形見
どうも、維月です。
これからどんどん、話が盛り上がっていきますよ。↑
でも…紫嵐と、その主のやりとり、かなりヘビーです…
ですが、まあ、楽しんで読んでくださいな♪
宮殿内、早朝。
「紫嵐、奥方様がお前を呼んでいるぞ」
背後から、いきなり声をかけられて、彼女は跳びあがった。
振り向くと、そこには、自分の主付きの、侍女がいた。
「わ、分かった、今行きます」
「分かったのなら、早くお行き、奥方様は忙しいのですよ…お手を煩わせるんじゃありません!」
「はいっ!」
紫嵐は、一瞬にして体を歪ませ、その場所から掻き消えた。
彼女が行ってしまってから侍女は、一つ鼻を鳴らして、ぼそりと呟いた。
「フン…所詮、滅ぼされた、蛮族の生き残りめ。奥方様のお情けなしでは、生きてゆけぬ下賤よ」
「はい、奥方様…お呼びでしょうか」
紫嵐は、息も切らせずに、主の前に傅く。
そんな彼女を、甲高い音楽的な声が迎えた。
「あぁ紫嵐、お前に見て貰いたい『物』があって、呼んだのですよ。この、勾玉を、ね」
「それは!?」
血の色のごとく、赤く、つややかなその宝玉に、紫嵐は戦慄した。
それは昔、自分の母が、肌身離さず、身につけていた物だったからだ。
紫嵐の反応に、彼女の主は、いやらしく、口許を歪める。
まるで、その反応を、待っていたかのように。
「ああ…これは昔、友だった、お前の母から貰った物です、どうか、しましたか?紫嵐」
「い、いえ…よく、お似合いでございます」
「まぁ、嬉しいこと」
「奥方様…」
紫嵐は、気取られぬように、主の様子を伺う。
主の、自分をここに呼んだ思惑が、今ひとつ、分からなかった。
「ときに、天河の行方は、つかめていますか?」
「はい、現在、私ども総出で、捜索しております」
「そう…分かりました、下がりなさい」
「御意に」
音もなく、紫嵐が去ってすぐ、彼女の主は、小さく呟いた。
「紫嵐め、気づいたのか?いや、まさか…な」
紫嵐の中で、記憶の断片がちらつく。
それは、忘れもしない『あの日』のものだ。
燃えさかる、家屋の残骸――‐‐逃げ惑い、殺される者の断末魔。
そして、憎悪に歪んだ―――‐‐‐女の、顔。
刀、飛び散る血。
(似ている?いや、そんな筈は…ない、筈だ)
似て、いた?
あの時は、自分も幼かったし、見間違いだろうか?
しかし妙だ。
始終、母の側から離れなかった自分は、一度たりとも、奥方様など見たことはなかった。
あの時を除いて。
なのに、なぜ主は、母の勾玉を持っているのだろう?
