2:調査依頼
「勇者?ああ、もちろん感謝してますよ」
「せやせや、私たちがこうやって真っ昼間から酒を飲めるのも彼のおかげや」
「それはお前がただの呑兵衛なだけな」
「喧しいわ」
彼らの間に笑いが走る。
酒の臭いが鼻をつく。
ーーでは、そんな勇者は何をしたのか。
「そりゃあ、あれだろ。なんか、魔王を倒したとかなんとか」
「適当やなぁ。勇者といったらお前、俺の村に居た龍を倒したって話だぜ」
「そういえば付近の村々を襲っておった山賊を倒してくださったとかいう話を聞いたことがあるぞ」
「うちの曾祖父さんなんて農作業を手伝ってくれたとかほざいてたぞ?」
「おまっ、世界を救った勇者様がお前んちの爺ちゃんと一緒にせっせと草とってたってか?」
「そんなことしてたら魔王城なんて一生着かんわ」
再び笑いがその場を埋める。
「……まっ、勇者伝説とは年月が合わんしすぐ冗談だって話になったんだがな」
「ああ、勇者伝説といえばふつう、五大魔族との戦いとか、伝説の海底迷宮の踏破とか、そういうんじゃねえのか」
「そうだな」
「俺たちゃ歴史に詳しくはないが、まあとにかくとんでもなく偉大で凄いやつだったんだろうとは思うよ」
※
「よくぞ聞いてくださった。そうですね……勇者様は我らの希望の光、ですかね。世界って理不尽に満ちているでしょう?そんな日々に押し潰されそうな時、きっと救いに来てくださる、我らの心の支えです」
ーー救い、とは?
「かつて勇者様は困っている人は皆、平等に助けたと言います。それが例え領主でも、商人でも、奴隷でも、はたまたエルフでも、ドワーフでも、分け隔て無く。私たちは社会では殆ど無力な者たちの集まりです。ですが勇者様はそんな私たちをいつも見守ってくださっているのです。そして、本当に助けが必要な時、救いに来てくださる。私たちはその"救い"を信じて待っているからこそ、毎日を頑張れるのです」
ーー勇者信仰ってやつですか。
「そうですね。あなたも是非、どうですか」
ーーそんな一杯どうみたいなノリで言われても。
「はっはっは。そう言わず試しに教典くらいご覧になってみてはどうでしょう」
そう言って彼の懐から出てきたのは文庫本サイズだが辞書のような分厚さの本。
「これには勇者様の名言が約千ページに渡って載っています。……そんな顔しないでください。結構まともな内容ですから。確かに犯罪者に勇者信仰の者が多いことや少々おつむの弱い者が多いことは認めますが、あくまでそれは一部の人たちの話です。少なくとも勇者様の教えは至ってまともで素晴らしいものです」
そういう彼が仕切りに勧めるので一度手に取って呼んでみる。
確かに書いてある内容は予想外にちゃんとしている。自分を信じ続けろ、努力を怠るな、互いに助け合え、そんな今までに擦り切れるほど使われたであろう言葉が一ページ毎に解説とともに記述されている。
中々面白い、そう彼に伝える。
「そうでしょう、ですから是非あなたも我らの仲間に……そうですか。まあ私には入信を強要することはできませんからね。ああ、教典ならお渡ししますよ。信じる、信じない、関係なく、その教典に書かれていることは誰の救いにもなるはずです。気が向いたらまた来てください。入信書を準備して待ってますから」
※
「勇者?あの世界を救ったっていう勇者?それまたタイムリーな。……そうですね。折角ですし最新の研究結果をお話ししましょう。え?手短に?全く、最近の若者は…」
考古学者は机の上のコーヒーを一口ばかし飲み込んで、話を続ける。
「勇者伝説といえばもう千年以上も前の話だと言われてますね。当時の王都、シャトレーゼを出発して大陸をひたすら北上し、五大魔族との戦いや伝説の迷宮を探索し、最終的に魔王城にて魔王と相討ちになったと謂われる勇者。ーーえ?魔王城ってあのノーデンのか?もちろん。今は観光地と化していますがね。ーーその存在についてはあちこちの伝承や伝聞などで確認されていますね」
ひと通り喋ると、彼女の顔つきが変わった。
