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非業の枷  作者: 陰東 紅祢
第一章
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占い師マル―ル

 東地区の東大通を大きく逸れ、誰も寄り付かないような薄暗い裏路地。その路地の一番奥に占い師の家はあった。

 “マルールの館”とでかでかと書かれた崩れかけの看板。今にも落ちてきそうな外壁。所々に蜘蛛の巣が張り、とても人が住んでいるようには見えないボロ屋。あまりの小汚さに、トーマスは入る事を躊躇って立ち尽くしていた。


「ほ、本当にここで大丈夫なんだろうか……」


 来る場所を間違えたのではないかと、地図を片手にしばらく家の前をうろついてみたが、何度見直してもフローラから受け取った地図には確かにここだと書かれている。


 トーマスは足を止め、様子を伺うように周りに目を向ける。辺りに人の気配などほとんどなく、所々剥がれてボロボロになった石畳の上を行くのは薄汚れたドブネズミだけ。下水の汚臭が立ち込め、傾いている家が多いところを見ると、ここはスラム街だと言っても過言ではなかった。


「僕の家のある地区も、決して裕福な感じじゃないけどここまで酷くないな……。レグリアナにこんな場所が存在するなんて、初めて知ったよ」


 誰に言うでもなくそう呟いた。


 こんな場所に家を構える占い師など、まともなのかどうかさえ疑わしく思える。

 今まで占いなどした事もないトーマスには、一回の占いでどれだけのお金を取られるのか分からない。ひとまずありったけのお金を握り締めて来ていたが、この雰囲気を見る限り、今手元にある分では足りないような気がしてきた。


「とんでもない金額をふっかけられたりしないよな……」


 詐欺や騙し、脅しなど、ここならごく普通にありそうだ。下手をすれば自分の命さえも危うくなるかもしれない。そう考えると怖気づいてしまいそうになる。しかし、このまま入らずに帰る訳にもいかないと心を決めて恐る恐る屋敷の扉に手をかけて中に踏み込んだ。


「ご、ご、ごめんください……」


 恐々と声をかける。傷んだ壁や屋根、扉の隙間から入り込む僅かな光だけが室内を照らしている、中は薄暗く、埃っぽい湿った空気に包まれていた。一歩踏み出すとミシリと音が鳴り、うっかりにも床を踏み抜いてしまうのではないかと思われるほどだった。

 こんなあばら家に人が住んでいるとは、普通なら考えられない。


「あの……。すみません」


 トーマスがもう一度そう声をかけてみるが、まるで人の気配もなく、物音すらしない。

 やはり間違えたんじゃないかと不安になりながら、手にしていた上着をきつく握り締めた。


「どなたかいらっしゃいませんか……?」

「客か」


 再び声をかけた瞬間、思いがけず背後から声がかけられてトーマスは思い切り飛び上がった。その瞬間、左足で思い切り床を踏み抜いてしまう。


「……」

「あ、す、すみません!」


 背後に立っていたのは目深にフードを被り、ぼってりとしたローブを身にまとった老婆だった。老婆はトーマスの踏み抜いた床をじっと見詰め、咄嗟に謝罪する彼をフードの奥からぎょろりとした目で一瞥すると背を向けて歩き出した。


「え、あ、あの……」

「……こちらに来るが良い」


 何も言わずに立ち去ろうとする老婆にうろたえたトーマスへ、老婆はついて来るよう手招きをして呼び寄せた。

 トーマスは息を呑み、恐る恐る老婆の後を追いかけて奥の部屋へ入ってくと、中は表とはまるで違う世界が広がっていた。部屋全体を紫色の布で覆い、天井からは無数の煌びやかな宝石のイミテーションがぶら下がっている。部屋中には部屋と同色のカバーがかけられた無数のクッションが敷き詰められ、同じく煌びやかな置物が所狭しと置かれていた。

 そんな部屋の中央に、透明度の高い大きな水晶が台の上に置かれ、その前に老婆が座り込む。


「そこへ座るがいい」


 老婆は自分と向かい合うように水晶の反対側へ座るようトーマスを促すと、トーマスは言われるがままにそこへ座り、落ち着かない様子で辺りを見回す。


 屋敷全体は全く手を加えてはいないのに対し、この部屋だけはしっかりと手が入っている。隙間だらけの壁もない。そして何より、ここだけがとても神聖な空気に包まれている事を言わずもがな、トーマスは肌で感じていた。

 一人落ち着かずそわそわとしているトーマスを、食い入るようにじっと見つめていた老婆はおもむろに口を開く。


「……おぬし、何か不安を抱えているね?」


 突如としてそう声をかけられ、トーマスは驚いたように目を見開いた。


「え……?」

「ここに見えている。そう、何か大きな不安だ。それはずばり……子供の事だろう?」


 こちらが何も言っていないのに、ズバリ言い当てられた。

 建物の外観だけで人の成りが分かるわけではないが、見てくれだけでおかしな人間かもしれないと思っていたトーマスは言葉を失う。


 もしかしたら彼女は本当に、噂に違わぬ正真正銘当たると評判の高い占い師なのかもしれない。


「どうして、分かるんですか……?」


 トーマスはただただ驚くばかりで、そう問いかけると。老婆は表情を少しも変えることも無く水晶を食い入るように見つめていた。


「分かるさ。ここへ来る者は大体皆何かを抱えてやってくる。それが大なり小なり様々さ」

「……」


 それ以降老婆は言葉を発する事無く、じっと水晶に手を翳しながら見つめている。静かに待つだけのトーマスには、その時間がやたらと長く感じて仕方がない。こちら側から見る限り、水晶に何かが映し出されているようにはとても見えない。しかし、老婆には何かが見えているのだろう。

 次に聞かされる言葉が一体何なのか、ただ静かに待っていたトーマスだったが、突如として顔を上げた老婆の口から、俄かに信じがたい言葉が飛び出した。


「その子を生かしておいてはならぬ」

「え……?」


 突然の言葉に、トーマスは言葉が出てこない。困惑した顔を向けるとその場に立ち上がった老婆を見上げた。

 老婆は体をガタガタと撃ち震わせ、恐怖に戦慄いた様子でぎょろりとした大きな目を更に大きく目見開いてトーマスを見下ろした。


「生かしてはならぬ。その子が生きる事で、とんでもない出来事が起こるだろう」

「……」


 あまりに突拍子もない事を言う老婆を前に、トーマスは何を話してよいのか分からず、ただポカンと口を開いてしまっていた。

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