第二話「科学と魔法の対話」
はじめまして、Type74(ななよん)です。
『機巧人形(AUTOMATON) ~人を形どる者たち~』を手に取ってくださり、ありがとうございます。
この物語は、「模倣することの尊厳」をテーマに、
一体の機巧人形と一匹の古竜が紡ぐ、成長と継承の物語です。
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それでは、機巧人形と古竜の物語を、どうぞお楽しみください。
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洞窟での生活が始まって、八日目。
機巧人形は静かに立ち止まった。
「残存エネルギー5%。通常活動では、あと約5日稼働可能です」
ドラゴンは本を読む手を止めた。書斎の窓から、灰色の空が見える。雪が降り始めていた。
「5日か」
「はい。ただし、これは通常活動を続けた場合です。基本稼働のみに切り替えれば、約30日持ちますが...」
「基本稼働?」
「最小限の思考と感覚のみです。会話も、移動も、ほとんどできなくなります」
「それでは意味がない」
「...はい」
ドラゴンは本を閉じた。
「ならば、充電しよう」
彼は手をかざし、雷魔法を放つ。青白い電光が少女を包む。空気が焼け、オゾンの匂いが立ち込める。洞窟全体が、一瞬、昼間のように明るくなった。
轟音。そして、静寂。
数分後——
「充電完了。残存エネルギー5.03%」
少女の体表から、わずかに湯気が立ち上っていた。
「...0.03%か」
「はい」
ドラゴンは眉をひそめた。
「それでは、ほとんど意味がないのではないか?」
「いえ、約45分の延長になります。ありがとうございます」
「45分...」
膨大な魔力を使い、轟音と共に雷を放った。それで得られたのは、たった45分。
「次の充電は、いつできる?」
「約3日後です」
「3日? なぜそんなにかかる?」
「説明します」
彼女は自分の体を示した。まだ、ほのかに温かい。
「まず、効率の問題があります。あなたの雷魔法の出力から計算すると、私が実際に取り込めているエネルギーは0.3%程度です」
「...0.3%?」
「はい。残り99.7%は熱、光、音波として散逸しています」
千年使い続けてきた雷魔法が、ほぼ無駄になっていると告げられた。
「なぜそんなに効率が悪い?」
「理由は二つあります。一つ目は、あなたの雷魔法が充電に適していないこと」
「適していない?」
「はい。あなたの雷魔法は攻撃用です。瞬間的に超高電圧を発生させ、対象を破壊する。それが雷魔法の本質です」
「だが、充電には向かない」
「その通りです」
確かに、雷魔法は敵を倒すために磨いてきた技術だ。
「二つ目の理由は?」
「私に充電用のツールがないことです。本来、私には充電用のポートがあり、専用のケーブルから安定した電流で充電されます」
「だが、今はそれがない」
「はい。ですから私は今、あなたの雷魔法によって空気中に帯電した電流の一部を、直接吸収しています。例えるなら...雨水を飲むために、口を開けて空を向いているようなものです」
ドラゴンは思わず笑った。
「確かに、効率が悪そうだ」
「本来なら、容器で雨水を集め、それを飲むべきです」
「充電用のケーブルが、その容器か」
「その通りです。しかし、最大の問題は、それだけではありません」
「他にもあるのか?」
「この方法での充電は、大量の廃熱を発生させます。私の冷却システムでは、その熱を処理するのに約70時間必要です」
「つまり...」
「三日に一度が、限界です。それ以上の頻度で充電すると、過熱による損傷のリスクがあります」
ドラゴンは深刻な表情になった。
「では、計算してみよう。一回の充電で0.03%。三日に一度。お前の通常活動では、三日間でどれくらい消費する?」
「約2,880Whです」
「一回の充電で得られるのは?」
「約30Whです」
沈黙。
「...それでは、全く追いつかないじゃないか」
