表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/39

第5夜  モロイ(1)

「お嬢様? お嬢様? ご気分が悪いですか?」


 侍女のマリーに話しかけられていることに、ようやく気づいた。


「なんでもないの。大丈夫よ」


 いつものベッドの上。身体を起こして香りの良い紅茶を飲んでも、頭に浮かんでくるのは彼のことばかり。ここ数週間、彼の訪れがない。最初に現れてから、数日と開けずに来ていた彼が…来ない。


 馬鹿みたい。喜ばしいことなのに。彼に弄ばれなくてすむのよ。そう自分に言い聞かせるけれど、気持ちが自分を裏切る。


「ねえ。マリー。何か面白い話はないかしら?」


「またですか?」


 マリーが考え込む。このところいつもせがむけれど、なかなか良い話をしてくれない。


「ああ。そうだ。イーストエンドの美談に裏があったという話は…」


「知っているわ」


「はい?」


 正直に返事をしてしまってから、私は気づいた。


 そう。マリーは知らないのよ。私のことを。私と彼のことを。


「何でもないわ…。裏話ではなくて、もっと不思議な話はないかしら? 怖い話とか」


 マリーは一瞬、怪訝な顔をしたけれど、話を探すように視線をさ迷わせ始めた。


「えっと…そうですね。最近、三歳の男の子が消えた事件が世間をにぎわせていますよ」


「そうなの?」


「ええ。誘拐されて殺されたんですが、犯人が見つからないのです」


 これは彼として面白い話なのかしら?


 私はちらりと考えた。


 わからないわ。


「細かく教えて」


 そう言った瞬間にマリーが申し訳なさそうな顔をする。


「なんでも納屋の中から死体が出てきたけれど、それ以上は分からないみたいで…」


「そう」


「うわさでは、その子の傍にいたのが七歳の女の子だけなのですが、犯人を見ていないらしいのです」


 それは…謎の話になるのかしら? 彼は面白いと思ってくれるのかしら?


 紅茶を飲み干して、ぱたりとベッドに倒れ込めば、マリーがくすりと笑う。


「お嬢様、変わられましたね」


「何が?」


 身体が強張った。私の何が変わってしまったの?


「前は世間のことなど気にもされてらっしゃらなかったのに」


 ああ…そういうことかと安堵する。


「それに最近は大人っぽい表情をされることがありますね」


「そ、そうかしら?」


「お嬢様も大人になりつつあるんですね。変わらないように思えて成長されているわけです」


 大人になりつつある…。それは…。


 内心での焦りを無理やり笑顔でごまかして、マリーに拗ねて見せた。


「それはそうよ。私だっていつまでも子供じゃないわ」


「そうですよね」


 マリーの屈託の無い笑顔にほっとしつつも、頭の中に浮かぶのは彼のこと。彼と出会って、彼を知って、私は変わりつつあるわ。


 胸の奥が焼けるような感覚をどこか遠いところで感じている。私は…どうしてしまったのかしら。


 思わずマリーに隠すようにしつつ、息を吐き出した。




 カタン…。寝室に響いた音。神経が高ぶっていた私は、そのわずかな音で目が覚めてしまった。もしかしたら…彼かもしれない。


 そんな淡い期待に目を開ければ、どさりと重いものが私に圧し掛かってくる。


「何?」


 微かな血の匂い。固い筋肉質の身体。男性だということは分かった。今まで彼がいきなりのしかかってきたことなんてない。


 何が起こっているのかと思って恐る恐る見れば、私の顔の真横にあったのは彼の顔。でも今は苦しそうに顔がゆがんでいる。気づけば浅い呼吸が微かに開いた彼の口で繰り返されていた。


「ど、どうしたの?」


 微かな声で問えば、彼が目を開ける。男の人にしては長いまつげの間で、茶色の瞳だけが動いて私に視線を向けた。そして見せる自嘲気味の笑み。


「…ちょっとね。失敗した」


「え?」


 ぐぃっと私の胸元が開かれる。


「やっ」


 悲鳴をあげるよりも早く、彼は私の首筋へと唇を這わしてきた。


「あ…」


 条件反射的に黙った私に両手で抱きつくようにして、がんじがらめにしたところで、首筋に何かが刺さった。


「痛いっ」


 声を出したら家の誰かに見つかってしまう…そう思ったけれど、洩れてしまった。ずきずきとした痛み。鋭い何かが私の頸に刺さっている。こくりこくりと飲み込む音がする。


 暗闇の中で彼に抱きかかえられて、感じるのは彼の唇のはずなのに…何が起きているの?


 どんどんと手足が冷たくなっていく。貧血が起きているときのような…。ううん。貧血になってるわ。目の前が暗くなってきたもの。


「待って…ショーン…」


 彼の名前を呼んだところで、意識が途切れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