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「すごい…」


 ヴェロニカは魔法で作られた空間に感嘆の声を上げた。その空間はルシアンが住む城の植物園に隠されていた。


 奥の鉢植えをどかすと、地面にぽっかりと開いた穴が現れる。そこから続く階段を降りていくと、青白い光がゆらめく空間が広がっていた。

 壁には幾何学模様が淡く浮かび、無数の光が星のように瞬いている。


「こんな場所が城にあったなんて驚きです」

「あったわけじゃないよ。僕が創ったんだ」


 ルシアンの言葉に、ヴェロニカは目を丸くした。


「ふふ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だよ?」

「だって……この空間を創ったって、本当に……?」

「うん、そうだよ」


 ルシアンはあっさり肯定した。

 嘘をついているようには見えない。

 むしろ、当然のように言ってのけるその姿には自信が感じられた。まるで、空間一つ創ることなど、朝の支度と変わらないと言わんばかりに。


「でも、殿下の魔法は……」


 そこまで言って、ヴェロニカは口をつぐんだ。

 王家の家系は代々炎魔法を扱える。

 しかし、ルシアンにその特性は現れなかった。

  

 その代わり、空間魔法を使えるが、指定した範囲の空間を少し広げられる程度のものだった。

 そのため、陰でルシアンのことを落ちこぼれ、役立たずの第二王子と揶揄する者もいる。


「確かに、僕の魔法は大して役に立たないものだよ」

「そんなことは……」

「ふふ、気を遣わなくていいよ。皆そう言ってる。僕もちゃんと知ってるから」


 ルシアンが悲しげに笑った。その笑みは、誰にも期待されないことに慣れてしまった人のものだった。

 ヴェロニカはなんと答えればいいのか困ってしまう。

 彼の言葉を否定したいのに、どんな言葉も薄っぺらく感じてしまった。


「僕は王家に生まれながら才能に恵まれなかった。でも、ある人に憧れてから、必死に努力したんだ。少しでも近づきたくて」


 ルシアンはふっと目を細め、懐かしむように遠くを見つめた。

 一方のヴェロニカは、憧れと聞き、ルシアンの気持ちが分かる気がした。

 カイルの隣りに立っても恥ずかしくない人間になりたい。

 その思いで、彼女自身、努力してきたからだ。

 だからこそ、ルシアンの言葉が他人事には思えなかった。


「殿下にもそういう感情があるんですね……」


 宇宙人と会話できたような表情を浮かべているヴェロニカを、ルシアンは凝視した。


「君は僕をなんだと思っているの?」

「……」


 人をおもちゃとしか思ってないサイコパス人間。

 そんなことを言ったら、絶対に酷い目に遭う。

 そう思った瞬間、ヴェロニカは言葉を飲み込んだ。


「今、酷いこと考えたでしょ?」

「ま、まさか……アハハハハ」


 図星を突かれたヴェロニカは、罰が悪そうにルシアンから顔を逸らした。


「まあ、いいよ。君が失礼なのは今に始まったことじゃないし」


 ルシアンはわざとらしくため息をつき、肩をすくめてみせた。

 ルシアンだけには言われたくないとヴェロニカは心の中で毒づき、少し口を尖らせた。


「話を戻すと、必死に努力した結果、僕は自由に空間を編み直せるくらいにはなったってわけ」


 話を聞き終えたヴェロニカは、ふと疑問を口にした。


「なぜ、黙っているのですか? 公表すれば、きっと周囲の殿下に対する評価が変わると思いますよ」


 すると、ルシアンはまるで価値のないものを見るような目でヴェロニカを見た。


「君は馬鹿なの?」

「えっ……、ば、馬鹿って……?」

「そんなことをすれば、後継者争いに巻き込まれるし、忙しくなるだろう?」

「でも……それでいいんですか? 殿下の本当の力を誰にも知られないままで」

「今更構わないよ。それに、君とこうして話している方が、ずっと楽しい」

「そ、そうですか……」


 予想外の言葉に、ヴェロニカは顔が熱くなる。

 ルシアンに顔を向けると、優しげに微笑んでいたので、胸の奥がざわついて、どうしていいのか分からなくなった。


