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前世で大失恋した令嬢が、今世では好きな人と結ばれるために奮闘する物語です。
約2万字程度の小説で、3月31日までに完結します。
よろしくお願いします。
「僕の犬になってよ」
人気のない静まり返った山奥で、第二王子のルシアンの声が静寂を切り裂いた。
柔らかな笑みを浮かべているが、その瞳には無機質な冷たさが宿っている。
ヴェロニカは石のように固まり、頭の中が真っ白になった。
犬……犬って、あの犬?
困惑しながら顔を上げると、輝く銀髪に、透き通った青い目が視界に飛び込んできた。
御伽話の王子様のような外見。学園では生徒会長で、品行方正だと評判の人物だ。
そんな人が犬になれだなんて、非人道的なことを女の子に言うはずないわよね?
きっと、聞き間違いだわ…。
ヴェロニカは深呼吸をし、必死に落ち着こうとした。酸素が肺に満ち、ほんの少しだけ冷静さが戻る。
「あれ? 聞こえなかった? 僕の犬になってって言ったんだけど」
「……」
ルシアンは、にこりと笑ったまま、悪魔のような言葉を重ねる。
ヴェロニカの首筋に冷たい汗が伝い落ちた。
獲物を見据える獣のような鋭い瞳と目が合い、背筋が凍る。
ああ……私は、絶対に弱みを握られてはいけない相手に目をつけられてしまったんだわ。
ヴェロニカは前世から続く自分の運の無さを呪った。
3ヶ月後。王都の学園。
昼休みのざわめきが遠くに聞こえる中、子爵令嬢のヴェロニカ•ローレンは、校舎裏のベンチに一人、腰を下ろし、弁当箱を膝に置いていた。
周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。
「今がチャンスね……」
立ち上がり、弁当箱をベンチにそっと置いた。
そして、両手を構え、空手のような型をとる。
右腕を素早く振り下ろすと、空気が僅かに震えた。その瞬間、弁当箱が淡い光を放ち、きらめき始める。
「うん! 愛情たっぷりのお弁当完成!」
ヴェロニカは満足げに笑い、弁当箱をそっと鞄にしまった。
「もういるかな…」
中庭では、婚約者のカイルがベンチに腰掛けていた。
柔らかな金髪が風に揺れ、優しげな茶色の瞳が空を見上げている。
彼はグレイ男爵家の次男だ。いずれはヴェロニカの実家を継ぐことになっている。
そんな未来を思いながら、ヴェロニカは笑みを浮かべ、彼に歩み寄った。
「カイル!」
そう声を掛けて手を振ると、こちらに気づいたカイルが微笑み、手を振り返した。
その笑顔にぎゅっと心臓が掴まれるような感覚が走る。
さっそく、昨日のあれを試してみようかしら……。
カイルの手前まで来た瞬間、ヴェロニカはわざとよろけた。
「きゃっ!」
「ヴェロニカ!」
慌ててカイルがヴェロニカを受け止めた。しっかりと抱き寄せられ、心臓がドキンと高鳴る。
「大丈夫か?」
心配そうに尋ねるカイルに、ヴェロニカはぽっと頬を赤らめた。
「ええ、あなたに会えたのが嬉しくてつい……」
カイルはクスリと笑い、ヴェロニカの頭を優しく撫でた。
「ははは、君は慌てん坊だな」
よしっ!
ヴェロニカは心の中で拳を握った。
昨日、読んだ恋愛小説の主人公。
明るくて、ちょっぴりドジなところがかわいい彼女の行動を見事に再現できたのだ。
「えへへ……、私ったらうっかりさん⭐︎」
ヴェロニカは自分の頭を軽くこずいた。
このポーズも主人公がやっていたものだ。
きっと愛らしい私にカイルはキュンとしているに違いない。
そう思っていたけれど、
「お茶目な君もかわいいよ」
カイルに優しい笑みで返され、逆にときめいてしまった。
やっぱり、カイルはかっこいい……!
