第5夜 モロイ(2)
朝日が眩しい。カーテンの隙間のわずかばかりの光のはずなのに、眩しくてたまらない。しかも体が重い。まるで鉛が身体中に入っているみたいに重いわ。手足が上手く動かない。
「あ…」
目を開ければ、いつもの自分の部屋。マリーがカーテンを開けたところだった。
「お目覚めになりました? …お嬢様?」
マリーが明るい日差しの中で顔をしかめる。
「真っ青ですよ。大丈夫ですか? すぐにお医者を」
「待って…マリー。大丈夫」
ううん。大丈夫じゃない。部屋が回っている。身体が重い。
「お嬢様! 誰かっ!」
目の前が暗転する。
再び目を覚ませば心配そうな顔をしたマリーが私を覗きこんでいた。
「月のものでもありませんのに…酷い貧血を起こしてらっしゃいます」
貧血。その言葉に思い当たる。昨晩からだわ。思い出すのは彼の不可解な行動。私に覆いかぶさって。まるで首筋に牙を立てられたみたいだった。多分、動物の牙が刺さったら、あんな感じ…。
無意識に自分の首筋に手を伸ばして、そこまで考えて手が止まる。最初の出会いを思い出す。ロンドンの夕暮れの中で見えた光景。赤い夕日の中で見た気がする彼の口から出ていた牙。まさか。
「ねえ。マリー。昔、話してくれた不死者の話…覚えている?」
「まあ、お嬢様。そんな話をしているよりもお身体を休めたほうがいいですよ。お医者様もおっしゃっていましたし」
「マリー。お願いよ。話を聞かせてくれたら休むわ。ねぇ。前にしてくれた話を覚えているかしら?」
そう無理やり頼めば、マリーは思案顔になった。
「ストリゴイですか? ルーマニアの」
「ええ。多分、それだわ。どんな話だったかしら?」
「人の生き血を吸う化け物ですよ。青い目に赤い髪。心臓が二つもあるんです。不名誉な死を迎えた者がなるんですよ」
「死んでいるの?」
「そうですよ。お嬢様。自殺や犯罪や…あとなんだったかしら…とにかく死んだものが、墓の中でストリゴイに変わるんです」
「それじゃあ不死じゃないわね」
「一度死んでいますけど蘇るから不死なんですよ」
青い目に赤い髪。全然彼に当てはまらないわ。ううん。私は彼の力強い心臓の音も聞いているし。それに心臓の音は二つも聞こえなかったもの。
「生きているなら…」
私の思案を余所にマリーが続けた。
「モロイって呼ばれるのがいますね」
「モロイ?」
「ええ。魔法使いや魔女と繋がっていて、人間にとりついて病気にするんです」
病気…。
「そのモロイはどんな外見なの?」
マリーがちょっと考え込むように天井に視線を向ける。
「えっと…特徴的なものは無かったです。男の場合もあるし、女の場合もあるんですよ」
そう言ってからマリーの視線は私に戻ってきて、にっと笑った。
「でもお嬢様。ストリゴイにせよモロイにせよ。迷信ですからね」
「そうなの?」
「子供への脅しですよ。『いいこにしてないとストリゴイがくるぞ』ってね」
「そんなものかしら」
「悪い子はもっと悪いもので脅さないといい子にならないんです」
私はもうマリーの言葉を聞いていなかった。
迷信。でも…もしも本当に…モロイだったら?