恋のゆくえは、お化け屋敷の幽霊占いで
お化け屋敷は怖いほどいい。旧校舎は不気味だけど、ここの古い教室のほうがお化け屋敷にふさわしかった。
「多美、本当にここでお化け屋敷をやるのか?」
「私たちの教室より、ここの方が雰囲気あるでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
孝作くんは嫌そうな顔をした。旧校舎は不気味に静まっていて、私たちの足音と声だけが暗い廊下に響いている。
「この部屋か……。いかにも出そう」
「大丈夫だよ、お化けなんていないもん。知らなかったなあ、孝作くんがこんなに怖がりだったなんて。……あれ? 鍵がかかってない」
旧校舎はあまり使われていないとはいえ、新校舎と渡り廊下で繋がってるから生徒の行き来は自由にできる。生徒のたまり場となったり荒らされたりすることを防ぐために、扉には鍵がかかっているはずだった。
「お化けが開けたんだよ」
「まさか。ここって一応、美術部の部室なんだよ。こう見えても私って美術部の部長なんだよね」
「まじ? 部活に入ってないかと思った」
「どこかに入ってないとだめでしょ」
扉を開けると、絡み付くような暗闇が目の前に迫ってくる。私はヒンヤリする空気をかき分けて部屋の中に入り、カーテンを開けて暗闇を追い払った。
「なんでこんな薄気味悪いところでお化け屋敷なんかやらなきゃならないの……」
美兎さんは不満があるのか、部屋に入ってもまだ文句を言っている。文化祭で美兎さんは演劇がやりたかったようだ。お化け屋敷はクラスの出し物だけど、ほかの人たちはそれぞれの部活の出し物に忙しい。なので、暇な私たち三人だけでお化け屋敷をやらなければならない。
メンバーは、
鈴木多美(私)、美術部部長。
但馬孝作、囲碁部部長。
二十日市美兎、盆栽部部長。
部長ばかりのエライ人たちばかりだけど、これには理由がある。私の通う高校では、建前上なにかの部活に所属していなければならない。だから怠け者は活動停止中の部活を選んで所属だけして、実際には帰宅部。孝作くんの囲碁部も活動停止中だし、美兎さんの盆栽部も活動実態がない。だいたい孝作くんは囲碁のルールも知らないようだし、美兎さんが盆栽のことを知っているとは思えない。形だけ部活に所属していることになっていて、部員も一人しかいないから、みんな形だけの部長になっていた。
私たちが実際には帰宅部なのをクラスのみんなは知っていて、お化け屋敷は私たちに押し付けられた。
「私、シンデレラやりたかったなあ。じゃなきゃ天使みたいな役。白い羽しょって金のリングが頭の上で輝いていてさあ」
美兎さんはつまらなそうに私に言った。
「もう決まったんだし、三人しかいないんだから美兎さんも協力してね」
「あーあ……」
この美術部の部室は、ほとんど使われてなくてカビ臭い。部屋の真ん中には、イーゼルに掛けられた絵がぽつんと置いてあって、異様な存在感があった。描きかけの女の子の肖像のようで、くすんだ色使いがちょっと不気味。
「多美、やっぱり俺たちの教室を使わない?」
「う…うん。でも、ここでお化け屋敷をやるって先生にも言ってきたし、ここの方が文化祭までゆっくり準備できるでしょ」
「そうだけどさ」
孝作くんが嫌そうにイーゼルの絵を見るので、その絵を裏返しにして部屋の隅に置いた。部屋は不気味だけど、みんながいるから大丈夫。これだからこそ怖いお化け屋敷ができていいじゃないか……。私はそう自分に言い聞かせた。
とにかく、三人で部屋の掃除をした。描きかけの絵が一枚あったけど、それ以外は隅に机と椅子が寄せられているだけで、普通の教室となにも変わらない。一応、美術部の部室ということになってるけど、もともと美術室というわけではないから、石膏像とか、美術部らしいものはなにも置いてなかった。
掃除をしていると、美兎さんが変なことを言った。
「多美ちゃん、お化け屋敷を作るのって私たち三人だけだよね?」
「うん」
「私の頭ってへんになったのかな。四人いるような気がするんだけど」
