第9話「農園同盟、最初の試練」
農園同盟の夜明け
勇者と魔王が共に耕す畑。
それはたちまち両国に広まり、「農園同盟」という言葉が生まれた。
だが、すべてが歓迎というわけではなかった。
王国では「魔王と共にあるなど許されぬ」と叫ぶ過激派が現れ、
魔族領では「勇者の下僕になるのか」と怒り狂う戦闘部族が声を上げた。
両国の憎しみが完全に消えるはずもない。
だからこそ、最初の試練は思ったよりも早く訪れた。
トウガラシの警鐘
その兆しを最初に告げたのは、畑の端に植えた一本の赤いトウガラシだった。
収穫の時期を迎えると同時に、唐突に赤い実が震え、甲高い音を鳴らし始めたのだ。
まるで鐘の音。いや、これは——。
「警鐘……か」
俺は鍬を握りしめ、実をもいだ。
トウガラシから発せられる音は、畑の守護たちに届くように拡がっていく。
水菜の鎖がぴんと張り、カボチャの防壁が揺れ、藁人形が一斉に立ち上がった。
——敵が来る。
未来視のトウモロコシをひとかじりすると、視界に映ったのは二つの旗。
一つは王国の過激派。もう一つは魔族領の戦闘部族。
本来敵対するはずの二つが、なぜか結託して農園を襲う準備をしていた。
農園に集う仲間たち
「アルト様!」
駆け寄ってきたエリシア王女の顔は強張っていた。
「両国の過激派が……同盟を潰すために、ここに!」
仲間たちが次々と集まる。
リラは大根槍を肩に乗せ、カイは鑑定札を束ねて握り、
ミーナは水菜の鎖を長く伸ばし、レオンは弓を構えた。
村人たちも鍬や籠を手に、不安そうに見守っている。
そして、魔王がゆっくりと歩み出た。
黒いマントを外し、ただの作業服に着替えた彼の姿は、もう「支配者」ではなかった。
「アルト。……肩を並べるのは、初めてだな」
「ああ」
俺は鍬を構え、隣に並ぶ。
「魔王と勇者。今日は畑の守衛だ」
畑を襲う過激派
夜が深まった頃、ついに敵は現れた。
たいまつの光が林を照らし、怒号が夜気を震わせる。
「畑を奪え!」「勇者も魔王も斬れ!」
百を超える兵が、一斉に畑へ押し寄せる。
その瞬間、ブロッコリーの守護林がざわめき、
カボチャの防壁が輝きを放ち、
藁人形たちが一斉に立ち上がった。
「来たな……」
俺は鍬を振り上げ、叫んだ。
「——畑を荒らすな!」
勇者と魔王、肩を並べる
最初の突撃を受け止めたのは魔王だった。
巨大な影のような力をまとい、敵兵の剣を素手で弾く。
だが彼の力は、破壊ではなく防御に使われていた。
かつて世界を脅かした魔王の力が、いまは畑を守る壁となっている。
俺はその横で鍬を振るい、畝から飛び出したジャガイモ地雷を蹴り飛ばす。
爆ぜた土が敵の足をすくい、兵たちは次々と転がった。
「勇者! 魔王!」
「なぜ共に戦うのだ!」
敵兵の叫びは混乱と恐怖に満ちていた。
「簡単なことだ!」
俺は声を張り上げる。
「——畑は誰のものでもない。命のものだ!」
麦の絆縄の奇跡
戦いのさなか、エリシアが麦を束ね、絆縄を敵兵たちに投げた。
絡まれた兵士は動きを止め、互いの心を映し出される。
そこにあったのは憎しみだけではない。
戦に駆り立てられた恐怖、家族を守りたい願い。
「……俺たち、同じじゃないか」
「なぜ争っている……?」
絆縄が光を放ち、敵兵の何人かは剣を捨てた。
カボチャの大灯籠ふたたび
混乱の中、魔王が再びカボチャを抱えた。
今度は勇者と共に刃を入れる。
歪ながらも二人で彫った灯籠は、これまでにない大きさと光を放った。
大灯籠が輝くと、畑全体が昼のように明るくなり、敵兵たちはその光に目を奪われた。
怒号は消え、静寂が訪れる。
人々の心を照らす光が、争いを鎮めていった。
試練を超えて
戦いは、血を流さずに終わった。
過激派たちは武器を置き、農園の外へと退いていく。
村には疲労と安堵の笑い声が広がった。
「……ふう」
俺は鍬を土に突き立て、汗を拭った。
「やれやれ、のんびりのはずが……ずいぶん賑やかだな」
魔王が隣で笑った。
「のんびりを守るためにこそ、賑やかになる。そうだろう?」
エリシアも頷いた。
「これが農園同盟の“最初の試練”。……私たちは乗り越えました」
平和の芽吹き
翌朝、畑に新たな芽が芽吹いた。
それはまだ名もない植物だったが、光を帯び、まるで未来そのもののように輝いていた。
俺は鍬を置き、仲間たちを見渡した。
「畑は答えをくれた。俺たちが争いをやめれば、土はもっと豊かになる」
魔王が笑みを浮かべる。
「勇者と魔王が肩を並べて畑を耕す。これ以上の“平和の象徴”があるか?」
畑に吹く風は、どこまでも穏やかだった。
次回予告:第10話「畑の奇跡、世界へ」
農園同盟の噂はさらに広がり、周辺諸国も動き出す。
他国の使節団が農園を訪れ、国際問題に発展。
新チート作物「豆の通信網」が大陸を結びつける!
農園はついに、世界を変える舞台へ——。




