毒を食らわば皿まで
「491万6000円になります」
店員の言葉に財布からカードを出した女は、顔を曇らせた。
忌々しい……。
「お客様?」
店員の声に我に返った女は「すみません」そう一言謝り、カードで払いを済ます。
お金と引き換えに受け取った紙袋には、女が好きなブランドのロゴマークが入っている。
やっと死んだと思ったのに……。
コツコツと高い音を響かせて歩くその脚には、ハイヒール。牛革で作られた黒一色の艶やかなエナメルは、装飾のない洗練されたデザインで、そのシンプルさが逆に高級感を漂わせていた。
女の姿を見て目を奪われない者はいない。
女のファッションは頭からつま先まで、高級ブランドで包まれていたのだから。
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ブティックを出て街を颯爽と歩きつつ
次はどう殺してやろうか……。
女は思案を巡らせる。
今まで数多の男を騙し金を奪った女は、初めての難局に頭を悩ませた。
女の名前は藤堂優奈。
職業は詐欺師である。
今ターゲットにしているのは財閥の御曹司、唐沢一樹。
────『ごめんな、優奈。俺の家系、昔からこうなんだ』
最初に殺した時に言われた事を優奈は思い返した。
「こんな事って……」
あの崖から落ちて無事な筈がない……。
豪華な調度品に囲まれて優雅に本を読んでいた優奈は固まった。
自分が殺した筈の夫が帰って来た事に。
「動揺するのも無理ないよな。あ~痛てて、傷深いな……」
頭からだらだらと血を流しながら、一樹は柔和な表情で話した。
一樹の家系は先祖代々からつづく、有名な資産家である。その為に昔から命を狙われる事が多く、どうにかしたいと七代前の先祖が仏像に一心に祈ったらしい。
結果、寿命がくるまで殺されても事故にあっても、死なない体になった、と一樹は説明した。
「そういう家系なんだ。寿命がくるまで死なない。ちなみに我が家は平均寿命108歳だよ」
さも当たり前の事のように話を終えた一樹。
優奈はあり得ない話を聞かされ、頭は理解を拒否していたが、
夫を殺害しようとした事は、すぐ警察に知らされる……。
ただその事実だけは混乱する頭でも解った。
そうして彼の話を聞き終えた優奈の脳が出した判断は……
終わった。
その一言だった。
「大丈夫だよ、優奈」
声と共に自分の肩に軽く触れる一樹に、体が一瞬跳ねる。
「俺は君の事、今まで通り、変わらず愛し続ける。心配しないで、今回の事は警察に話さないから」
彼の放った言葉に次は、違う意味で優奈は固まった。
その後優奈をどれだけ愛しているか延々と話す夫を見つめながら、彼女は2度目の終わりを実感した。
そういえば……と、優奈はふと思い出す。
彼からのプロポーズは変わっていて、
『君に殺されようと生きて君をずっと愛し続けるよ』
そう言って黄色と赤の薔薇の花束を101本渡されたんだと。
あの後優奈は、何度も殺害したが、何度でも彼は生き返って来た。
別れようにも殺害しようとした事を警察に話すと言われたら、と考えて言い出せなかった……一樹と別れられないなら、やはり殺すしかない。
通りゆく人達の雑踏に紛れ、改めて優奈は決意する。
優奈にとって詐欺は麻薬のような物だった。
結婚している限り、次の詐欺は出来ない。
またあのスリルと快感を味わいたい……その為にはあの男を殺さないと。
不死身だろうが『甦る事の出来ない方法』を実行すればいい。
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家に帰った優奈は、
「お帰り。買い物は楽しかったかい?」
と尋ねる夫に、
「ええ。とっても」
と機嫌よく返した。
まるで外面如菩薩内心如夜叉のように。
絶対に殺してやるから。
虎視眈々と機会を伺って。
──おまけ──
『不死身だろうが甦る事の出来ない方法を実行すればいい』
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「なんで死なないのよ!」
「なんでって言われてもなあ~……」
血の海に倒れながら彼は頭を掻く。
私の計画が台無しだ。
不死身でも甦る事の出来ない方法……優奈がそれを必死に考えた結果、『殺す』事を目的にする必要はないと、気が付いた。セメントで固め、東京湾に沈めればいいと。
しかし……
「生き返るのが早過ぎる! せめて30分ぐらい死んでてよ!」
「むちゃくちゃだな~」
体を起こして胡座をかきながら、
「あはは」
と、夫婦の会話を楽しむように一樹は笑う。
「優奈、諦めて仲良く暮らそうよ」
「いやよ!」
必ず方法がある筈……絶対殺してやるから!
今日の失敗を生かし明日に繋げる為、優奈の脳は次なる手段を考えていた。
完