第6夜 結婚式(4)
彼が刻む三拍子のリズムに、私も引きずられる。一生懸命、彼の肩に手をかけて、右手は彼の手に握られていた。
「今度はクルクル回るよ」
「え?」
聞き返したとたんに、彼と一緒にくるくると回っていく。
「はい。ここで後ろに身体をそらして」
腰に回っていた彼の手が身体から少し離れる。支えられていた私の身体は、背中をそらせる形になった。
「きゃっ」
にやりと嗤う彼。いつもの表情。さっきのムリやり優しそうにしているよりよっぽどいい。
「上手。上手」
ちっとも褒めてない口調で言っても信じられないわ。でも彼のリードに従って音楽に合わせて踊るのは悪くなかった。ううん。楽しかった。こんなこと、今までしたこと無かったもの。
「ほら。みんな僕たちを見ているよ」
「え?」
周りを見ようとしたとたんに、腰に回された手に力が入って彼との距離が近くなる。
「よそ見していると転ぶよ」
「いじわるね」
「本当のことを言っただけ」
くるくる。くるくる。周りでも同じように踊っている人たちがいるのに、私の視界に入るのは彼だけ。彼だけを見ていれば踊ることができる。
くるくる。くるくる。彼に合わせて回っていく。楽しい。三拍子のワルツのリズム。きっとこの瞬間を私は忘れないわ。
そして…音楽が止まって。彼の足も止まった。
「今日はここまでかな」
「あ…」
頭がくらりとする。少し貧血を起こしているみたい。
「顔色が悪い」
彼が心配そうに覗きこんできた。
「ん…ちょっと…」
「アリス?」
彼の声が遠くで聞こえる。
「アリス」
「ん…大丈夫…。楽しかったの。ありが…」
お礼の言葉は最後まで言えなかった。身体から力が抜けて…ガクンと膝が落ちたところで私の意識も一緒に落ちた。
目が覚めたとき、辺りは真っ暗で、自分のベッドの上だった。見慣れた天蓋を視線から隠すように自分の手の甲を目に押し当てる。
何が起きたかはすぐに分かった。パーティーで倒れてしまったのだわ。それは凄く寂しい気持ちだった。楽しかった彼とのダンス。私がもっと健康だったら。人並みの娘だったら。きっと彼ともっと踊っていたのに。
「ショーン…リーデル・ドルフィルス…」
得体の知れない人じゃなかった。モロイでもなかったわ。お父様のお仕事相手のご子息。黒髪で碧眼のおじ様を思い出す。彼のお父様。彼となんとなく似ていたもの。だからどこかで会ったような気がしたんだわ。
私がもっと健康だったら、こんな出会いをせずに、こんな気持ちを抱えずに済んだだろうか。そう考えて思考が止まる。
健康だったら? どうするの? 冷たくて。酷い人よ。私をいけないことに引きずり込む人だわ。
でも…私に違う世界を見せてくれる。今まで見たことがない世界に連れていってくれる。
ふっと目に入るベッドサイドに置いたままにしている綺麗な小瓶。彼がくれた解熱剤。薬はちゃんと効いたわ。優しいところもあるのよ。稀に見せる不安そうな視線。悪戯っぽい笑み。
冷たいだけじゃない。
彼の顔が、姿が、頭の中で再生される。一緒に踊ったワルツは楽しかったわ。ちゃんとリードしてくれて、私は初めてだったのに、ちゃんと踊れたわ。また…彼と踊りたい。
その瞬間に、自分の気持ちに気づいてしまった。
私は…彼が好き。
ああ。馬鹿みたい。彼は私のことをなんとも思っていないのに。彼の傍にいたい。彼の声が聞きたい。彼の…腕に抱かれたい…。
馬鹿みたいだわ。そうよ。彼は私を弄んでいるだけなのに。その彼を好きになるなんて…馬鹿みたいなのに。
覆った手の隙間から涙が零れていく。初めて知った自分の気持ちが一杯過ぎて…苦しかった。