「え……?」
掃除をしているのは私を入れてなぜか四人いた。まさか……と思って数えても確かに四人いる。
廊下に消えた四人目の人影を、私は見なかったことにしたかった。でも幻覚ではない。薄暗い廊下から半身を乗り出すようにその四人目の人影がこちらを見ていた。
気が遠くなりかけたとき、孝作くんがその影に話しかけた。
「志水さん、そんな隅っこにばかりいないで、こっちにおいでよ。というかさあ、多美たちってどういうつもりだよ。さっきから三人三人って。いくらなんでも志水さんに失礼だよ」
「志水さん?」
びっくりした。三人でお化け屋敷をやらなければならないと思ったら、志水さんもメンバーのようだ。つまり私たちは四人でお化け屋敷をやる。
「志水さんって、美術部の人だったの?」
これにも驚いた。志水さんは大人しい人で、クラスでは目立たない。私は美術部部長とは名ばかりで、ほとんど部活に出たことがなかったから、志水さんが美術部員だということを知らなかった。てっきり私一人だけが美術部員だと思っていたのだ。
志水さんはぼっそりと、
「いいえ……私は多美さんが美術部の部長さんだと知っていました」
「ほんとう?」
聞けば、私がいない間、美術部のもろもろのことを志水さんがやってくれていたらしい。それならそうと言ってくれたらいいのに……。部長も志水さんがやってくれたらいいと思う。
*
掃除が終わり、どうすれば怖いお化け屋敷ができるかをみんなで話し合った。どうせやるなら、世界で一番怖いお化け屋敷を目指したい。
1、内部は照明を落として暗くする。
2、暗幕でくぎって迷路状の通路にする。
ここまでは誰も異論がない。そして、各人がお化けになってお客さんを脅かす。
「俺は占いをやろうかな」
「占い?」
孝作くんがへんなことを言い出した。
「もちろん、お化けの格好をしてだけど」
「意味がわからないんですけど……」
「内部をただ通るだけよりも、占いをする方が時間を稼げるから怖がらせるチャンスが多くなると思うんだよ。中に入ると占いの小部屋がある感じで」
「ふーん、そういうのもいいかもね。どんな格好をするの?」
怖がりの孝作くんのするお化けを想像して楽しくなってきた。
「俺は傷だらけの男。手術に失敗したみたいな感じのやつ」
「首の横からボルトがでてる?」
「でてる……」
「くっ……」
真剣に言う孝作くんに可笑しくなった。それってフランケンシュタインじゃ……? まあ、あれも立派なお化けだ。フランケンに扮した孝作くんのお化け占いは、ぜひ私も見てみたい。
「わたし……白装束を着てもいいですか?」
それまで黙ってみんなの意見を聞いていた志水さんが、ここではじめて喋った。
「う、うん。いいと思うよ」
それは怖そうだ。痩せて頬の痩けた志水さんが、白装束で長い黒髪を振り乱して立っている姿を私は思い浮かべた。
「それでね……」
「うん」
「顔を青白くお化粧するの……」
「う、うん」
「それで、おかっぱの日本人形を抱くの」
「……うん」
「私の頭や口からは血が流れていて、お人形さんの頭からも血が流れているの。私の体には赤い血の染みが点々と付いていて」
もうやめて……と思ったけど、志水さんの話は続いた。
「それで子守唄を歌うの。日本人形を赤ん坊みたいにあやして」
それはかなり怖い……。
そうやって各自のアイデアがでて、怖いお化け屋敷が本当にできそうだった。
今日は解散となって帰りの仕度をしていると、孝作くんが私の携帯を見て言った。
「そのストラップ、まだしてたんだ」
「これ? う、うん。気に入ってるから」
「ふーん……」
空色のストラップで、先端に大きな小判を抱えたアニメ顔の猫のパーツが付いている。なんとなく小物屋で買ったものだけど、偶然、同じものを孝作くんも携帯に付けていた。
「あっ、同じだ!」
なんて、あのとき素っ頓狂な声を出して笑っていたけど、あれから一年以上すぎても孝作くんはそのストラップを使い続けている。だから私も使い続けた。高い物ではなかったせいか華奢な作りで、猫の手から小判が外れたり猫そのものが紐から取れてしまったりもしたけど、私は修理しながら使っていた。孝作くんと同じ趣味なのが結構うれしかった。
