第4話「王都へ。鍬を持って会議に出る」
王都の大広間は、朝からざわついていた。
白亜の柱に映えるのは、金糸を施した絨毯と、ずらりと並ぶ貴族たち。
商人たちの指は金勘定を弾き、書記官は紙束を抱えて駆け回る。
「勇者アルト殿——お入りください!」
声に押し出されるように扉をくぐると、俺は鍬を肩に、もう片方の腕には巨大ナスを抱えていた。
大広間にいた全員の目が、ぽかんと俺に釘付けになる。
「……なぜ鍬を……?」
「しかも、あの黒光りするナスは……」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
玉座の前、王が静かに口を開いた。
「アルト。そなたの畑の力、もはや国政に影響を与える規模となった。今日の議題は三つ——
一、畑を王国管理とするか否か。
二、畑の収穫物の流通をどう扱うか。
三、ヴァルドリアとの停戦交渉を支える形で、畑の利用をどう調整するか」
会議の空気が重くなる。
隣に立つエリシア王女が一歩前に出て、はっきりと言い放った。
「畑は勇者アルト様のものです。そして、そのルールは“畑を畑として守る”こと。
王国はそれを尊重しなければなりません」
「お待ちください!」
立ち上がったのは肥え太った貴族。金の指輪をこれでもかと光らせ、声を張り上げる。
「回復人参ひとつで、王国の兵士は数百人救えるのだ! 流通させれば莫大な利益が得られる! 畑を個人に任せておけるはずがない!」
「商会も同意します!」
別の商人が手を叩いた。
「王都全域で売れば、国庫に金貨が雪崩れ込みます! 勇者殿、これは大義のためです!」
大義、利益、権力——声が次々と飛ぶ。
俺は黙って鍬を握り、床に刃を突き立てた。
ゴン、と音が響き、大広間が一瞬静まる。
「……聞け。畑は命を育てる場所だ。売れば、命の価値が軽くなる。
だから、俺は売らない。譲らない。畑は畑のままだ」
ざわめきが再び渦を巻く。怒号、反発、拍手。
商人が机を叩き、貴族が立ち上がり、書記官が走り回る。
議論は収拾がつかない。
俺は溜息をつき、抱えていた巨大ナスを床に置いた。
ぼんやりと紫の光が立ち上がる。
「——転位ナス。ここじゃ話が進まん。全員、畑に来い」
「な、何をする気だ!?」
「まさか……」
光が広がり、大広間にいた全員の足元を包み込む。
次の瞬間、視界が一変した。
鳥のさえずり。
土の匂い。
緑に囲まれた広大な畑が広がる。
「こ、ここは……?」
「畑……だと?」
「地面が、土……!」
議場の面々が呆然と周囲を見回す。
王宮の冷たい石ではなく、柔らかな大地。
机も椅子も消え失せ、かわりに畝が並んでいる。
「会議はここでやる」
俺は鍬を掲げた。
「土の上でなら、畑の理屈が一番強い」
ざわめきの中、ひとりの若い商人が人参を拾い、恐る恐るかじった。
次の瞬間、顔色が驚きに変わる。
「……母の持病が……治っている。たった一口で……」
周囲が息を呑んだ。
続いて兵士上がりの貴族がトマトを手に取り、投げた。
爆炎が畝を焼きかけたが、すぐにハーブの香りが煙を散らす。
彼は声を震わせた。
「兵器としても……恐ろしい。だが、同時に……守りの力にもなる」
人々の目に映るのは、ただの食材。
だが土の上に立てば、その力が命の隣にあることを誰もが感じてしまう。
エリシアが声を張り上げた。
「ご覧なさい! これが畑です! 王都で机を囲むより、ここで一口かじるほうが、何倍も説得力があるでしょう!」
王も静かに頷いた。
「……アルトの言い分も一理ある。売らぬ。守る。だが、国としての利用方法は……まだ決めねばならん」
議論は畑の真ん中で続く。
剣を抜く者はいない。
声は激しくとも、土を踏む音はやわらかい。
俺は鍬を支えに、空を仰いだ。
(のんびりとは程遠い。だが——悪くないな)
次回予告:第5話「農業視察団、畑に来る」
ヴァルドリアから“農業視察団”が到着。だが実態はスパイ。
アルト農園の仲間たちが、農具と野菜で迎え撃つ。
新たに発見されるチート作物——ブロッコリーの守護林!




