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非業の枷  作者: 陰東 紅祢
第二章

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儚い望み

 リガルナは何気ないこんな会話でも、久し振りに感じる安息感。そして穏やかな時間。懐かしいようで、その裏側ではこの時が崩れることに恐怖している自分の姿が、やけに滑稽に見える。

 アレアはそんなリガルナに気付くことなく、真っ直ぐに前を向いたまま静かに口を開いた。


「空は、満点の星空ですか?」

「……?」


 そっと目を閉じてふと呟いたアレアの言葉に、リガルナは不思議そうに見つめ返した。

 彼女は、空気を胸いっぱいに吸い込みながらまるで星空を抱くように両手を広げる。体中で自然界の全てを感じ取ろうとしているかのように、彼女のモスグリーンの髪が緩やかに後方へ浚う様を見つめていたリガルナは、どこか満足そうに目を細めた。


「私にはこの空にあるという星を見ることは出来ないから、想像するんです。小さな色とりどりの灯りが黒い空に沢山散りばめられていて、一つ一つが尊い光で、でも力強くて……。宝石みたいだって昔母が言っていたけど、その宝石さえも私にはどんなに綺麗なのか分からない」


 彼女の頭の中にはどんな世界が広がっているのか。想像する事しか出来ないアレアの脳裏には、光自体がどんなものかも分からないのかもしれない。その代わり、周りから得られる情報を最大限に自分で解釈をして脳裏に描いていることだろう。ふと彼女の思い描くその世界に自分も浸りたいような気持ちに駆られた。


「……」


 アレアはゆっくりと手を下ろして目を開くと、くるりとリガルナの方へ顔を向けて真剣な表情で問いかけてきた。


「だから教えて下さい。空は……満点の星空ですか?」

「……あぁ。鬱陶しいほど、沢山の星が散りばめられている」


 リガルナは思っていた言葉をそのまま口にした。するとアレアはリガルナの言い方に、ぷっと吹き出してクスクスと笑い出す。


「鬱陶しいだなんて……。でも、きっと綺麗なんですよね」


 アレアはもう一度上を向いて、映らない瞳にその星の光を映すように目を向けた。


「……そうかもな」


 空を見上げていた視線を下げると、小さく口元に笑みをこぼしたままどこか寂しそうに足で地面をいじり始める。それに気づいたリガルナが不思議そうな目を向けると、視線を感じたアレアはポツリと呟いた。


「目が見えたらどんなに素晴らしいんでしょうね……」

「……」


 その横顔は先程までの元気が嘘のように影を落とし、暗く寂しい顔をしていた。


「私、生れつき目が見えない上に、心臓にも疾患があって体が弱かったから。だからこの今の人生半分以上損してるのかなって思う時があるんです。せめてこのどちらかがまともだったら良かったのにって」

「……」


 何の言葉をかける事も出来ず、リガルナはそんなアレアから視線を逸らした。

 この山の遙か裾野の方にある小さな街の明かりがあるだけで、それ以外は真っ暗な闇同然。チカチカと瞬く星星の明かりを邪魔するものはなく、その存在をしっかりと空一面に表していた。


 この景色を見せてやりたい。


 そう思ったのは今の自分には自然な事だっただろう。でも、それが出来るとは思えなかった。

 黙りこんだリガルナに対し、アレアは努めて明るく呟いた。


「でもそれって贅沢な悩みなんです。身体が弱くても目が見えなくても、そのどちらかであったとしても、それぞれに良い事がありますよね。現に私は、今の自分だったからこそリガルナさんに会えたんですから」


 まるで自分に言い聞かせるように呟いて微笑むアレアに、リガルナの眼差しが僅かに曇る。


 彼女にほんの僅かな時間でも夢を与えられたら……。目が見えるようにしてあげられたら……。


 だが、そんな事ができるような術は何も持っていない。それが今無性に悔しく思えて仕方がなかった。

 安易な返事を返すことさえも躊躇われて、ただ口を閉ざしたまま視線を下げた時、視界の端に映ったアレアにリガルナは焦って顔を上げる。先程まで普通に話していたはずのアレアが、突如として苦しそうに胸元を押さえ青ざめた顔でその場にしゃがみこむ。


「どうした?」


 リガルナが慌ててアレアを支えると、アレアは青ざめた顔をしているのにも関わらず笑みを零しながら僅かに顔を上げた。


「……ここ、しばら、く……こんなこと……なかった、のに……」


 胸元を握り込み、荒々しく苦しげに息を吐きながらきつく瞼を閉じたまま、自分の身体を支えきれなくなったアレアは、そのままリガルナの身体に寄りかかる。


「ふっ……、く、うぅぅ……」


 冷や汗が流れ落ち、指先から血の気が引いていくのが分かった。

 ただ事ではない事態に、リガルナはただ焦っていた。自然と早くなる鼓動に、気が動転してしまう。


「おい……!」


 倒れた身体を支え、蒼白した顔で苦しげに喘ぐアレアの顔を覗き込みながらそう声をかけるが早いか、彼女はふっと意識を失った……。

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