第6話「王国の農政と畑の掟」
王都からの使者が村に駆け込んできたのは、ヴァルドリア視察団を撃退した翌朝だった。
馬車から降り立った役人は、額に汗を浮かべ、緊張した面持ちで文書を差し出す。
「勇者アルト殿、王女殿下。……国王陛下より、“農政特別会議”の再開を命じられております」
開かれた巻物には、ひときわ大きく書かれた一文。
——『畑を守る掟を国法に組み込む是非を、直ちに議すべし』
空気が重くなる。
俺は鍬を握り直し、深く息をついた。
(また会議か……土の匂いがしない場はどうも苦手だ)
だが、今回は逃げられない。
畑を「国のもの」にされるか、「守るべきもの」として尊重されるか。
その境界線が、いま決まろうとしている。
王都・農政会議
白大理石の議場に、再び集う貴族、商人、役人たち。
今回は農業に携わる地方の代表や、学者まで呼ばれていた。
冒頭、王が宣言する。
「畑は奇跡である。しかし奇跡に依存する国は脆い。
だからこそ掟を定めねばならぬ。アルト、王女エリシア。そなたらの意見を聞こう」
エリシアが立ち上がり、堂々と告げた。
「畑は“売らない”。畑は“殺さない”。畑は“敬意を払う”。
その三つを国法として明記すべきです!」
議場にざわめきが走る。
「売らないだと!? 経済はどうする!」
「敬意など曖昧な言葉、法にできるか!」
「殺さない? 戦場でどう役立つ!」
反発の声が飛び交う。
俺は椅子から立ち、机に鍬を置いた。
ゴン、と響く音に人々の視線が集まる。
「土は黙ってる。だが、裏切れば必ず返してくる。
毒を流したヴァルドリアの兵は、畑に追い払われた。畑が自分で選んだからだ」
商人が叫ぶ。「作物が人を選ぶなど戯言だ!」
その瞬間——俺の懐から、にんにくの香りが立ち上った。
ニンニクの聖火
前夜、俺は新しく芽吹いた白い球根を試していた。
火打ち石を近づけた途端、白炎が立ち昇り、周囲を淡く照らした。
——畑産のニンニクは、「嘘を燃やす聖火」だった。
今、腰袋から取り出したニンニクを机に置くと、白い火がふっと広がり、議場を淡く染めた。
商人の口が止まる。
言葉が煙のように揺れ、嘘の部分だけが火に焼かれて消えていった。
残った声は震えていた。
「……わ、私は……畑を利用して……金を得たいだけだ……」
議場が凍りつく。
やがて、ざわめきが恐怖に変わる。
「嘘を……燃やす……?」
「これでは隠し立てができぬ……!」
王は沈黙を破った。
「なるほど。畑は法より正直だ」
ゆっくりと立ち上がり、宣言する。
「この日をもって、王国は“畑の掟”を国法とする。
一、畑の収穫物は売らぬ。
二、畑の力で人を殺さぬ。
三、畑を耕す者に敬意を払う。
違反する者は、畑そのものが拒むだろう」
議場に賛否の声が飛び交うが、王の決断は揺るがなかった。
会議後
外に出ると、夕陽が街を染めていた。
エリシアが隣で微笑む。
「アルト様……ついに掟が法になりましたね」
「これで少しは畑が静かになるかと思ったが……そうでもないだろうな」
俺は鍬を肩に担ぎ、空を見上げた。
「掟を利用しようとする奴も出る。……でも、畑は嘘を燃やす。そこだけは信じられる」
王都の空に、どこか甘いニンニクの香りが漂っていた。