ヴェロニカは頬がさらに熱くなり、恥ずかしさから目を合わせられなくなる。
「ところで、今日のお弁当は何かな?」
カイルの言葉に、ヴェロニカはハッとした。
恥ずかしがっている場合ではない。
料理上手な婚約者アピールをしなければ。
「じゃ、じゃあ! リクエストにお答えしましょう!」
ヴェロニカは慌てて弁当箱を取り出し、動揺しているのを隠すように笑った。
カイルは7歳の頃からの婚約者だ。一つ年上の彼は、昔から大人びて見えて、憧れの存在でもあった。
今年、ヴェロニカが学園に入学してからは、彼にお弁当を作ることがすっかり日課になっている。
「いつもありがとう。おかげで最近、剣術の授業で調子がいいんだ」
ヴェロニカは首を傾げた。
「どういうこと?」
「君のお弁当を食べるようになってから、なんだか体が軽くてさ。まるで魔法がかかっているみたいだ」
「えっ……」
ヴェロニカは一瞬、ぎくりとする。
まさか……気づいた?
「あはは……、それは褒めすぎよ。それに、私は魔法なんて使えないわ……」
笑顔を作りながら、ヴェロニカは心の中で冷や汗をかいていた。
どう誤魔化そうか考えていたそのとき、
「見つけましたわ!」
甲高い甘ったるい声が中庭に飛び込んできた。
うげっ!
声の主にヴェロニカは顔をひそめた。
目の前には満面の笑みを浮かべた女子生徒が立っている。
「ここにいらっしゃったのですね!」
彼女はイザベル・フォン・エルメリア侯爵令嬢。カイルと同い年で、最近編入してきた。
金髪にくりっとした目、雪のように白い肌という妖精のようにかわいらしい。
一方のヴェロニカは黒髪に、つり目気味の赤色の瞳。化粧や振る舞いを工夫してはいるが、イザベルの隣に立つと、自分の地味さが際立って見える気がした。
彼女はいつのまにかヴェロニカとカイルの間に割って入るようになっていて、ヴェロニカはそのたびに胸の奥がざらつくのを感じた。
「ご一緒してよろしいかしら?」
純粋無垢な笑顔でイザベルはカイルに尋ねた。
言い訳ないでしょ……。
ヴェロニカはどうにか笑顔を保っているが、その笑みは引きつっている。
「もちろん。どうぞ、イザベル」
は? もちろん?
少しも迷わず答えたカイルに、ヴェロニカから笑みが消えた。
「カイル、呼び捨てだなんて……エルメリア様に失礼じゃない」
不快さから低い声でカイルをたしなめると、
「ああ……気になさらないで」
イザベルはふんわりとした口調で言いながら、カイルの腕に自分の腕を絡めた。
その瞬間、ヴェロニカは頭の血管がぶち切れたような感覚に陥った。
いや、本当に何かが切れる音が聞こえた気がする。
「私が呼び捨てにしてほしいと頼みましたのよ。お友だちの証として」
「へ、へえ……?」
ヴェロニカは手の甲に爪を食い込ませた。
そうしないとイザベルに殴りかかりたい衝動を押さえることができなかったからだ。
「イザベルは転入生で、まだ友だちが少ないからね」
カイルがイザベルの名前をもう一度親しげに呼び、ヴェロニカは唇を噛んだ。
どうして婚約者を前にしてそんな態度が取れるのよ!?
カイルとイザベルは楽しげに微笑み合っている。まるでヴェロニカの存在など最初からなかったように。
怒りのバロメーターが限界を超えそうになったそのとき。
「ヴェロニカ•ローレン嬢、至急、生徒会室まで来てください。繰り返します……」
校内放送が鳴り響いた。カイルはヴェロニカに顔を向ける。
「ヴェロニカ、呼ばれたみたいだよ?」
いつものように優しい笑顔。
けれど、今はその笑顔が酷く憎らしい。
「……ちょっと行ってきます」
ヴェロニカはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、生徒会室へと足を向けた。
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