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それから数週間。
ヴェロニカは、ルシアンに振り回されるようになった。今日みたいに突然呼び出されることも珍しくない。
厄介なのが、周囲がルシアンを優しくて、優秀な生徒会長だと信じて疑わないことだった。
いくらヴェロニカが今の二人の関係を話したところで、信じるものはいないだろう。
そもそも、ヴェロニカの秘密もバレてしまうので、誰にも話せないのだが。
「はあ……」
ヴェロニカは生徒会室の椅子に深く腰を沈め、机に肘をついてため息をついた。
どうして私はこんなにも運が悪いんだろう。前世の行いがそんなに悪かったのかしら?
落ち込んでいる彼女を横目に、ルシアンは書類の手を止め、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんだい? ため息を吐くと、幸せが逃げてしまうよ」
ヴェロニカは顔をしかめた。
誰のせいだと思っているのよ。
そう言いたい気持ちをグッと堪え、話題をそらした。
「そういえば、殿下はなぜあんな山奥にいたのですか」
ヴェロニカが修行していた場所は誰も寄りつかない山奥だ。王子であるルシアンがあの場所にいた理由は謎だった。
「秘密」
そう言って、ルシアンは微笑んだ。その唇がわずかに持ち上がり、瞳には冷たい光が宿っていた。
「僕は君があんな馬鹿男に尽くしてることの方が不思議だよ」
ヴェロニカの眉がピクリと跳ねた。
「私の婚約者を悪く言わないでください」
「事実じゃないか。君のおかげで彼は剣術の成績が良くなったのに、他の女性に色目を使うなんて、愚かとしか言えないよ」
「あれは……エルメリア様が強引だったから」
そう否定したものの、先程の二人の仲睦まじい様子を思い出し、ヴェロニカの声は沈んだ。
「僕なら君にそんな顔させないのに」
思いがけない一言に、ヴェロニカは息を呑んだ。
顔を上げると、ルシアンの瞳が真っ直ぐに彼女を捉えていた。
いつもと違う、どこか艶やかな光を宿したその眼差しに、ヴェロニカは戸惑い、思わず視線を逸らした。
「か……彼は優しい人です! 誕生日にこの髪飾りを贈ってくれました!」
後ろを振り向き、ヴェロニカは髪飾りをそっと指差した。
カイルは優しい人だ。そう信じているはずなのに、胸の奥に広がる不安を隠しきれず、ヴェロニカの声はわずかに震えていた。
ルシアンはそんなヴェロニカを鼻で笑う。
「君にとって優しいって何? 物をくれること?」
「……それは」
ヴェロニカは言葉に詰まり、胸の奥が熱くなるのを感じた。
反論したいのに、声が出ない。悔しさが込み上げ、拳をぎゅっと握りしめた。
「僕がもっといい髪飾りを買ってあげるよ。だから、それは捨てれば?」
ルシアンは口元に冷たい笑みを浮かべ、ヴェロニカの髪飾りを見下ろした。
「……本気で怒りますよ?」
ヴェロニカがギロリと睨みつけると、ルシアンは芝居がかったように両手を上げた。
「ごめん、ごめん。君が彼の味方ばかりするから、ちょっと意地悪をしたくなっちゃったんだ」
謝ってはいるが、ルシアンの口元には笑みが浮かんでいる。その目はまるでヴェロニカの反応を楽しんでいるかのようだった。
ヴェロニカは唇を噛みしめたまま、視線を逸らした。
「……教室に戻ります」
疲労が一気に押し寄せ、ヴェロニカは椅子から立ち上がった。
これ以上、真面目にルシアンの相手をするのは時間の無駄だ。
「ねえ、今度うちに遊びに来ない?」
「行きません」
ヴェロニカが即答すると、ルシアンは肩をすくめて苦笑した。
「友だちの誘いを断るなんて酷いな〜」
「よくそんなことが言えますね。私を犬扱いしてるくせに」
「ふふ、安心したよ。君に飼い犬の自覚があって」
「……」
朗らかに答えたルシアンを無視をして、ヴェロニカは無言で生徒会室のドアに手をかけた。だが、背に投げられた一言が、彼女の足を止める。
「いいのかな? せっかく魔法を試せるチャンスなのに」
ヴェロニカはピタリと動きを止め、ゆっくりと振り返った。
「……どういう意味ですか?」
「うちには、強力な魔法を使っても問題ない空間があるんだけど……」
「伺います!」
さっきまで虚ろだったヴェロニカの目が、一瞬で輝きを取り戻した。
その様子に、ルシアンは満足そうに微笑んだ。
「ふふ、じゃあ約束だよ?」
甘く優しげな笑みの奥に、どこか底知れぬ思惑が潜んでいることに、ヴェロニカは気づかなかった。