「そんなことより、魔法はいいの?」

「あっ、魔法……!」


 ヴェロニカは、はっとして思い出した。

 そうだった。魔法を試すために来たんだ。


「でも……本当にいいのですか?」


 今のヴェロニカなら、大岩くらいなら一撃で真っ二つにできる。そんな魔法を使えば、この空間が壊れてしまうかもしれないと心配した。


「勿論。そのために君を招待したんだから……そうだ」


 ルシアンが詠唱し、指先をくるりと回すと、人型の黒い物体が現れた。


「これを的にした方が、もっと楽しいんじゃない?」


 その瞬間、ヴェロニカの目がぱっと輝く。


「す、すごいです! 創造までできるなんて……!」

「この空間では、ちょっとした創造なら可能だよ」


 魔法を思いきり試せる場所。

 そんな日が本当に来るなんてーー。

 ヴェロニカはルシアンとの出会いにそっと感謝した。


「じゃあ、遠慮なく……いきます!」


 ヴェロニカは一歩前に出て、空手の型を取るように構えた。

 深く息を吸い、魔力を一点に集中させる。

 その瞬間、魔法陣が浮かび上がった。

 彼女が右手を振り下ろすと、空気が震え、ズンッという重い音とともに、黒い人形は無数の光の粒となって四散した。


「もうやられちゃったか〜」


 ルシアンは肩をすくめ、残念そうに呟いた。


「あ……ごめんなさい」


 ヴェロニカはバツが悪くなり、頬をかいた。

 流石にはしゃぎすぎたかもしれない。

 そう思って視線を落とした、そのとき。


「いや、問題ないよ」


 ルシアンの声が響いた瞬間、空間がうねり、床一面に黒い人形が数百体、ずらりと現れた。


「……っ!」


 ヴェロニカは思わず目を瞬いた。


「今度はたくさん襲ってくるけど、大丈夫かな?」


 ルシアンは挑戦的な笑みを浮かべる。

 その視線を真正面から受け止め、ヴェロニカは親指をビシッと立てた。


「はい! 問題ないです!」


 それからのヴェロニカは、次々と魔法を打ち続けた。

 全力で魔法を打てる。その快感に自然と笑みが溢れた。





「はあ、はあ……」


 1時間後。

 ヴェロニカは数百体の人形を倒していた。

 息が上がり、体は鉛のように重たい。

 けれど、不思議と心は清々しかった。

 高揚感と充実感が胸いっぱいに広がっている。


「は!」


 ヴェロニカは突然、我に返った。

 完全に殿下の存在を忘れてた!

 笑顔で嬉々として人形を倒していく。

 これじゃ、令嬢どころか戦士みたい……。

 今世こそ、優雅で可憐に生きるって決めたのに。


「で、殿下! あの……これは」


 慌てて振り返ったヴェロニカは思わず言葉を失った。

 そこには小さな子どものように瞳を輝かせているルシアンが立っていたからだ。


「ヴェロニカ嬢! 君はやはり素晴らしい!」


 ルシアンは勢いよく駆け寄ると、両手でガシッとヴェロニカの手を掴んだ。


「へ?」


 ぽかんと口を開けたままヴェロニカは固まった。


「無駄のない動きが、まるで舞っているようだった! それに、百体近くを倒せる魔力量……。君の努力あってこその戦い方だ。見ていて本当に気持ちがよかった!」


 素直に褒められたヴェロニカは頬を赤く染める。


「え、いや……そんなことは」


 顔を背けると、部屋の奥に小さな扉があることに気づいた。


「殿下、あの扉の先は?」


 ルシアンは一瞬、視線を扉に向けたまま沈黙し、それからゆっくりと口を開いた。


「あれは……飾りだよ」

「か、飾り? わざわざ作ったのですか?」


 ヴェロニカは戸惑いながら尋ねた。

 合理的なルシアンの性格から考えると、違和感がある。


「気分だよ。君にもそういう気まぐれはない?」


 そう尋ねられ、ヴェロニカは考え込む。


「まあ……ありますかね?」

「そうだろう? おや、もうこんな時間か。そろそろ、出ようか」

「あ……はい」


 ヴェロニカはルシアンの背に続きながら、もう一度だけあの小さな扉を振り返った。

 ルシアンの言葉に、どこか釈然としないものを感じながら。

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