第12話「種泥棒の襲撃」
夜のざわめき
その夜、畑は不思議なほど静かだった。
虫の声も風の音も途絶え、土の上をただ冷たい月光だけが流れている。
俺は鍬を肩に担ぎ、畝の間を歩いていた。
未来視のトウモロコシを一粒噛んだ瞬間、脳裏に黒い影が数十、数百と這う映像が映る。
——来る。
土を蹴る足音が、闇の奥から波のように広がってきた。
忍び寄る種泥棒たち
藁人形が一斉に立ち上がり、カボチャの防壁が淡い光を放つ。
畑を囲む森の中から、黒装束の一団が押し寄せてきた。
影は人間だけではない。訓練された獣や、毒に染められた魔物まで。
「……数が多い」
リラが槍を構え、額に汗を浮かべる。
「百じゃきかないわ!」
カイは鑑定札を走らせ、声を張り上げた。
「三百超! しかも大半が“採取班”だ! 本気で種を盗りに来てる!」
エリシアは背筋を伸ばし、震えを押さえ込んでいた。
「皆さん……この夜を越えねば、農園同盟は潰えます!」
ミントの眠り霧
俺はポケットから摘み取った葉を掲げる。
ミント。だが俺の畑で育ったミントはただの清涼ではない。
葉を擦り合わせると、淡い霧が畑を包み込む。
香りを吸い込んだ影たちが次々に足を止め、膝をつき、眠りに落ちていく。
眠り霧——。暴力の衝動を眠りに変える奇跡。
だが、敵は数が多すぎた。
眠らぬ者もまだ残り、獣が吠え、魔物が突進してくる。
農園総力戦
リラの大根槍が閃き、魔物の前足を弾き飛ばす。
ミーナの水菜の鎖が獣を絡め取り、レオンの矢が影の頭巾を射抜いて地に縫い止める。
カイの札は仲間の位置と敵の動きを映し出し、戦場を俯瞰させる。
「右から二十! 左に五十! 正面突破も来る!」
「任せろ!」
魔王が一歩踏み出し、黒い魔力を地面に叩きつけた。
その衝撃は土を盛り上げ、影たちを吹き飛ばす。
しかし破壊ではなく、畑を傷つけないぎりぎりの制御。
彼の力は、いまや畑の守護となっていた。
灯籠の再生
だが敵はなお押し寄せる。
眠り霧も限界、藁人形も次々と倒されていく。
「アルト!」
魔王が叫んだ。
「もう一度だ——カボチャの大灯籠を!」
「ああ!」
俺と魔王は並んで巨大なカボチャに刃を入れた。
彫り上げた瞬間、畑全体が昼のように照らされる。
灯籠の光は敵の目を射抜き、眠り霧と重なって心を揺らす。
影たちは剣を落とし、次々にその場に膝をついた。
眠る者、泣き崩れる者、ただ光を見上げる者。
本当の敵
やがて影の波は止んだ。
畑の周囲には倒れた敵と眠る獣たちが転がっている。
だが、まだ終わりではない。
未来視が告げる。
——背後に、さらに深い闇がいる。
今日の襲撃はただの前哨戦、本命はまだ牙を剥いていない。
俺は鍬を地に突き立て、仲間たちを見渡した。
「畑は守った。だが“種泥棒”の本丸はまだ残ってる」
エリシアが頷き、きっぱりと宣言した。
「次は攻めましょう。闇の根を断たねば、畑は守りきれません」
魔王が笑う。
「勇者よ。攻める時も肩を並べるぞ」
「おう。畑を荒らすやつは……眠らせてでも耕してやる」
次回予告:第13話「種泥棒の本丸へ」
闇の組織の拠点を突き止めたアルトたち。
勇者・魔王・仲間たちによる初の遠征。
新チート作物「ひまわりの羅針盤」が道を示す!
農園はついに外へ打って出る。




