真実の輪舞(ロンド)
主との間に、軋轢を感じていた紫嵐。
そんな彼女を、予想だにしない真実が襲った!
異界が舞台の、壮大スペクタクル。
『幻夢抄録―目覚め―12章』ここに!
風が、まだ家屋の残骸の残る、焼け野を浚っていく。
紫嵐は、一人、佇んでいた。
「母上、あたしは…信じたく、ありません」
風の中、彼女はぽつりと呟いた。
『あれ』は間違いなく、母の勾玉だ。
(主さまが、それを持っていた、というのが意味するのは…)
「まさか…」
突然、背後からした唸り声に、紫嵐は慌てて身構えた。
「ゴウユ!?」
目の前に現れた、人面の猪――‐‐ゴウユは鼻息荒く、地面をかいた。
紫嵐は、後ずさる。
自分でも、敵うかどうか、分からない相手だからだ。
「ほお、お前…妖猫の長の所の、娘っ子かぁ?」
高いとも、低いともとれない、嗄れた声が言った。
「なっ、なぜ、ここに来た!」
「ふっ…お前も愚かよの、真の敵に仕えるとは。お前の母上が生きていたら、どう思うかのう」
ゴウユは、ちらり、と小さな目で紫嵐を見てから、嘲笑うように一つ、鼻を鳴らした。
「う、うるさい!?あたしの質問に答えろっ」
核心をつかれた紫嵐は、声を荒らげる。
「あの女は、お前の母を殺した…ただの気まぐれで、滅ぼされたと知っても尚、あれに仕えるか?」
「なに、今…なんて言った!」
しかし、それには応えずに、ゴウユはゆっくりと、向きを変え始めた。
「懐かしい匂いがしたので来たまで、まぁ…お前も気をつけることだ。殺されぬようになぁ」
地響きをたてて、去っていくゴウユを見送り、紫嵐は、強く拳を握りしめた。
爪がくい込み、地面に、点々と赤い雫が落ちる。
「奥方様が…敵!?」
紫嵐は、空間を歪めて、砂塵と共に消えた。
「紫嵐めぇ…あ奴、やはりっ」
水晶玉を覗いていた紫嵐の主は、卵大の水晶玉を握りしめる。
小さな亀裂が走り、ついにそれは、音をたてて砕け散った。
「紫嵐、来なさい、お前に話があります」
夕餉の後、部屋を出ようとした紫嵐を、彼女の主は呼び止めた。
「おそれながら、奥方様…私からも、お話がございます」
「そ…そう、では行きますよ」
「はい」
紫嵐の主は、そっと、帯の間に刀を差したのだった。
「奥方様、ここは?」
夜風が、紫嵐の茶髪の一房をさらっていく。
「お前は…気づいてしまった」
崖の先端に立っている主は、谷底に、小石を蹴落としながら、呟くように言った。
谷底には、魚も棲めない、急流が流れている。
紫嵐は、身構えた。
「奥方様、やはりあなたが…あなたが母をっ」
「あれは、ただの狩りでした…その中に、お前たち母娘がいただけのこと。気の毒なことをしましたね」
紫嵐は、歯を食いしばった。
この女は、自分を騙していた。
ずっと、信じていたのに…!
優しい言葉をかけてくれた恩で、ずっと仕えてきた。
彼女の為なら、どんなこともした。
間者、暗殺。
なのに…。
主の口から紡がれる言葉は、憐憫のかけらさえ、感じられない。
ついに、紫嵐の目には、涙と、憤怒が宿った。
「奥方様、あなたは!」
瞬間、鈍い衝撃を感じて、彼女は一つ、瞠目した。
なにが起きたのか、分からなかった。
深々と、胸郭を貫く、一振りの刀。
紫嵐の口許を、血が伝った。
「な、に!?」
「お前など、もう必要ありません。母のもとへ、行くがいい!」
底冷えのする瞳が、ぎろりと紫嵐を睨みつけた。
刀身が、引き抜かれる。
紫嵐は、しぶく血糊の中に、横倒しに倒れた。
衣の裾を、翻して去っていく主に、必死に手を伸ばす紫嵐。
しかし、その手が、主に届くことはなかった。
「ちくしょ…ちくしょうっ!!」
(母上、あたしは。なんて愚かなことをしてしまったんだろう、なぜ…)
震える足で、なんとか立ち上がると、紫嵐は豹に姿を変えて、漆黒の夜空に消えていった。