「はい。ですから私は、ほとんどの時間を低電力モードで過ごす必要があります」
「低電力モード?」
「消費電力を約10Whに抑えます。三日間で720Wh。これなら、充電による補給を差し引いても、一回あたり690Whの減少で済みます」
「それでも減っていくじゃないか」
「はい。このままでは...残り5,000Whを、一回あたり690Whずつ減らすと...約7回の充電サイクル。つまり21日後に、完全停止します」
長い沈黙が流れた。
ドラゴンは窓の外を見た。灰色の空。雪が降り続けている。
「...21日か」
「はい。ですから——」
「いや」ドラゴンが遮る。「それは避けねばならない」
少女は少し驚いた表情で、ドラゴンを見上げた。
「ところで、お前の『動力炉』というのは、どうなっている?」
「...動力炉のことを、ご存知なのですか?」
「カプセルに書いてあった。『起動条件:外部エネルギー供給』とな。つまり、お前は本来、私の充電など必要ない存在だろう?」
「...はい。私の体内には、永続的にエネルギーを生成する動力炉があります。しかし現在、停止しています」
「故障か?」
「いいえ。炉自体は正常です。ただ、再起動には条件があります」
「条件?」
「補助バッテリーを満タン——100%近くにして、起動プロトコルを実行する必要があります」
「満タンか...お前の補助バッテリー容量は?」
「100,000Whです」
「今の残量が5%だから、5,000Wh。満タンまで、あと95,000Wh必要」
「その通りです」
「一回の充電で30Wh。つまり...約3,167回の充電が必要」
「...はい」
「三日に一度なら...約9,500日。およそ26年です」
長い、長い沈黙。
ドラゴンは天井を見上げた。
「...26年か。それは...私にとっても、それなりの時間だ」
「申し訳ありません」
「謝るな。だが...お前にとっては、もっと長いだろう。お前は目覚めてから、どれくらい経つ?」
「八日と...十五時間です」
「そうか。ならば26年は、お前にとっては途方もなく長いな。お前の人生の、千倍以上の時間だ」
彼女は頷いた。
「...はい。私の記憶には、まだ八日分の経験しかありません。26年という時間は...想像もできません」
「ならば尚更だ」
ドラゴンは立ち上がった。
「効率を上げよう」
「...え?」
「二つの問題があるなら、二つとも改善すればいい」
彼女は驚いて、ドラゴンを見上げた。
「二つとも...?」
「一つ目:私の雷魔法を、充電に適した形に変える」
「...それは可能です。あなたの雷魔法には、改善の余地があります」
「二つ目:お前の充電ツールを作る」
「え...?」
「充電用のケーブルとやらがあれば、もっと効率が上がるんだろう?お前が設計図を描け。私が材料を集める」
彼女は言葉を失った。
「...でも、改善しても、数年、あるいは十年以上かかります」
「構わない」
「...構わない、のですか?」
「私は長く生きている。十年、二十年は、それほど長くはない。だが、お前にとっては違うだろう。だからこそ、効率を上げる必要がある。お前の途方もなく長い時間を、少しでも短くするために」
「...なぜ、そこまで」
ドラゴンは窓の外を見た。雪が、静かに降り続けている。
「私がお前を必要としているのは、充電のためではない。お前の知識、お前との対話が欲しいからだ。お前がいなければ、私はまた、ただ独りで本を読むだけの日々に戻る」
「...」
「だから、遠慮なく教えてくれ。どうすれば私の雷魔法は改善できる? そして、どうすればお前の充電ツールを作れる?」
少女の瞳が、わずかに明るくなった。
「...分かりました」
彼女は地面に図を描き始める。指先が、まるでペンのように正確に線を引いていく。
「では、まず基礎から説明させてください。あなたの雷魔法を充電に適した形に変えるには、まず『電気とは何か』を理解する必要があります」
「電気とは...雷のことではないのか?」