分からない。
同時刻、氷魚は、食卓で盛大なため息をついていた。
ことある毎に、瑪瑙と天河が、ぶつかり合うからだ。
今も、一つのおかずを巡って、ケンカしている。
「コラっ、てめえ居候の分際で、食い過ぎだ!」
「えー、いいじゃん別にぃ」
堪えていた氷魚に、ついに青筋が浮く。
「ああもう、うるっさいっ!ケンカなら、外でしてっ」
氷魚は、テーブルを強打して怒鳴った。
「す、すまん…氷魚」
「ったく、てめぇのせいで、叱られちまっただろが」
しゅんとする天河の脇を、瑪瑙は小突く。
「あたし、終わったから、先行くからね?」
食器を流しに下げて、台所を出て行く氷魚を見送って、天河はぽつりと呟いた。
「…瑪瑙」
珍しく名前を呼んだ天河に、ほう、と片眉を上げてから、瑪瑙は目を合わせた。
「なんだよ」
「しつこい男は、嫌われるぞ、じゃね」
「んな!う、うるせぇっ、余計な世話だっ!」
含み笑いをして、台所を出て行く天河に、瑪瑙は憤慨した。
「はぁ…お母さん、もう聞いてよ、瑪瑙ったら、ホントに子供くさいんだから!」
氷魚は、母の墓前で愚痴っていた。
二本の刀についた朝露が、朝陽を含んで、キラキラと光る。
一頻りの風に、氷魚は、髪を押さえた。
「お母さん…あたし、どうしちゃったのかな?別にね、どこか悪い訳じゃないんだけど、最近、なんかヘンなの」
「ヘン、って?」
「え!?」
突然、返ってきた返事に驚いて、氷魚は、後ろを振りむいた。
「天河!?ダメじゃないっ、勝手に出てきちゃ…いくら村はずれとはいえ、誰かに見つかったら、どうするの!」
「だーい丈夫、気配も、妖気も今は発してないし、俺の変化は…よっぽど鋭いヤツじゃないと、見破れないよ」
「もう!びっくりしたわ…」
やっぱり楽しそうにする天河を、じと目で見てから、氷魚は言った。
「ごめん、ここ…墓だったんだな」
「うん…母さんと、兄さんのだよ」
俯き加減に言った彼女に、天河は、はっ、と息をのんだ。
「どうしたの?天河」
「いや、なんとなく歩いてたら、氷魚がいたから…」
「そっか…さてと、戻ろっか、瑪瑙一人、置いてきちゃったし」
笑顔で言ったつもりだが、声が、震えた。
「涙…」
天河は、氷魚の頬を伝う涙を、そっと指で拭ってやる。
「え、やだなぁ…どうしてだろ?涙、出ちゃう」
「氷魚、そなた…独りなのか?」
独り、そうだ。
確かに、自分には、家族がいない、奪われてしまった。
けれど…
氷魚は、ふるふる、と首を横に振った。
「『独り』だけど、だけどね?あたしは一人じゃない、瑪瑙も、村の人たちも、天河、あなただっていてくれるもの…寂しくなんかないわ」
にっこりと笑いかける氷魚に、天河も、はかなげに微笑んだ。
「お前は、強いな…さて、戻るか。でも…一緒に戻ったら、またどやされそうだが」
「そうねぇ…」
一方その頃、家に一人残された瑪瑙は、榻にふんぞり返り、愚痴をこぼしていた。
「ったく…アイツ、気にくわねぇ」
アイツとは、もちろん天河のことだ。
歩調荒く、砂利を踏む足音が近づいてくる。
瑪瑙は、氷魚が戻ってきたと思い、目線だけを扉に向けた。
しかし、蹴破る勢いで、玄関のドアが開く。
そこにいたのは―――‐‐‐
「はいはい、お邪魔するよ!父さんから、話聞いたよ。嫁をもらったって?」
「か、母ちゃん!?なんだよ急にっ」
そこにいたのは、瑪瑙の母だった。
「お前にも、ヒト並みのことができたんだねぇ、驚きだよ」
「あ、あいつ、今いないんだよ…悪いな」
瑪瑙は、慌てて理由を取り繕う。
冷や汗が、一筋、背中を伝った。
(ま、まずい…アイツがいるの、バレちまうじゃねぇか!)
