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追放された悪役令嬢のスキル《記録》は全部見ていた。

作者: スナハコ
掲載日:2026/02/22

 王城の大舞踏会。


 わたしの人生が終わったのは、シャンデリアの光がいちばん美しい時間だった。


「セリア・ロートリンゲン。お前との婚約を破棄する」


 第一王子セドリック殿下が、会場の全員に聞こえる声で宣告した。


 わたしは黙って立っていた。


「聖女エレナに対する毒殺未遂、度重なる嫌がらせ。証拠は揃っている」


 殿下の隣で、エレナが涙をこぼしている。


 白いドレス。震える肩。すがるような瞳。


 ——完璧な演技だった。


「やっていません」


「黙れ。証人は十分だ」


 証人。全員、エレナが裏で手を回した人間たち。


 でもそれを証明する手段が、わたしにはなかった。


「お前の父ロートリンゲン辺境伯にも連絡済みだ。『好きにしろ』と仰っていたぞ」


 ……やはり、そうですか。


 父は昔からそうだ。王家に逆らうくらいなら、娘を捨てる人。


「本日をもって王都追放とする。二度とこの国の中枢に近づくな」


 会場に拍手が起きた。


 悪役令嬢が裁かれる。めでたい、めでたい。


 エレナがわたしに近づいてきた。


 涙声で、でも——わたしにだけ聞こえる声で、はっきりと囁く。


「ねぇセリア。あなたのお母様の形見のブローチ、昨日暖炉に入れたの。よく燃えたわ」


 息が止まった。


「あなたの居場所、最初からどこにもなかったのよ。王子も、お父様も、この国の誰ひとり、あなたの味方じゃない」


 にっこりと微笑む。天使のような顔で。


 会場からは「エレナ様はお優しい」「追放される相手にまで声をかけてくださるなんて」と感嘆の声が上がっている。


 セドリック殿下が笑った。


「エレナは優しいな。お前のような女にまで慈悲をかける」


 そして殿下は、わたしに背を向けた。


「——さっさと消えろ。目障りだ」


 ◇


 会場を出た。


 廊下は暗くて、静かだった。


 涙は出なかった。出し方を忘れていた。


 ひとりで歩いていると、足音が聞こえた。


 振り返ると、男が立っていた。


 黒髪に、深い翠の瞳。


 舞踏会の礼装なのに、まるで戦場に立っているかのような気配。


 隣国アルドシュタイン帝国の公爵、レオン・ファルケンハイン。


 大陸最強の剣士にして、史上最年少の公爵。竜を単騎で討ち、万の軍勢を一人で退けたと言われる男。


 今夜は外交使節として出席していたはずだ。


「泣かないんだな」


 低い声だった。冷たくはない。


「泣いても何も変わりませんから」


「——気に入った」


 彼はまっすぐわたしを見た。


「君の目。《記録》のスキルを持っているだろう」


「……何のことですか」


「知らないのか。その瞳は、見たものすべてを記録している。千年に一人と言われる古代スキルだ」


 意味がわからなかった。


 わたしにそんなスキルがあるなんて、聞いたことがない。


「嘘でしょう」


「嘘はつかない。面倒だから」


 彼は外套を脱いで、わたしの肩にかけた。


 秋の夜は冷える。当然のような仕草だった。


「俺の領地に来い」


「……なぜですか」


「君の《記録》が必要だ。——それと」


 わずかに言葉を切る。


 大陸最強と呼ばれる男の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「さっきの舞踏会、全部見ていた。あの聖女が君に何を囁いたかも、読唇でわかった」


