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八 帰蝶の最期

 八 帰蝶の最期


 小姓頭の乱丸の他、十二から一五、六歳の少年武士たちが集まっている板張りの間に、雨戸を打ち破り、遂に数人の武士がなだれこんで来た。


 信長のいる奥の部屋を彼らは認めた。乱丸たちの警護がかえって信長の居場所を知らせてしまった。


 しかし功名にはやる彼らは、それを他の兵に報じない。


 板張りの上で寝間着に袴、着流しの小姓たちと数名の襷鉢巻き姿の長刀なぎなたの女威丈夫が敵に立ち向かう。

 命を捨てて振り回される長刀ほど恐ろしいものはない。刃渡り二尺の大反りの大刀が長柄によって一間(1.8メートル)の弧を以って振りおろされる。しかも女性の首を取っても軍功とはならぬ。


 槍と太刀を持つ小姓にまず彼らは向かった。女性としての素直な恐怖心からか、女中らは戸板に退き、長刀を青眼に構え、幼きをのこ等に先陣を譲った。

 十字槍を小脇に構え、板戸の前を守っていた乱丸に槍を持った武士が二人近づいた。


「やあやあ、これは乱法師殿」

「俺を知っているのか。名を名乗れ」

 彼らは目をあわせにやりとして言った。

「先鋒、升屋小十郎重時じゃ!今回二つのことに特別の褒章が出る。信長の首とお前だ」

「官名なきは小禄の者か!ならばこの首とって手柄にせよ!だが、御屋形様には一槍とて付けさせぬ!」


 この状況で不敵な乱丸の言葉に、甲冑に身を包んでいる彼らさえたじろいだ。


 後ろから弓手が数名踏み込んできた。それを見て二人の武士のうちの一人が、叫んだ。

「長刀をまず討て!」

 対峙しているのは森乱丸であるということを皆に知られたくない。手柄を確保するために皆の気を逸らそうと、この武士は考えた。


 そのとき、大音声が。

「待て!」

 赤拵えの見事な甲冑を着た武者が言った。


「そこにおわすは、右府殿の御正室、帰蝶様とお見受けする。帰蝶様の御母堂は明智光継様の御息女!光継様と主君光秀とは御親戚で御座る。御命をゆめゆめかろんじるなかれ。いざ御退出を!」


 濃姫は一歩出いでて若いをんなの様な声で返答した。

「これは面妖な!かたきを縁者と申してどこに我が夫を捨てて逃げる妻やある!ここに居るは天下に号令すべきをとこをんななるや!」


 だが刀を抜かず両拳を握り、悲しげに立ちすくむ赤の武者に一礼し、

「どなたか存ぜぬが、この様な時に斯かる心遣い頼もしきもののふぞ。あの世に行きても忘るることはない!いざ!」


 その武士は身を震わせると弓手を招いた。

 さっと敵が堂の壁に引くと、弓を引き一斉に女中達に矢を浴びせた。少年達は散開していて却って女を狙いやすくなっていた。一人が倒れると次の一人へ。戸板に逃れた矢が突き刺さる。

 最後に倒れた帰蝶が板戸に向かって叫んだ。

「ご主人様!今生のお別れです!父、道三とともにあの世でお待ちしております・・・」

 戸板の奥からは誰かがうなずくような気配がした。


 信長の正室、濃(帰蝶)の消息は史書に出てこない。

 生き残った信長の次男、織田信雄のぶかつの後年の分限票に「安土殿」として六百貫を貰っていた女性が記録にあるが、信長の正妻の待遇としてはどうであろうか。しかも濃は家中では「鷺山殿」と呼ばれていたはずだ。愛妾のお鍋殿か他の名前不詳の妾であろう。


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