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「はあ……」
ヴェロニカは最大級のため息をついた。
目の前には生徒会室のドア。
その向こうにいる人物のことを思うと、胸がずしりと重たくなる。
とはいえ、いつまでもドア前で突っ立っているわけにもいかない。
深く息を吸い込み、ノックをした。
「どうぞ」
凛とした声が返ってきた。
「……失礼します」
ヴェロニカは重い足取りでドアを開けた。
生徒会室に足を踏み入れた瞬間、深紅の絨毯が目に入る。
高級感溢れる家具が配置され、天井からはシャンデリアが柔らかな光を落としている。
学校の一室とは思えない程、豪華な作りだ。
その部屋の奥、重厚な椅子に一人の男子生徒が腰掛けている。
「やあ、待ちくたびれたよ」
生徒会長、ルシアン•ヴァルモント。神秘的な青い瞳がまっすぐヴェロニカを見つめている。その表情には、どこか楽しげな色が浮かんでいる。
ヴェロニカは眉をひそめ、わざとらしくため息をついた。
「申し訳ありません。まさか昼休みに呼び出されるとは思わなくて」
ヴェロニカの声には不満が滲んでいるが、ルシアンは涼しげな表情を崩さない。
「君は、僕の犬だよね?」
「……はい」
ヴェロニカの不貞腐れた返事に、ルシアンは首を傾げた。
「あれ? 返事が聞こえないよ?」
「え? どういう意味……」
「ほら、鳴いてごらん」
ルシアンはニコニコと笑っている。
しかし、目の奥が笑っていなかった。
この……サディスト王子。
ヴェロニカは怒りで拳が震え、屈辱さから頬が赤らんだ。
弱みを握られている限り、逆らうことはできない。
ヴェロニカは、深く息を吸った後、苦々しげに答えた。
「……ワン」
ルシアンは満足気に微笑んだ。その笑みは、まるで飼い主が芸を覚えた犬を褒めるようだった。
「はい、よくできました」
天使のように美しく微笑んでいるルシアンがヴェロニカには悪魔にしか見えなかった。
落ち着くのよ……ヴェロニカ。ここで怒ったら、あの男の思うツボよ。
もう一度、深呼吸をし、ヴェロニカは口角を引き上げ、作り笑いを浮かべた。
「それで、ご用件は?」
ルシアンは優雅に微笑み、こう告げた。
「特にないよ」
「……はい?」
じゃあ、なんでわざわざこの馬鹿王子は私を呼び出したの?
こっちは婚約者とのランチタイムを抜け出してきたっていうのに!
肩を震わせながら、目の前の王子を殴るべきか悩んでいるときだった。
「さっきはずいぶんと楽しそうだったね」
ルシアンはクスクスと笑い始めた。
ヴェロニカはピクリと眉を動かし、ルシアンをじっと見つめた。
「……覗いていたんですか?」
ルシアンは肩をすくめ、窓の方へ視線を流した。
「人聞きが悪いな。ちょうど生徒会から中庭が見えるから、偶然目に入っただけさ」
そう言って、指先で軽く窓を示した。
「君がエルメリア嬢に殴り掛かろうとしていたから、慌てて呼び出したんだけれど……」
「そんなことするわけありません!」
ヴェロニカはバンッとテーブルを叩いて抗議した。
しかし、ルシアンは眉一つ動かさず、優雅に紅茶を飲んでいる。その余裕たっぷりの態度に、ヴェロニカの怒りはさらにヒートアップした。
「そもそも私はか弱い乙女です! 殴るだなんて野蛮なことしません!」
「ふーん?」
ルシアンはジト目でヴェロニカを見つめた。その視線には、明らかな疑いが込められていた。
「な、なんですか……その目は……」
たじろぐヴェロニカに、ルシアンは皮肉な笑みを浮かべて言い放った。
「わざわざ殴らなくても、君には魔法があるじゃないか。ほら、大岩を真っ二つにするくらい強力なやつがさ」
「うわあぁ! それは言わない約束だったじゃないですか!」
ヴェロニカは頬を赤く染めながら、悲鳴を上げた。
ああ……どうしてよりによって、この腹黒王子に秘密がバレてしまったのかしら……。