私が携帯を揺らして孝作くんの目の前でストラップの先端の招き猫を揺らすと、孝作くんもポケットから携帯を取り出して同じように双子の猫を揺らしてくれた。
うん……、本当は双子じゃなくて偶然だけど、お揃いが嬉しい。私たちだけが知っている秘密のアイテム。孝作くんとは、ただの友達だけど……。
*
次の日の放課後――。
お化け屋敷を作るために美術部の部室にいくと、美術部の顧問、三沢京子先生がイーゼルに向かって絵を描いていた。
「先生の絵だったんですか」
でも、三沢先生は振り向いてもくれない。
「先生?」
「……ああ、いいところだったのに。あなたのせいで行ってしまったじゃないの」
先生は不機嫌そうに髪をかき上げ、私を冷たく刺すような視線で見た。そして、すぐに部屋から出ていった。あの先生は苦手だ……。
そのあとに来た志水さんに聞いたら、三沢先生は放課後にここで絵をよく描いているという。だから昨日きたときに鍵がかかっていなかったようだ。
「あの、志水さん? あなたも放課後にここに来ることがあるの?」
「ええ、毎日きてますよ。美術部ですから」
「ほんとう? へんなこと聞くけど、私ってまだ美術部の部長なの? 一年のときに美術部に入ったら、三沢先生に『部員がいないからあなたが部長』って言われたけど、二年の今までほとんど部活に出なかったから、どうなってるかよくわからなくて」
「多美さんがずっと部長さんですよ」
志水さんは私を別に責めるふうでもなく素直な表情で色々と教えてくれた。美術部に所属してるのは一年生を中心に十人ほどいるそうで、志水さんのほかは部活に出てこないという。
「ごめんなさい……。ぜんぜん事情を知らなくて。知らなかったのは私のせいだよね。これからは志水さんが部長になってね」
「いいえ、いいんです。いやじゃなかったら、多美さんも文化祭が終わったら部活に出てください。多美さんって絵が上手じゃないですか。一緒に絵を描きましょうよ。待ってますから」
「う、うん。ありがとう……」
これはショックだった。
このお化け屋敷に私が一生懸命だったのは、高校の勉強以外の思い出が欲しかったからだ。みんなが部活をがんばっているときに、そそくさと逃げるように私は毎日帰宅していた。
遅いかもしれないけど、これからは私も部活に出てみたい。志水さんとも、もっと仲良くなれそうだ。
「じゃまじゃなかったら、私も部活に出てみようかな」
そう言うと志水さんは私を見て破顔ってくれた。
日に日にお化け屋敷はできていった。
最初、演劇がやりたくてお化け屋敷を嫌がっていた美兎さんも、熱心にお化け屋敷を作ってくれる。きっと、立派なお化け屋敷ができるだろう。
三沢先生の姿はあれから見えなかったけど、私たちが帰ってからここに来てるのか、イーゼルに乗った絵は少しずつ加筆されていた。
「これって人……だよな?」
「女の子じゃない? おかっぱの」
私たちは、少しずつできあがるその絵が気になってしかたがない。女性の肖像画のようで、人物はほとんど黒い絵の具だけで描かれている。赤い背景に人物の上半身だけが黒く浮かび上がる不気味な絵だった。
志水さんがこの絵の解説をしてくれた。
「生徒を描いているようです。昔、この学校に通っていた女の子で、その子はまだこの部屋にいて、三沢先生にはそれが見えるそうです」
ぞくっと背筋に寒気が走った。
「どういうこと? その生徒って死んじゃったの?」
美兎さんが志水さんに聞いた。
「はい……。でも、魂が残っているそうです。今もまだ、このあたりにいるそうですよ。この絵はその女の子の供養のために三沢先生は描いています。完成したら、その女の子は成仏できるそうです」
「ひいいぃ~!」
