自称転生賢者は純喫茶で働きたい
「ということで、今日から新人が働くことになりました。アルちゃんです」
店長は上機嫌で、彼を紹介した。
彼は緊張した様子で前の一点を見つめながら、ガチガチに固まっている。
ついにこの時がやってきたのだ。
アルトゥーロ・ソサ・アルデバラン(日本人)自称転生者が、バイトのメンバーに加わった。
「どっどうも、アルトゥーロ・ソサ・アルデバランです。ここで働く前は、宮廷で賢者やってました! よろしくどうぞ!」
キャラ濃すぎだって。
個性がぶつかりすぎてるわ。
日本人の風貌でその名前ってのもおかしいし、宮廷の賢者ってどの世界線やねん。
「ところでアルちゃんは、喫茶店とか、カフェとかでバイトしたことはあるの?」
「いえ! 自分、賢者だったもので! バイトは初めてです。」
「そっか。じゃぁ何か得意な事とかあるかな?」
「大魔法と国家運営、戦略立案が得意です! よろしくどうぞ!」
「そっか。まぁ、初めのうちは戸惑うことも多いだろうけど、分からないことあったらみんなに聞いてね。」
「はい!」
そっか、じゃないよ!
店長、大事なところスルーしてない?
「じゃぁ、小鉄君、いろいろ教えてあげてね。今日は平日で暇だろうし、バイト君だけだから。」
「えっマジですか?」
「僕は裏で珈琲豆焼いてるから、何かあったら声かけてよ」
俺が面倒見るの?
珈琲豆焙煎の準備に取り掛かる店長の背中を穴が開くほど眺めながら訴えていると、自称賢者が声をかけてきた。
「小鉄さん! よろしくです!」
「えっと、あぁ、まぁよろしくね。というか、初めて来たときとずいぶん口調変わったね?」
「BOOK ONの古本で勉強してきました!」
「へぇ、頑張り屋なんだね。ちなみに何読んだの?」
「こち亀と男塾です!」
おじさんの立ち読みじゃねぇか!
なんだそのチョイス!
通りで口調が男くさいと思ったよ。
本当に大丈夫か、この人。
でも、第一印象で判断してはだめだ。
店長が採用したんだし、きっと何か理由があるはずだ。
大人になるんだ小柳小鉄。
今日は俺が教育係なんだ。
「じゃぁ、とりあえず、注文の取り方とレジ打ちから始めようか」
「押忍!」
「押忍はやめい、ここ純喫茶やぞ」
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新しくバイトに入ったアルトゥーロ・ソサ・アルデバランは、物覚えが良い。
一度言ったことはすぐ覚えるし、一教えれば十分かるような、察しの良さもある。
「アルトゥーロさん、飲み込み早いね。レジ打ちも完璧だし、メニューもだいたい覚えたんじゃない?」
「自分、賢者やってたんで、これくらいは朝飯前っす。」
ははは、賢者ね。
海外でそういう仕事が本当にあるのかな?
例えば、社長の右腕的なポジションとか?
それを日本語で無理やり翻訳すると賢者になるのかな?
海外の言葉にはあって、適切な日本語が無いだけなのかも。
ここまで堂々とされると、本当に賢者なのかと思えてしまう。
「その賢者ってのは、どんな仕事だったんですか?」
「ロクな仕事じゃなかったっすね。王族の我がままを聞き、貴族たちの愚痴を聞き、国民の不満を聞く。力を持つ者の責務だと自負してたっすけど、いろんな人の話を聞くのが自分の仕事でしたね。結局はただの便利屋みたいなもんだったっす。」
賢者っぽい。
賢者っぽいこと言ってる。
もう何がホントで、何がウソか分からないレベル。
「そっそう言えば、魔法使えるとか何とか言ってましたよね。」
「はい! 戦時中は、大魔法でボコすかやってましたよ。 特に火属性の大魔法が得意です! 厄介なお客さん来たら任せてください。一発かまします!」
「何言ってるんですか。冗談でしょ?」
「はは! やだなぁ、賢者ジョークですよ」
なんだそのジョーク。
面白くねぇよ。
「まぁ、とりあえず、レジ打ちと注文の取り方は大丈夫そうですね」
「はい!」
「じゃぁ次は実際にお客さんの接客してもらうね。最初は俺が手本見せるので、次に真似してやってみて。ちゃんとフォローするから」
「お願いします!」
そして、驚いた。
完璧だ。
バイト初日とは思えない丁寧さと落ち着き。
レジ打ちをミスもなく華麗にさばき、キッチン側へ的確に指示を回す。
注文を取る時のテンポも良い。
急かす訳でも、もたつく訳でもなく、お客さんのテンポに合わせて場を繋ぐような接客。
軽やかな笑顔も忘れず、言葉も柔らかい。
熟練のホールスタッフが醸し出す万能感で溢れている。
そう言えば、店長が『接客で大事なことは、お客様の声をしっかり聴くこと。聞き上手になることだよ』って言ってたな。
って賢者じゃん。
さっきアルトゥーロが、賢者はいろんな人の話を聞く仕事だって言ってた。
もしかして本当に賢者なの?
王族とか貴族とかの話聞いてたの?
いや待てよ。
確かまだ世界には王族を持つ国がいくつかあったよな。
タイとかイギリスとかは王室あるし、そういうとこ出身であれば合点がいく。
「アルトゥーロさんって出身どこなの?」
「テラ大陸の辺境国、タルタリアのオルテガです。まぁ、農業が盛んなド田舎でしたよ」
転生者かよ!
そんな国聞いたことないわ。
どこまで設定凝ってんだよ。
一緒に働いた初日に、とりあえず分かったことは、アルトゥーロと名乗る自称転生賢者は、
仕事はできるが、やっぱりヤバいおじさんだってことだった。