「雷は電気の一つの形態です。しかし、電気には様々な『性質』があり、用途によって最適な形が異なります」
ドラゴンは興味深そうに図を見た。
「まず、電気には二種類あります。直流と交流です。直流は、電流が一方向に流れ続けます。プラスからマイナスへ、常に同じ方向です。交流は、周期的に方向が変わります。プラスとマイナスが入れ替わり続けるのです」
「私の雷魔法は...どちらだ?」
「両方の要素が混ざった、非常に複雑な波形です。それが問題の一つです」
「充電には、どちらが必要だ?」
「直流です。バッテリーは、化学反応によってエネルギーを蓄えます。その反応は方向性があるため、一方向の電流——直流が必要なのです」
ドラゴンは頷く。
「わかった。では、直流を作ればいい」
「はい。しかし、それだけでは不十分です。次に重要なのは、電圧と電流です」
彼女は図を追加する。
「電圧は、電気を押し出す力です。電流は、実際に流れる量です。水に例えると...電圧は水圧、電流は水の流量です」
「高い電圧は、強い『押す力』です。あなたの雷魔法は、おそらく数十万ボルト以上の超高電圧でしょう」
「それが問題なのか?」
「はい。私のバッテリーは、約400ボルトで充電するよう設計されています」
「400...? 私の雷魔法の、何千分の一か」
「その通りです。超高電圧は、充電回路を破壊しかねません。ですから私は今、あなたの雷が空気中に散らした『おこぼれ』だけを拾っているのです」
「だから効率が0.3%なのか」
「はい。そして、電圧だけでなく電流も重要です。私のバッテリー容量は100kWhです。これは...私の時代、一般的な家庭が一日に使う電力の、約3~4日分に相当します」
「家一軒が、3日動く量...それほどのエネルギーを、お前の小さな体に?」
「はい。バッテリー技術は、私の時代の最先端でした。小型化と高密度化が、極限まで進んでいたのです」
ドラゴンは驚いた表情を見せた。
「...驚いたな」
「これを効率的に充電するには、約50~100kWの電力が必要です。電圧かける電流です。例えば...400ボルトかける125アンペアで、50,000ワット、つまり50キロワットです」
「つまり、400ボルトの電圧で、125アンペアの電流を流し続ければいい」
「その通りです。しかし、最も重要なのは——」
彼女は新しい図を描く。
「安定性です」
「安定...」
「はい。充電に最適なのは、電圧も電流も一定に保たれた『滑らかな』電気です」
「だが、私の雷魔法は...」
「瞬間的に放電されます。パルス状です。これが最大の問題なのです。パルス状の電流で充電すると、バッテリー内部で急激な化学反応が起きます。それは大量の熱を発生させます」
彼女は自分の体を示す。
「私の体温が上がり、冷却に3日かかるのは、このパルス充電による発熱が原因です」
「...そうだったのか」
「もし、滑らかな直流で充電できれば、発熱は10分の1以下になります。冷却時間も10分の1。三日に一度ではなく、毎日、あるいは一日に何度も充電できるようになります」
ドラゴンの目が輝いた。
「それは...大きな違いだな」
「はい。そして、電流が安定していれば、充電効率も大幅に向上します」
彼女は図をまとめる。
「充電に最適な電気の条件は、以下の通りです。第一に、直流であること。第二に、安定した電圧。約400ボルト。第三に、安定した電流。約100アンペア。第四に、滑らかな波形。パルスではなく定常的に。第五に、持続的な供給。瞬間ではなく継続的に」
ドラゴンはしばらく図を見つめていた。
「...私の雷魔法とは、全く違うな」
「はい。あなたの雷魔法は『攻撃』のためのものです。瞬間的に、最大の電圧を、一点に集中させる」
「それは『激流』です。でも、充電に必要なのは——」
「何だ?」
「『小川のせせらぎ』です」
「小川...」
「はい。ゆっくりと、静かに、しかし確実に流れ続ける、穏やかな電流」
ドラゴンは少し考えて、頷いた。