「しかし、最新の研究ではこの勇者という存在自体本当にあったのか怪しくなってきたのです。今まであった各地の伝承等を纏めて研究している機関があるんですよ。勇者伝承調査機構っていってね。それでですね。勇者伝承はしばしば各地方民族の古代語が使われてたりするもんですから研究は硬直状態だったんですが、ついこの前出土した石碑から一気に解読が進んだんです。すると勇者伝承には数々の矛盾点があることが分かりました。ある伝承ではレッドドラゴンを一撃で倒したと書いてあるのに対し、他の記述には臆病で卑怯な人物だったなどと書かれていました。それもひとつやふたつではないんです。他にも彼は国を興しハーレムを作ったというものがあれば生涯独り身で孤独に生きたというものもあります。そもそも出自に関しては殆どが未知です。伝承の一部が偽物だという可能性もありますが、というかその考えが今の主流です。しかし私を始め一部の学者の間でこういう仮説を立てました。勇者というものは人々の願望、空想上のものでしか無い。勇者を信じるのだって一種の信仰だ、と。これについては人間の心理のひとつにですねーー」
彼女による壮絶な解説はこのあと一時間以上に渡って続いた。
※
部屋に戻って着替えると、疲れが全身を襲った。
ベッドの皺を手で撫で付けて、今日の出来事を思い返す。
昼から騒ぐ酒場のおっさん。私はああいうのにはなりたく無い。
勇者信仰の司教は少々押しが強いが悪い人では無いようだった。
そして熱心な考古学者。結局後半は意識が朦朧としてしまったが、随分と面白い話が聞けた。
他にも道ゆく人や、図書館の館長、とある商会の長等々、こうして考えるとなかなかに濃い人たちばかりであったが、有意義な調査となったのではなかろうか。
しかしだ。ひとつ懸念点がある。
調査中も思ったことだが、そう、彼らの証言や図書館の資料は、どれも核心を突いていない。いや、今回の調査で得たものが全て無駄だったとは思わないし、それらが間違っているとも思わない。
だが、このまま調査しても既にある歴史書の内容をなぞって、それにほんの少しのトッピングを加えて、やがて行き詰まるだろう。
それではわざわざ王室から承った意味が無くなってしまう。
「あの王女様だもんなぁ」
そう、今回の調査はそもそも王室、もっと詳しく言えば王女殿下が言い出したことなのだそうだが…その王女様というのがなかなかに問題のある性格なのだ。
両親にひたすら甘やかされて育った王女様はもう十二にもなると言うのに、我儘で自由奔放。少しでも気に入らないことがあると平気で権力を振り翳す。
この前など、メイドの顔が気に食わないとかで犠牲者が出たそうな。通っている学園でも下級貴族相手にいじめをしているとか。
例えば王宮では彼女がひとたび手を叩けばメイドが側に控え、国で一番の茶菓子とカモミールティーが出される。身だしなみもお任せ。犬はワンと鳴き、猫はシャアと威嚇する。そうしてほんの少しの平和なひと時を過ごしているうちに、婚約者のイケメンが訪れ、全力で色目を使う。しかし大抵彼は一時間としないうちに帰る。すると王女様はこの髪型が悪いだのケーキが不味いだのといちゃもんをつけ始め、メイドが宥めることに失敗すれば最悪の場合犠牲者が出る。
そもそもどうやらそのイケメンの彼との婚約についても、彼から婚約破棄の話が出ているとかいないとか。
そんな話を聞いていたからこそ王女様から直々の依頼だと言われた時の私と言ったら目玉が飛び出るかと思った。
しかし実際に会ってみると、純粋そうな瞳をこちらに向けて謙る様に依頼してきたのだ。どうやら図書館で調べ物をしていたときに勇者伝承に興味を持ったとかどうとか。見た感じ慈愛に満ちたような顔立ちの優しそうなお嬢様であったが、裏ではああなのだから恐ろしい。
一応王女様についての噂の真偽を何人かのメイドに問うたところ、王女様は最近頭を打ったらしく、それ以来人が変わった様に真面目で優しくなられて、自主的に勉強までするようになったというではないか。あとたまにフラグ回避などと訳のわからないことを言う様になったとか。
メイドたちの間でも王女様が何を考えているのか分からないのか、不安に満ちた顔をしていた。
つまりだ。そんな王女様からの依頼だからこそ、何としてでもこの調査依頼を十二分に達成しなければないのだ。
そうしないと私の首が飛びかねない。
「ふっふっふっ」
だから簡単には終わらない。その命懸けの執念の末に、私はある情報源からもっと勇者について詳しそうな者を探すことに成功した。私の王国調査隊隊長の名は伊達で無い、ということだ。
情報によるとその者は王国付近の山の、街道から少し外れたところに古くから住んでいるそうな。
それはそれは長い時を……それこそ何百年、いや何千年と生きているといわれる、稀有な存在。
「エルフ、か」
この作品は短期連載です。
3を明日の19:00に投稿予定。
Side-Bを明後日の19:00に投稿予定。
諸事情により投稿時間を変更させていただきます。
評価・感想等もよろしくお願いしますm(_ _)m