美兎さんが両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。孝作くんも顔面蒼白。私もそれを聞いて思考回路が飛んだ。三沢京子先生は二十代の中頃で、他の先生たちと比べると生徒と年齢が近い。けれど、極端に無口だから生徒には人気がなかった。栗色の綺麗なストレートの髪をして、黒ブチの眼鏡をかけたその表情は、なにを考えているかわからない。先生は、あの眼鏡の奥の瞳で、この絵の少女をどんな想いで見ているのだろう……。
そして、文化祭の前日となって、私たちのお化け屋敷は完成した。
「ようこそ、世界で一番怖いお化け屋敷へ!」
という看板も作った。
世界一……と、自分たちで言ってるあたりが痛いけど、入場は無料だから少しはお客さんもきてくれるだろう。
三沢先生のあの絵も完成したようだ。真鍮製の鈍く金色に光る額に入れられて、部屋の壁に少女の絵は飾られていた。黒っぽい影の中の表情は、微かに微笑んでいるように見える。少女が本当にここにいたとしたなら、私たちのお化け屋敷のことをどう思っていたのだろう。私たちは、やはり邪魔な存在だったのか、あるいは、意外と広い心で許容してくれていたのか……。
下校が遅い時間になってしまい、孝作くんが私を駅まで送ってくれることになった。
考えたら、こうして孝作くんと二人きりで歩くのは初めてで、何を話していいのかわからなくなった。孝作くんも黙って私の横を歩いている。
この数日、私はあることを考えていた。
文化祭が終わったら私は部活に出るつもりだけど、孝作くんと美兎さんも美術部に入ってくれたら楽しくなる。お化け屋敷の延長の自分の妄想だけど、二人に聞くだけは聞いてみたかった。今、思い切って孝作くんに聞いてしまおうか……。
それでも私には言いだす勇気が出ない。「孝作くんともっと会いたい」そういう意味に受け取られたらどうしよう。孝作くんだけ美術部に誘うのはアカラサマだから、美兎さんをおまけで誘うみたいに思われたらどうしよう……。
言うに言えず、私は用もないのに携帯を取り出していじっていた。そしたら、孝作くんも自分の携帯をポケットから出して、私の携帯に乾杯をするように寄せてきた。
「どうしたの?」
「お揃いのストラップだね」
「う、うん。知ってるけど」
どきっとした。
孝作くんが私と同じストラップを使い続けてるのは、私を意識してるから……というのは、私の妄想だ。客観的に見れば、偶然、同じストラップを買って使っているだけのことだった。それに何かのメッセージを見い出そうとするのは想像力が逞しすぎるというものだろう。
でも、孝作くんがストラップを変えないかぎり、私からは変えられない。いつもいつも私は心の大国に閉じこもり、小さな真実を捉えて籠に入れ、それをさまざまな角度で眺めて自己陶酔を続けてるだけ。
私は携帯の空色のストラップを握った。そのまま力を入れて引きちぎってしまおうか。
私は変わらなければならないと思う。
いつまでも真実から目をそむけてはいられない。うじうじと空想の中で飛翔するだけの自分が、突然、嫌になってきた。孝作くんが美術部に入るなんてことも実際にはあり得ないことなんだ。聞いたところで意味はない。
「これって、壊れやすいんだよなあ……」
と言って、孝作くんも自分の携帯のストラップを握った。
私の真似をしてる……? と思った瞬間、孝作くんは拳に力を込めてそれを引きちぎってしまった。一瞬、なにが起こったのかわからなかった。でも、孝作くんは「ほらね」と言って、引きちぎったストラップを握りしめている。
「きゃっ! な、なに?」
「このストラップって壊れやすいんだよ」
「し……知ってるけど。でも今のは壊れたんじゃなくて、孝作くんが壊したんだよ?」
「うん、壊した」
「…………」
私は言葉を失って、孝作くんの顔をただ見つめるだけだった。でも、意味不明なすがすがしい笑顔で孝作くんは笑ってる。
「いやさあ、接着剤でこの猫の修理とか結構してきたんだよ」
「う、うん。私もそんなことして直してたけど……」
「なんか、同じの使ってる人がいるから、使いたくなってさ」
私のことだよね? 使いたくなってって……?