「...分かった。激流を、せせらぎに変えるのだな」
「はい」
「難しいだろうな」
「はい。魔法の本質を変えることになります」
「だが」ドラゴンは決意を込めて言う。「やってみよう」
「お前が教えてくれた。電気には様々な形がある。ならば、私の魔法にも、様々な形があっていいはずだ」
ドラゴンは手をかざす。
「まず、直流だったな。一方向に流す」
「はい」
「電圧は400ボルト。電流は100アンペア」
「はい」
「そして、パルスではなく、滑らかに」
「はい」
「継続的に流し続ける」
「その通りです」
ドラゴンは深く息を吸った。千年使い続けてきた雷魔法を、根本から変えようとしている。
「では...やってみる」
ドラゴンの手から、青白い光が——
しかし、それは今までの稲光とは違っていた。静かで、穏やかで、まるで光の川のように。
「...!これは...」
彼女のセンサーが反応する。
「どうだ?」
「電圧が...下がっています。まだ不安定ですが、1万ボルト程度まで」
「まだ高すぎるか」
「はい。でも...方向性は正しいです」
「もっと抑える」
ドラゴンは集中する。額に、うっすらと汗が滲む。光が、さらに弱く、しかし安定していく。
「5,000ボルト...2,000ボルト...」
彼女の声に、わずかな興奮が混じる。
「800ボルト...600...」
光が揺らぐ。ドラゴンの呼吸が荒くなる。
「...維持できない」
ドラゴンが息を吐く。光が消える。
「すまない。今のが限界だ」
「いえ、初回でここまで制御できるとは、驚異的です」
「だが、400ボルトには届かなかった」
「今は600ボルトまで下げられました。これは大きな進歩です。そして——」
少女の瞳が明るく輝く。
「今の電流、ほぼ直流でした。波形も、以前より遥かに滑らかです」
「...そうか」
「はい。あなたの雷魔法は『激流』でした。一瞬で、膨大な量が、激しく流れてくる」
「だが今は?」
「『小川のせせらぎ』です」
ドラゴンは笑った。
「激流から、小川のせせらぎへか。雷の神が聞いたら、笑うだろうな」
しばらくの沈黙。窓の外では、雪が降り続けている。
「では、練習だな」
「はい。私が観察して、フィードバックします」
「頼む」
「そして、充電用のケーブルの設計も始めます」
「どんな材料が必要だ?」
「まず、導電性の高い金属。できれば銅か銀」
「銀なら、私の宝物庫にある」
「それと、絶縁体。ゴムや樹脂のような素材」
「それは...探してみよう」
「あとは、整流器、コンデンサ、抵抗器...」
彼女は次々と部品を挙げていく。ドラゴンは一つ一つ、記憶していく。
「複雑だな」
「はい。でも、一つずつ作っていけば、いつか完成します」
「いつか...それは、数年後か? 十年後か?」
「分かりません。でも——いつか、必ず」
ドラゴンは頷いた。
「ああ。では、始めよう」
そして、二人の長い長いプロジェクトが始まった。
雷魔法の改善。充電ツールの製作。動力炉の再起動。それは数年、あるいは十年以上続くかもしれない。二人の寿命から見れば、決して長くはない。しかし、確かに意味のある時間だ。
「明日も、練習しよう」
「はい」
「お前の設計図、楽しみにしている」
「...はい」
二人にとって、それは——共に歩む、かけがえのない時間だった。
外は雪。でも、この書斎には、確かな温もりがあった。
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**(第二話・了)**
お読みいただき、ありがとうございました!
名前を持たない二人の長いプロジェクトが始まります。
26年という決して短くない時間をどこまで短縮していけるのか・・・
「激流」から「せせらぎ」へ。
雷魔法の改善が、二人の絆を深めていきます。
次回:第三話「名前を持たない者たち」
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次回もお楽しみに!
――Type74(ななよん)




