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「俺と婚約破棄してほしい」


 放課後、学園の裏庭でヴェロニカはカイルからそう告げられた。彼の隣にはイザベルが寄り添い、腕を絡ませている。


「………本気なの?」


 ようやくヴェロニカはそう尋ねることができた。心臓の鼓動が速くなり、息苦しかった。


「ああ、本気だ」


 カイルの一言が刃物のようにヴェロニカの胸に突き刺さった。そんな彼女に追い討ちをかけるようにカイルは続ける。


「君と婚約破棄して、俺はイザベルと婚約する」

「どうして……」


 ヴェロニカはカイルが何を言っているのか理解できなかった、いや、理解したくなかった。


「ヴェロニカさん、結果的にあなたの婚約者を奪う形になってしまって、申し訳ないと思っているわ」


 イザベルは言葉とは裏腹に、悪びれた様子が全くない。それどころか勝ち誇ったように微笑んでいる。


「でも、あなたに魅力がないのも問題があると思うの」

「……人の婚約者を奪っておいてよくそんなことが言えますね?」


 ヴェロニカは顔を引きつらせ、額に青筋を浮かべた。


「カイルが今までどんな思いであなたのそばにいたか知らないでしょう?」


 イザベルの言葉にヴェロニカの表情から血の気が引き、唇がわずかに震えた。


「彼はずっと我慢していたの」

「……我慢?」

「見た目が地味で、魔法も使えない。そんなあなたのお守りを何年もさせられて……かわいそうなカイル」


 イザベルは憂いるように目を伏せた。


「その点、私はカイル好みの見た目だし、家柄もいいわ。魔法だって使える。どちらが婚約者にふさわしいかは分かるでしょう?」

「……カイル、嘘よね?」


 ヴェロニカは縋るようにカイルを見つめた。


「だって、私が婚約者でよかったって……髪飾りだってプレゼントしてくれて……」


 脳裏に浮かぶのはカイルの優しい笑顔。

 あの笑顔が、あの優しさが全て嘘だったなんて、信じたくない。


「確かに僕はそう言ったよ、嘘じゃない」


 カイルはいつものように優しく微笑んだ。その笑みにヴェロニカは安堵した。


 やっぱり、イザベルの話は嘘だった。

 カイルは私を裏切らない。

 きっと何か理由がーー。


「君が扱いやすい人間だったから、よかったって意味なんだ。そこに愛はない」

「えっ……」


 ヴェロニカは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。目の前が真っ赤に染まり、足元がぐらりと揺れる。

 倒れそうになる身体を必死に支えることしかできなかった。


「僕は次男だから、君の家柄が魅力的だった。だから、君に気に入られようと努力してきた」


 カイルの声はあくまで穏やかだった。


「でも、イザベルは違う」


 その言葉とともにカイルはイザベルに視線を向けた。その目は優しさに満ちていた。ヴェロニカが今まで一度も見たことがない表情だった。


「美しくて、家柄も良いし、魔法も使える。何より君といるより楽しいんだ。僕はイザベルに出会って、本当の愛を知ったよ」

「もう、カイルったら……」


 イザベルが照れくさそうに頬を赤く染める。カイルはまるで宝物を見るような目でイザベルを見つめていた。

 その光景を前に、ヴェロニカは言葉を失った。


 ーー私とカイルは愛し合っている。

 そう信じていたのは、自分だけだった。


 カイルにとって私は家柄だけの存在。

 私自身はただの条件でしかなかった。

 煩わしくて、疎ましい存在。

 それが現実だった。


「……もう、好きにしてちょうだい」


 ヴェロニカは吐き捨てるように言った。

 これ以上、何を言っても無駄だと悟ったからだ。


「ヴェロニカ、ありがとう」


 カイルは爽やかな笑みを浮かべている。

 少しは申し訳なさそうにしなさいよ。

 ヴェロニカは俯き、歯を噛み締めた。


 どうして私はこんな男のために何年も努力してきたんだろう……。

 あの笑顔を信じて、あの言葉に縋って。

 全部、無駄だった。

 それならもう……いいか。


「でも、最後にお願いがあるの」


 ヴェロニカは顔を上げて、にこりと微笑んだ。


「お願いって?」


 カイルは怪訝そうに眉間を寄せた。


「本当の私を見てちょうだい」


 その言葉と同時に、ヴェロニカは静かに一歩前に出た。

 空手の型を取るようにしなやかに構える。

 そして、右手を鋭く振り下ろした。

 ーーズンッ!

 空気が震え、カイルの背後にあった木がメキメキと音を立て、ゆっくりと倒れた。


「ヴェ、ヴェロニカ……今のは?」


 カイルは真っ青になり、後ずさった。

 隣のイザベルはガタガタ震えている。


「実は私、魔法が使えるの」


 ヴェロニカは静かに微笑んだ。


「は……?」


 カイルは口を開けたまま、言葉が出てこない。


「ずっと黙っていて、ごめんなさい。だって、この姿はかわいくないから、あなたに見せたくなかったの」


 ヴェロニカはそっと髪をかき上げた。

 その瞳にはもう迷いも恐れもなかった。


「でも……もう、関係ないわね」


 ヴェロニカはボクサーのように構え、軽やかにジャンプした。


「……ヴェロニカ?」


 戸惑いの色を浮かべたその顔に、ヴェロニカはにっこりと微笑んだ。

 そして、大きく息を吸い込む。


「カイル、今までありがとうーーそして、お幸せに!!」


 その瞬間、ヴェロニカの拳が強烈な一直線にカイルのみぞおちへめり込んだ。


「ゴホオォ!!」


 カイルは呻き声を上げ、まるで紙くずのように数メートル吹っ飛んだ。


「カ、カイル!?」


 イザベルは悲鳴を上げ、オロオロと駆け寄る。

 そんな様子を見届けたヴェロニカは静かに髪飾りを外した。

 そして、カイルの腹の上にポトリと落とす。口元には穏やかな笑みを浮かべながらそっと呟いた。


「さようなら、私の二度目の恋」 


 風が吹き抜け、ヴェロニカの髪がふわりと揺れた。彼女はもう振り返らなかった。


 



次回は3/27(金)更新予定です。

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