次の言葉を聞きたかったけど、孝作くんは「じゃあ」と言って走って行ってしまった。私はただその背中を見送るだけ。
これはどういうことだろう……。
さっきストラップを壊してしまおうと思ったのは私だ。それに気づいた孝作くんが、怒って私より先に自分のストラップを壊したのだろうか。いいえ、私はただストラップの紐を握りしめただけだから、壊そうとしたのは孝作くんにはわからなかっただろう。
なら、どうして孝作くんは自分のストラップを壊したのか。私とお揃いのストラップが嫌になったということ? それは私のことが嫌いになったという意味なのだろうか……。嫌われるような特別なことはやってないと思うけど……。考えれば考えるほどわからなくなって名探偵は混乱した。名探偵なら、理由がわかったかもだけど。
*
文化祭当日――。
お化け屋敷のクラス四人のメンバーが、それぞれのお化けメイクをして集まった。
孝作くんはフランケン。
志水さんは白装束。
私はゾンビ。
美兎さんはなぜか天使。
「天使!?」
裏切られた……と思ったけど、美兎さんは言った。
「いいでしょ、自分で考えたお化けをやるって決めたんだから。死んだら天使に会うのよ。私は霊界の天使。お化けも天使も紙一重よ」
そんなに天使がやりたかったのか……。美兎さんは、白いレオタードに白いタイツを履き、背中には天使の羽。頭には金髪のカツラを被り、金色の天使の輪を頭の上に付けていた。いやがらせとしか思えない……。
お化け屋敷の営業開始。受付は三沢先生がやってくれた。仏頂面で入り口の案内をする姿は別の意味で怖い。でもまあ仕方がない。人手不足だから引き受けてくれただけでもありがたかった。
それぞれが配置に付く。部屋の奥の占いの館は孝作くんのフランケンが受け持つ。他の女子三人は脅かし専門だ。
ところが、営業が始まったのはいいけれど、なかなかお客さんがこなくて退屈だった。私の待機するすぐ脇の壁には、例の三沢先生の絵が飾ってある。見ないようにしたけど、どうしても視界に入ってしまった。
「なんだかなあ……」
淡い光に浮かぶその絵を見ていたら、ぞくぞくと寒気がした。三沢先生は夜な夜なここで、どういう気持ちでこの絵を描いていたのだろう。
「キャーーッ!!」
お化け屋敷の入り口で、女の子の悲鳴が聞こえた。
やっとお客さんが来たようだ。あのあたりで、志水さんが白装束で血を流し、乱れる黒髪で日本人形をあやしているはずだ。あれは怖いにきまってる。
私のところにも早くお客さんが来ないかしら……。ゾンビの怖さを思い知らせてやろう。
そして、ついに私のところへもお客さんがきた。
「わっ!」
「きゃーっ!!」
私のゾンビを見てお客さんが逃げてくれる。あははっ、なかなか楽しい。笑わないようにするのが大変だ。
とにかく入り口付近で上がる悲鳴がすごい。志水さんのはまり役で、場所を交代しても志水さんの居場所はすぐにわかった。志水さんに会いたければ悲鳴の上がる場所に行け。
部屋の奥にある占いの館を覗いてみたら、孝作くんのフランケンが真面目に占いをしていた。孝作くんの前に座ったお客さんが両手を口に当て、不安そうな顔で占いの結果を聞いている。占いと言っても、孝作くんの口から出まかせだけど。
美兎さんの天使はさすがにあれなので、途中から私が顔中に血を書いて、結構怖い顔になった。美兎さんもその気になったのか自分で血を書き加え、様子を見にいくたびに血の量が増えていた。それはそうだ、お化けの醍醐味で、怖がるお客さんを見たら嬉しくなって演技に身が入る。
お客さんが一息ついて、私は孝作くんのところへ行った。
「うわっ! なんだ多美か。おどかすなよ」
「私のゾンビって怖い? 孝作くんも結構怖いよ。たまに覗いてたけど、成りきってるよね。フランケンの占いが、不自然に思えなくなってきたもの」
「多美も占ってやろうか?」
「ほんとう?」
せっかくだから私は孝作くんの前に座った。
「それでは占います。あなたは昨日、ある男子の行動に驚きましたね。突然、あなたの目の前で、その男子はあるものを壊しました。たいへん驚きました」
冗談っぽく言ってるわりには孝作くんの顔は真剣。あれは、軽い気持ちでやったわけではないのだろうか。その意味を私は知りたい……。私が黙っていると、もっと驚くことを孝作くんは言った。
「あなたは、その男子のことをどう思っていますか?」
――――!?