「あ、そう…じゃあ戻ってくるまで、待たせてもらおうかね」
「いや、だからさ…」
そうだ、こういうヒトだったよ…このヒトは。
瑪瑙は、がくり、と肩を落とす。
「柘榴の妹なんだってね、どんな子だい?」
「どんなって、カワイイよ」
「へぇ――‐‐‐」
そんな時、扉が開き、氷魚が顔を覗かせた。
「ただいまぁ…あら、お客さん?」
「あっ、ああ…母ちゃんだ、お前に会いたいって。入ってこいよ」
「う、うーん。なんか、緊張するなあ」
笑ってみせてから、氷魚は、玄関のドアを閉める。
その顔は、少し、引きつっていた。
「ほら母ちゃん、氷魚だよ」
「ど、どうも、氷魚です…」
はにかんで、氷魚は笑う。
しかし瑪瑙の母は、氷魚を前にして、竦みあがった。
「宵華!?」
「え?」
「あ、いや、ごめんね…あなたが、あの子の娘かぁ、あの時は、どうなるかと思ったけど、よく戻ってきたね…おかえり」
「あ、あの…泣かないでください」
急に泣き出した彼女に、氷魚は、困ったように話しかけた。
「ごめんね…年を取ると、どうも涙もろくてね」
瑪瑙の母は、目尻の涙を、指で拭ってから笑った。
「っくしゅん!」
突然、会話を割ったくしゃみに、氷魚は、天河を外に待たせていたのを思い出した。
「いっけない!外に出しっぱなしだった!」
「どうしたんだい?」
不思議そうに、瑪瑙の母は、首を傾げる。
「居候さんなの、ごめーん天河っ、早く中に入って!」
「あ――‐‐‐もう、いわんこっちゃねぇ!」
氷魚が、天河を引っ張り込んだ瞬間、瑪瑙は呻いた。
「どうか、したのか?ヘンな顔して」
天河は、相変わらず脳天気に聞いてくる。
「いいのよ瑪瑙、大丈夫だから、今は…」
「あらあら、まぁ…」
瑪瑙の母は、興味深げに、じっと天河を見た。
「どうも、天河っていいまして、ここで厄介になってます」
あっけらかん、としている天河。
その脇で、瑪瑙は、氷魚になだめられていた。
「へえ、旅人さんなの…どこから来たんだい?」
「ああ…北です、この辺りは、気候がいい」
「そうかい、それにしても、珍しい髪をしているよ、キレイだねぇ」
「ははは…」
渇いた笑いが響く。
まさか、化けている、なんて言えない天河である。
話しもそこそこに、いそいそと部屋に引っ込んでいった。
「あんたは幸せモンだよ、瑪瑙、いい娘を貰ったね」
「ああ…まあな」
照れて、顔をそむける瑪瑙に一つため息をついて、彼の母は、嬉しそうに笑った。
「娘ができるなんて、嬉しいねぇ、ウチは野郎ばっかりだから。でもさ…氷魚ちゃん、ホントに、この子でいいの?この子、バカよ?」
「ばっ!余計なこと言うんじゃねぇっ」
「余計じゃなくて、ホントのこと言っただけさね」
からから、と明るく笑う彼女に、氷魚は、いつの間にか、緊張が消えているのに気がついた。
「やれやれ、忘れ形見というか、なんというかねぇ…さて、そろそろ帰るとするかな」
瑪瑙の母は、腰掛けていたテーブルから、腰を浮かせる。
「おう、さっさと帰れよ」
「コラ、瑪瑙ったら、なんてこと言うのっ」
氷魚は、慌てて瑪瑙を窘めるが、彼女は、気にした風もなく、明るく笑った。
「ああ、いいのいいの、この子…いつもこんなだから」
「もう、瑪瑙は…今日は、わざわざありがとうございます」
「いいや、じゃあ、気が向いたら、ウチにおいでよね、歓迎するよっ」
「はーい」
氷魚は、面倒くさがる瑪瑙を玄関先まで引きずって、彼女を見送った。
「いい、お母さんだね」
「そうかぁ?単に、世話焼きなだけだろ」
「意地っ張り」
くすくす、と笑う氷魚を、瑪瑙は、抱き寄せて言った。
「さっきは…悪かった」
「うん」
視線が絡まり、互いの唇が重なりあう。
しかし、甘やかな雰囲気を、またも天河が破った。
「もしもーし、なんか、忘れられてて悔しいなぁ」
「て−めーえー…何度も、何度も邪魔ばっかしくさりやがって――‐‐」
再び、険悪な雰囲気が復活し、氷魚は、額を押さえた。
「やっぱり、どっか行っちゃおうかしら」