三 乱丸と帰蝶
話を本能寺に戻そう。
乱丸は必死に信長を見上げて言った。
「人の気質を見極め、裏をかくは戦の一手!御屋形様、ここは私が残り守ります。どうか御準備を!」
乱丸と宿直の者の後ろに、次々と寝間着姿の小姓達が参じてきた。
正室、濃姫が白絹の帷子の上に萌葱の打掛を羽織り、二人の女中を従えて信長の前に正座をした。
濃、この時、四十八歳。名は帰蝶。何と鳥肌が立つほど美しい名ではないか。
濃姫とは美濃から嫁いだのでそう呼ばれたという。信長との間に子は恵まれず、既に女盛りを超えていたが、その気品はどの妾も敵うことではなかった。乱丸と信長の関係を許していたのは子供が出来ぬことの負い目であったか、せめてもの謝罪であったのか。
本心は語らねど、乱丸の滅私奉公の心をを見て、この主従の縁を認め、信長の世話を乱丸に任せていた。
乱丸は信長と関係を持った後、自ら濃姫に会いに行った。濃姫が死ねと言えば死ぬつもりであった。
濃は平伏して言を待つ乱丸に聞いた。
「・・・そちは御殿とどのやうな契りを結ばれました?」
乱丸は恥ずかしさに顔を真っ赤にしたが、哀しげな目で言った。
「御屋形様はお濃様に申し訳がないと仰せでした。子を授けられなかったのは御自分のせいだと。吉乃様やお鍋様と御子をおなしになった後、恥ずかしくお濃様をお抱きになれなくなったと。お濃様は宝なり。なれど抱けぬと。乱よ、お前も宝なりければどうか濃の代わりに抱かれてくれよと」
信長は濃を慰めるために乱丸を使ったのかもしれない。濃はにこりとしたようだった。