胸が破裂するかと思った。
「う……占いでしょ? 私に聞かないでよ。当ててみて」
「それでは占います」
孝作くん……もとい、フランケンは机の前に両手をかざし、水晶玉などないのに、それがまるであるかのように怪しく手を空中で撫で回すように動かした。そして、気づくとその手の下に彼の白い携帯が置かれていた。
「……だめじゃない。携帯しまって。フランケンはそんなもの使わないよ」
でもよく見たら、その携帯には新しいストラップが付いていた。
一瞬で私の頭の中に散らばっていた情報が繋がって電流が流れる。白いスクリーンが頭の中に現れ、
「勘違い」
と大きく書かれていた。
まるで私はバカみたい。この一年、小さな期待を大切に胸にしまって大きく育てていただけだった。孝作くんは私のことが好きじゃない。私が孝作くんに好意を寄せていることに気づいて、このままでは残酷な誤解を続けさせるだけだと、私とお揃いのストラップを壊すことで私にメッセージを送ったのだ。
わかっていたことだった。孝作くんとの接触が多くなれば、リトマス試験紙のようにはっきりと結果がでる。自分が変わる結果になればと、孝作くんとお化け屋敷をやることを私は歓迎した。その結果がこれだった。しかし私は変わる。変わりたくなくとも変わらなければならない。孝作くんは私の想いを知って、私のためにも誤解を直そうとした。それも彼流の優しさというものだろう。
「多美のも買った」
と言った孝作くんの手元に、もうひとつのストラップがあった。孝作くんの携帯に付いているものと同じものだ。それを孝作くんは私の前に差し出した。
「言うぞ……。俺は多美が好きだ。多美も俺に気があるのは知っていた。でも、もしかしたら勘違いじゃないかと思って、勇気が出せなかった。でも言う。多美が好きだ」
頭の中のスクリーンがまた真っ白になった。
私は黙ってストラップを受け取った。暗かったから、ストラップの色はわからない。目から出たもので前が霞んでよく見えないせいもあった。
「付けてくれる?」
不安そうに孝作くんは私の顔を見た。
「……うん、付けますよ。あの壊れやすいストラップなんて、いつまでも修理しながら使っていられないもの」
ああ、余計なことを言ってしまった……。なんて素直じゃないんだろう。あなたがくれたものだから付ける。そう、なぜ言えない。私もあなたが好きだった。そう、なぜ言えない。
こんなことでは結局は変われない。だから、私は最大限に勇気を振り絞った。
「フランケンさん、私は孝作くんという人が好きです。私の恋は成就しますか?」
フランケンは瞬間固まって小首をひねった。そして明るい声ではっきりと言った。
「はい!」
わーっという声が後ろでして、振り返ったら、頭から血を流した天使と、日本人形を抱えた白装束の女が私たちを見ていた。
*
持ち場に戻っても、まだ胸は激しく鼓動していた。深呼吸をして落ち着こうとして、ふと壁に目をやったら、壁に飾られた三沢先生の絵に異変があった。
キャンバスは真っ赤で、その中心に描いてあったはずの少女の影がない。これはいったい……。少女が昇天した……ということ!? そうなの!?
「うわああああああぁぁぁ……――」
気づくと、私は保健室で寝ていた。
心配そうに私を見る孝作くんたち。三沢先生もいて、
「びっくりしちゃった」
と舌を出した。
「せ、先生、あの絵を見ました!? いなくなったんです! 女の子が絵から消えました!」
三沢先生は信じてくれるだろうか。いや、信じるもなにもあの絵を見にいけばわかる。少女は昇天した。絵の中から消えて天に昇っていった。
「この絵のこと?」
と、三沢先生が私の前にその絵を掲げて、また私は気を失いそうになった。絵がある……! 少女が絵に戻ってる。というか私に近づけないで!
「あははっ、しっかりしてよ多美さん、いたずらだったのよ」
「うああああ……あ……はっ!?」
「いたずらよ。あなたが部長なのに美術部に出てこないから、ちょっと懲らしめようって志水さんと私であなたをからかったの。少女の霊とか、あれってぜんぶ嘘だから。絵もすり替えたし」
……なんという。
三沢先生はいつまでもお腹を抱えて笑っていた。志水さんもグルだから一緒に笑ってる。でも、孝作くんと美兎さんは私と同様に事情を知らなかったようで、最初、戸惑った顔をしていたけど、どういうことか事情がわかると、二人とも大声で笑いだした。
こうして、色々なことがありすぎた文化祭は終わった。
世界で一番怖いお化け屋敷。それが成功したのかはわからない。けれど、私にとって忘れられないお化け屋敷となった。
孝作くんに貰ったストラップは、その日から私の携帯に結ばれて揺れ続けている。
【了】