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第8夜  納屋(2)

 身体を戻そうと思うのに、その度に馬車の揺れに振り回されて、きちんと座れない私に、彼はもう一度ため息をついた。


「ごめんなさい…」


 泣きそうな気持ちで俯いて、小さな声で謝ったとたんに肩に腕が回された。


「ぐらぐらしてぶつかって来るよりは、こうしておいたほうが被害は小さくてすむ」


 あまりの言い様に酷いとは思うけれど、しっかりと回される腕に感じる安心感は本物で。


「ありがとう」


 彼の腕の中からお礼を言えば、彼の視線は窓のほうへと逃げた。


「別に。君があまりに頼りないから。仕方ない」


「なっ…。だって、揺れるんですもの」


 彼の視線が私の方へ戻ってくる。


「馬車は揺れるんだよ。これぐらいの揺れ、普通だ。この後もっと揺れるよ?」


「え? そうなの?」


「そうしたら…どうする? 僕が両手で君を抱きしめていようか?」


 耳元にわざと熱い吐息をかけられて、思わず頬が赤くなったのを感じた。耳たぶを甘噛みしてから、耳の中に入ってくる熱い舌。


「ぁ…ん」


 思わず声が洩れそうになる。慌てて口をつぐんだ。


 彼の指がすーっと私の顎を撫でたと思うと、首をたどって降りてくる。そのまま私の服の止め具を外して緩めると、ゆっくりと指が一本だけ胸元に差し込まれた。


 馬車の中で恥ずかしい。それなのに彼の舌の動きと指の動きだけで身体が熱くなる。


「感じるの?」


 返事なんてできやしない。口を開けたら声が洩れてしまう。


 彼の指は止まることなく、私の胸元の隠された部分に入り込んで、弾力を確かめるように動いている。


「返事が聞こえないけど?」


 狭い馬車の中で抱きしめられて、指一本で触られるだけで、こんなになっているなんて認めたくない。


 何も言えない私を嬲るように、片手で私を抱きとめて、片手は私の胸元で。指は一番敏感なところの手前でゆっくりと動いている。耳を甘噛みしていた唇は、そのまま首筋に降りてくる。


「ん…」


 舌が首筋を這う感触に、思わず身体が反応する。身体の奥が熱くなっていく。


「ぃや…。やめて」


 言葉だけの微かな抵抗は無意味で、完全に彼に無視された。一本だった指は、手のひらで確かめるように首筋と胸の間を行き来し始める。


「ほら。舌を出して」


「した…?」


「そう。舌。キスをしたら口紅が落ちる。だから…舌を出してごらん」


 それがどんなに恥ずかしいことになるのか。何も考えられないままに、そっと舌を差し出す。


「もっと出さないと。口紅が落ちて何をしていたか、バレてもいいの?」


 誰かに知られてしまうのは…困るわ。


 それしか考えられずに、私は精一杯に舌を伸ばす。とたんに絡みついてくる彼の舌。くちゃくちゃと音をさせて、彼の舌が私の舌に絡み、そして唇が吸い付いてくる。


「んんん…」


 苦しい。でも気持ちいい。朦朧とする意識の中で、彼を感じようと、一生懸命に自分の舌を伸ばす。


 暫くして舌の付け根が痛くなってきたころに、舌先から彼が離れた。いつの間にか閉じていた目を開けば、彼の茶色の瞳が間近に見える。目の前でその瞳が細くなって、笑ったのだとわかった。


「抱きついて溺れるのはいいけれど、もうすぐ着くよ」


 その言葉にぼんやりとしていた頭が急速に覚醒する。気づけば、私は両腕で彼の首にしがみつき、キスに夢中になっていたのだ。


 なんて恥ずかしい! 


 慌てて体を離せば、彼がにやりと嗤う。


「身体を触られるのは嫌だと言って泣いていた女性と、同一人物とは思えないな。積極的に舌先だけの口づけをねだるなんて。それも馬車の中でね。まったく淫乱になったものだ」


 淫乱…その言葉に一気に頭から血の気が引いた。


「そ、そんな…」


 思わず涙ぐみそうになれば、さらに彼の声が畳み掛ける。


「胸元が乱れて、人前には出られない状態だよ。早く直したほうがいいんじゃない?」


 慌てて洋服に手をやれば、彼がさらに緩めたのだろう。首まで覆っていた洋服は、胸元ぎりぎりまで肌蹴られている。下着が露出していないのが、まだ救いだった。


 あまりの言葉と自分の状況に、惨めな気持ちで服装を直そうとしたけれど、手が震えて上手く行かない。耳元で大きなため息が聞こえて、ぐいっと身体を引き寄せられた。


「世話がやける」


 そう呟くのが聞こえて、男性にしては繊細に見える手が私の服装を整えていく。目をあわせられなくて俯いて、じっと唇をかみ締めていれば、馬のいななきと共に馬車が止まった。


「着いたね」


 彼が何事も無かったように冷静な声で告げた瞬間に、馬車のドアが御者によって開かれた。


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