 わたしは息をのんだ。


「あいつらには必ず報いを受けさせる。俺が保証する」


 選択肢はなかった。


 正確には——この手を取る以外の選択肢に、意味がなかった。


「よろしくお願いします」


 彼はうなずいた。


 そしてごく自然にわたしの荷物を持った。大陸最強の剣士が、わたしのトランクを片手で軽々と持ち上げる。


「これだけか」


「追放ですから。持てるものは限られます」


「……足りないものは全部揃える」


 それが、わたしの追放の夜だった。


 ◇


 レオンの領地は、想像を超えていた。


 公爵邸の離れ——と彼は言ったが、わたしの実家より大きい。


 専属の侍女が三人。衣装部屋には新しいドレスが並んでいた。


「いつ準備したんですか」


「舞踏会の前に。追放されることは予想していた」


「……予想?」


「あの王子と聖女の動きは一ヶ月前から掴んでいた。うちの諜報部は優秀でな」


 つまりこの人は、最初からわたしを引き取るつもりで舞踏会に来ていた。


「先に助けてくれてもよかったのでは」


「追放の撤回では意味がない。あいつらを完全に潰すには、一度泳がせる必要がある」


 冷徹な計算。


 でも、わたしの肩にかけてくれた外套は温かかった。


 この人は、やり方が不器用なだけだ。たぶん。




 翌日、レオンは書斎でわたしに《記録》のスキルを説明した。


「君の瞳は、生まれてからすべての光景を記録している。魔力を通せば、映像として空中に再生できる」


「全部、ですか」


「全部だ」


 つまり。


 あの舞踏会も。エレナの囁きも。セドリック殿下の暴言も。


 これまでの全部が、わたしの目の中にある。


「練習が必要だ。俺が教える。毎日、一対一で」


「公爵様がわざわざ?」


「他の人間には任せない」


 なぜ、とは聞けなかった。


 彼の目があまりに真剣だったから。


 ◇


 訓練の日々が始まった。


 レオンは何でもできる人だった。剣も、魔法も、政治も、外交も。


 ——料理まで。


「食え。痩せすぎだ」


 昼食の時間になると、レオンが自分で作ったスープを持ってくる。


「公爵様が料理を?」


「君の味の好みは侍女に聞いた。酸味が苦手で、温かいものが好きだろう」


「調査済みですか」


「当然だ」


 当然って何ですか。


 大陸最強の剣士が、わたしのためにスープを作っている。この状況がおかしい。


「食べないなら口に入れるが」


「食べます。自分で食べます」


 美味しかった。悔しいくらいに。


 数週間で、わたしは《記録》の再生ができるようになった。


 目を閉じて魔力を込めると、空中に映像が浮かぶ。


 試しに昨日の夕食を再生してみた。


 映像の中のレオンが、わたしが目を離した隙に、わたしの皿へ黙って肉を足していた。


「……気づいていたのか」


「今知りました。こっそり足してたんですね」


「足りていなかったから足した。それだけだ」


 耳が赤い。


 大陸最強の公爵様の耳が赤い。


 わたしは追放されてから初めて、これでよかったのかもしれない、と思った。


 ◇


 一方、わたしがいなくなった王国は崩れ始めていた。


 エレナの「聖女の力」は偽物だった。


 祈りで病を癒すと称しながら、裏では王家の宝物庫から魔道具を持ち出し、その力を使っていただけ。魔道具が底をつけば、もう何もできない。


 セドリック殿下はエレナに操られるまま、増税と粛清を繰り返した。


 民は苦しみ、貴族たちは離反し始めている。


 全部、レオンの諜報部が報告してくれた。


「ざまぁ、と言いたいところですが」


「言えばいい」


「……民に罪はありません」


 レオンがわたしを見た。


 何か言いたそうな顔をして、結局こう言った。


「——だから好きなんだ」


「……え」


「国際会議を招集する。準備はできている。あとは、君の決断だけだ」


 好きという単語をさらりと落としていった。


 いや、流していいんですかその発言。


「会議で《記録》を使え。全部見せろ。あいつらがお前にしたこと、世界に暴け」


 レオンの翠の瞳が、炎のように燃えていた。


「俺が守る。何があっても。誰が相手でも」


 この人が言うと、冗談に聞こえない。


 だって本当に、何があっても誰が相手でも勝ってしまう人だから。


「——やります」


 わたしは、うなずいた。


 ◇


 大陸五カ国合同会議。


 中立都市の大会議場に、各国の王族と重臣が集まっていた。


