第5話「農業視察団、畑に来る」
王都での「出張畑会議」から三日。
大広間にいた貴族や商人の顔は、土の匂いと野菜の力を体感したことで少しは柔らかくなった。
だが——畑を狙う者たちが消えたわけではない。
その証拠に、今日。
村の入口に旗を掲げた一団が現れた。
赤黒の紋章、ヴァルドリア王国。
名目は「農業視察団」。だが俺の未来視トウモロコシは、すでに別の言葉を囁いていた。
——『スパイ』。
畑の脇に組んだ藁のベンチに座り、俺は鍬を足元に立てかけた。
視察団の先頭にいたのは、痩身の男。口元には笑みを貼り付け、礼儀正しく一礼する。
「勇者アルト殿、王女殿下。
我らはヴァルドリア農業局の代表、ルドルフと申します。畑の実情を学ばせていただければ」
「学ぶ?」
俺は人参をかじりながら、冷ややかに言う。
「盗みに来たんだろ。未来視は正直だからな」
ざわ、と視察団の後ろが揺れる。
ルドルフは笑みを崩さず、肩をすくめた。
「……さすが勇者殿。話が早い」
エリシア王女が一歩前に出た。
「ここは農園。剣も策略も許しません。学びたいのなら、土に触れてからにしなさい」
その声を合図に、農園メンバーが動いた。
リラは畝に大根槍を突き立て、
カイは畑の鑑定結果を紙に走らせ、
ミーナは水菜の鎖を腰に巻き、
レオンは木陰で視察団の足取りをじっと睨む。
畑を守る布陣が自然と整っていく。
だが敵もしたたかだ。
ルドルフが懐から小瓶を取り出し、土に垂らした。
途端に黒い煙が立ち上り、畝の根を腐らせようと広がっていく。
「……毒だと!」
村人たちが悲鳴を上げる。
「畑を傷つけるな!」
俺は叫び、手近なブロッコリーを引き抜いた。
瞬間——。
畑全体に緑の波紋が広がり、芽が一斉に伸びて絡み合う。
それはやがて森のような壁となり、毒煙を吸い込み、消し去った。
「な、なんだこれは……!?」
「ブロッコリーが……林に……!」
ブロッコリーの守護林。
畑を護るために、野菜が一斉に立ち上がったのだ。
視察団の兵が剣を抜きかけた瞬間、リラの大根槍がその刃を軽く弾いた。
ミーナの鎖が彼らの足を絡め取り、カイの鑑定札が敵の動きを予測する。
レオンは一歩踏み出し、静かに囁いた。
「見えてるぞ。お前らの狙いも、帰り道も」
兵士たちの顔が蒼白になる。
森のように茂るブロッコリーの壁が、じりじりと彼らを追い立てていく。
「……撤退だ!」
ルドルフが叫び、視察団は慌ただしく退いた。
畑に静寂が戻る。
ブロッコリーの林は風に揺れ、やがて普通の畝へと縮んでいった。
「アルト様……」
エリシア王女が微笑む。
「畑は、また自らを守ってくれましたね」
「俺じゃなくて、畑が強いんだ」
鍬を肩に乗せ、俺は空を見上げる。
「でも、畑は人を選ぶ。剣を持つやつには開かない。土に膝をついたやつだけに……」
王女は静かに頷いた。
「だからこそ、畑は人を試すのですわ」
次回予告:第6話「王国の農政と畑の掟」
視察団撃退の報告を受け、王都では農政会議が再開。
「畑を守る掟」を国法に組み込めるかが焦点に。
新たに明かされるチート作物——ニンニクの聖火。
畑を中心に、戦争か和平かが大きく揺れ始める……。




