第6夜 結婚式(2)
秋晴れの穏やかな日。あっという間に結婚式の日は訪れた。
その間、彼は来ることはなく…私の心は沈みっぱなし。なぜこんなに落ち込むのかしら。
自分で自分が分からなくなっていた。
「お嬢様。出来ましたよ」
髪を結ってもらって髪飾りの代わりに花を散らす。うっすらと化粧をすれば、鏡の中に映るのはまるで別人。
「とてもお綺麗です」
ちょっと憂いを帯びた若い貴婦人が座ってこちらを見ている。
「きっと殿方の注目の的ですよ。腰も細いですし」
もともと細いところをさらにぎゅうぎゅうと締め付けて。そして胸は寄せてあげて。まるで自分じゃないみたい。
自分で言うのもなんだけれど、綺麗なブルーのドレスが金髪に似合っている。
「さあ、参りましょう。旦那様と奥様をお待たせしてはいけません」
マリーにそう言われて、私は部屋を出た。
お父様もお母様も私の装いを褒めてくださるけれど、私の頭の中は結婚式やその後のパーティーのことで一杯。だって今までそんなものに出たことが無いのよ。私の世界はお部屋と馬車からの風景だけ。
…ううん。そして彼が見せてくれる…奇妙な世界だけ。あれはカウントには入れないでおこう。夜中の夢みたいなものだもの。
とにかく。パーティーに参加するなんて初めてだった。
結婚式は滞りなく進んだ。
少しだけマーガレットの暗い表情が気になったけれど。彼女はムリして笑っているみたいだった。
相手の方は神経質そうな男性。私は式の間中、あの男性がマーガレットのことを大事にしてくれるようにと神様に祈り続けた。彼女が幸せでありますように…と。
パーティーはマーガレットの知り合いというよりは、マーガレットのお父様の仕事関係者が多い。
室内楽団が音楽を奏でる中、皆がお酒を飲んだり、談笑したり、気まぐれに踊ったり。そんな情景を私は部屋の隅においてあった椅子に座ってみていた。
久しぶりに身体を起こしていたせいか、全身がだるい。でも途中で帰るのも申し訳ないから、そんなだるさを隠してぼーっと座っていれば、お父様が遠くから私に手を振ったのが見えた。
呼んでいる…のよね?
椅子のすわり心地を名残惜しく思いつつも、お父様の傍に行けば、マーガレットのお父様ともう一人。知らない男性が居た。
お父様と同じぐらいかしら? もう少し若い? 知らないと思うのに、どこかでお見かけした気がするのは何故かしら?
黒髪に碧眼の整った顔立ちの男性は、私を見るとにっこりと微笑んだ。
「これは。これは。お美しいお嬢さんだ。こんなに魅力的なお嬢さんがいらっしゃったとは」
その男性の言葉に、お父様が満更でもないように笑った。
「いやいや。身体が弱くてなかなか表に出せないのですよ。今日はいとこの結婚式ということでムリをさせて連れてきました」
「アリスと申します」
お父様の言葉に自己紹介をして腰を落として挨拶すれば、男性が軽く私の手をとって甲に口づけてから、口を開く。
「アルバート・ドルフィルスと申します。お二人には仕事でお世話になっております」
洗練された仕草とまっすぐな視線に思わず頬が熱くなるのを感じた。こんな風に男性にされたことなんて無いもの。
「息子も来ているですが…まったく言うことを聞かない奴でして。いずれは私の後をついで貰いたいと思っているんですけれどね」
そう言ってウィンクしてくる。
こんなとき、どうしたらいいの?
戸惑っている私を尻目に黒髪の紳士は、ふっと視線をそらすと、小さく『いた』と声を出して私の後ろに向かって合図を送った。
「息子ですよ。ご挨拶をさせますから」
そう言ったとたんに、誰かが私の背後に立つ。
「何?」
不機嫌そうな声。でも…この涼しげな声を私は知っている。
「仕事相手のお二人をお前に紹介しておきたくてね。ほら、ご挨拶をしなさい」
はぁとこれ見よがしのため息を一つ。このため息も…私は知っている。知っていると思うのに、期待が外れていたら怖くて、振り返れない。
「初めまして」
涼やかな声が挨拶をする。
「リーデル・ドルフィルスです」
平坦な声音。一歩間違えば慇懃無礼な言い方。それをこの人の涼しげな声が優しいものに聞こえさせている。
リーデル…。ショーンじゃないの? 彼じゃないの? 恐る恐る振り返れば…。
そこに立っていたのは、ちょっと癖のあるばさばさとした黒髪と、茶色の瞳に細身の体躯の持ち主で…。
振り返った私を見て、彼は貴公子のような完璧な笑みを見せた。