 わたしはレオンの隣にいた。


 会場に入った瞬間、セドリック殿下の顔が歪む。


「なぜその女がここにいる!」


 レオンが一歩前に出た。


 それだけで、殿下の護衛騎士全員が後退った。


「アルドシュタイン公爵家の名において、外交上の不正に関する証拠を提出する」


 レオンが合図した。


 わたしは目を閉じて、魔力を瞳に集中させる。


 ——空中に、巨大な映像が浮かび上がった。


 最初の映像。


 エレナがわたしの部屋に忍び込み、わたしの飲み物に粉を仕込んでいる。毒殺未遂の「証拠」を自作自演する聖女の姿。


 会場がざわめく。


 次の映像。


 エレナがわたしに囁く場面。「あなたのお母様の形見のブローチ、暖炉に入れたの。よく燃えたわ」——天使の微笑みのまま。


 悲鳴のような声が上がった。


 次。

 セドリック殿下が、人目のない廊下でわたしの頬を打つ。「お前のような女が隣にいると虫唾が走る。身の程を知れ」


 次。

 エレナが正体不明の男と密会している。王家の魔道具を手渡し、金貨の詰まった袋を受け取る姿。


 次。

 セドリック殿下とエレナが寝室で笑い合っている。「セリアは馬鹿だから簡単だった。邪魔者がいなくなって清々する」「ふふ、次はあの辺境伯の領地を頂きましょう」


 映像が進むたびに、会場の空気が変わっていく。


 困惑。驚愕。嫌悪。——そして、怒り。


「《記録》は古代スキルによる原本映像です。改竄は原理的に不可能。賢者の塔の認定書もここにある」


 レオンの声が、静かに会場を支配した。


「や、やめろ! でたらめだ!」


 セドリック殿下が叫ぶ。


 エレナが出口に走った。


「逃がすな」


 レオンが指を鳴らすと、会議場の全出口に帝国騎士が立っていた。


 いつの間に配置したのか。——最初から、全部計算していたのだ。


「嘘よ! わたしは聖女よ! みんなわたしの味方でしょう!?」


 エレナが叫ぶ。


 だが、もう誰も動かない。


 偽りの涙はもう通用しない。全部、映像で見てしまったから。


「聖女エレナの正体は隣国の間諜です。王子はそれと知らず利用されていた。——いや、知っていて目を瞑っていたか。どちらにせよ国家反逆に相当する」


 レオンが最後の資料を提示した。


 各国の代表が次々と立ち上がる。


「アルドシュタイン公爵の証拠を全面的に採用する」

「当該国に対し、外交制裁の発動を提案する」


 セドリック殿下が膝から崩れ落ちた。


 エレナは騎士に取り押さえられながら、なおも金切り声を上げている。


 ——すべてが、終わった。


 ◇


 会場が静まったあと、わたしの国の国王陛下——セドリックの父が、わたしの前に来た。


「セリア嬢。すまなかった。追放を撤回し——」


「その必要はありません」


 レオンがわたしの前に立った。


 国王を見下ろす翠の瞳に、一切の容赦がない。


「彼女はもう、あなたの国の人間ではない」


 そしてレオンは、会場の全員が見ている前で、わたしの手を取った。


「セリア」


 大陸最強の男が、片膝をついた。


「俺の妻になれ」


 会場が凍りついた。


 わたしも凍りついた。


「……ここで言うことですか」


「ここだから言う。世界中に宣言する。お前は俺のものだ」


「プロポーズが所有宣言なんですが」


「事実だから仕方ない」


 笑ってしまった。


 泣きそうなのに、笑ってしまった。


「——はい。喜んで」


 レオンが立ち上がり、わたしを抱きしめた。


 大陸最強の腕は、びっくりするほど優しかった。


 会場のどこかで拍手が起きた。


 それが波のように広がって、やがて大きな拍手になる。


 セドリック殿下とエレナは、騎士に連行されていく。


 わたしを追放した国の貴族たちは、何も言えずにうつむいていた。


「レオン」


「なんだ」


「わたし、泣いてもいいですか」


「……俺の前でなら、いつでも」


 大陸最強の公爵様は、わたしの涙を親指でぬぐって、額にそっと口づけた。


 わたしの目は、この瞬間も《記録》している。


 今までで一番きれいな光景を。


 もう二度と、あの暗い廊下をひとりで歩かなくていい。


 わたしの《記録》はすべてを見ていた。


 嘘も、悪意も、裏切りも。

 ——そして、わたしに差し出された、たったひとつの本物の手も。

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