 そう言い終わらないうちに、首筋の痛みは消えた。慌てて手で触ってみるけれど、何もない。つるりとしたいつもの肌の感覚。彼が舐めた後のひんやりとした感触だけ。


 目の前の彼を見れば、舌なめずりをしている。まるで…私が食べられたみたい。


「何をしたの?」


 彼は肩をすくめた。


「ちょっとからかっただけさ」


「そ、そんな」


 そうなの? 本当にからかわれただけなの?


「今日は泊まるといいよ。倒れたからうちに引き止めると君の家には伝えてある。ドレスの泥も今、落としている最中だ」


 そう言うと彼は部屋から出て行こうとする。


「あ…」


「何?」


「えっと…運んでくれて…ありがとう」


「どういたしまして」


「あ…」


 去ろうと背を向けた彼に、また声を発してしまう私。


「何?」


 彼が今度は眉間に皺を寄せて振り返った。


「な、なんでもないの」


「そう。僕に添い寝をしてもらいたかったら、そう言うといいよ」


 にやにやとした嫌な笑い。


「そんなこと、お願いするわけないわっ」


 認められるわけない。こんな自分の気持ち。不安だから、寂しいから、彼に抱きしめていてもらいたいなんて。


「そう。じゃあ、僕は行くよ」


 くるりと背を向けて、ドアノブに彼の手がかかる。


 ああ。行ってしまう。


「待って」


 彼の動きが止まった。


「お願い…一緒にいて」


 彼がこちらを振り返る。


「傍にいて」


 彼の足音が近づいてくる。


「それが君の選択?」


 声が出せなくて、黙って頷いた。彼の重みでベッドが軋む。


「いいよ。一緒にいよう」


 彼が私を抱きしめた。





 夜の帳の中で、彼の身体に手を伸ばす。撫でたわき腹には何も触らない。滑らかな肌の感触だけ。傷は…どこへ行ってしまったの?


「まだ考えごとをする余裕があるんだね」


 涼やかな声が耳元で囁かれて、彼の熱い手と舌の動きが私を翻弄し始める。


「君はただ僕を感じていればいいんだよ。ほら。いい声で鳴いてごらん」


 その言葉の通り、私の口からは甲高い声が洩れ出ていった。


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