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非業の枷  作者: 陰東 紅祢
第二章

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縮まる距離

 アレアは恐る恐る、探るようにゆっくりと手を伸ばす。握られていない方の手でリガルナの腕にそっとなぞるようにしながらアレアの手が触れて来る。こうして頼りなく触れられるのは初めてだった。何もかも探るようにしか生きられないアレアのあまりの頼りなさにぎゅっと心が掴まれる。


 目の前にいるリガルナの腕の太さを感じ、アレアの伸ばされた手はそっと彼の頬に指先で触れた。

 アレアからすれば見上げるほどに高いリガルナの身長。触れた頬から先には手が届きそうにないくらい、二人の身長差は大きかった。

 

 触れられていたリガルナは、アレアが触れるところからまるで電気を浴びせられているかのように体が痺れて身動きが取れない。ただ、この時ゆっくりとこちらを見上げて来るアレアを初めて真正面から見つめ返した。


「……名前、教えて下さいませんか?」


 しばし時が止まったように真正面から見つめ合う二人だったが、躊躇いながらもいつかのようにアレアにそう問われると、リガルナはピクッと体を動かした。


 赤き魔物と言われ続け、自分の名があまり世間に知られているとは思えなかったが、それでもその異名と共に広まっていないとも限らない……。

 知られる事があれほどに怖いと思っていたのに、今は知って欲しいと願う気持ちも生まれていた。ただ、それでも彼女とは違う。似ていても違うものは……リガルナは「魔物」と呼ばれる所以を持っている事だ。


「お前は……」


 十分な間合いを取って、ようやくリガルナの口から出た言葉に、アレアはただ黙って頷いた。


「赤き魔物を、知ってるか……」


 そう呟くように言って、リガルナは彼女の返してくる言葉に恐怖と不安を感じながら、苦しく切なげに目を閉じる。

 告白した後の彼女の反応が怖い……。それでも彼女の言葉に応えたい自分もいる。だから明かす前に、聞いておきたかった。


 アレアはなぜ彼がそれを訊ねて来るのか分からないまま、それでもリガルナがその答えに対して怯えていると言う事は肌を通じて感じ取れた。


「……私がまだ叔母と叔父の家にいた時に、二人が話していた会話を聞いて知っています。ここではない別の場所で大きな事件を起こしている人物だと……」


 あいまいな情報だとは言え、やはりアレアの耳にもその情報は入っていた事を正直に打ち明ける。

 リガルナはそのアレアの言葉に心が大きくざわついた。しかしそれだけの事をしてきているのだ。むしろ何も情報が入っていないと言う方が不自然というものだろう。


 アレアはリガルナの手を握り締めたまま、顔を俯ける。そして握り締めた手に力を僅かに込めながら呟くように口を開いた。


「私……今までずっと街に出ることも出来ず、家に閉じ込められたままで暮らしていました。だから多くの事は知りません。叔母も叔父も、人目を避けている事が多かったですし……」


 自宅に閉じ込められていた。

 その話を聞いてやはり自分と重なる。そして叔父や叔母がなぜ人目を避けていたのかと言う事も想像がついた。かつて、自分がそうされたように……。


 彼女の言葉にリガルナは閉じていた目を開いて切なげに目を眇め、目の前のあまりにも頼りないアレアをもう一度見下ろした。


 黙りこんだままのリガルナに、アレアは不思議そうに首を傾げた。


「それが何か……?」

「いや……。俺は……リガルナ、だ……」


 数ヶ月経ってようやく聞けたその名前に、アレアの顔は自然と緩んだ。

 名前を知るだけで、どうしてこんなにも安堵出来るのだろう。名前も知らず、ただ近くにいた時よりもずっと近くに存在を感じる。


「ありがとうござます……リガルナさん」


 アレアは緩やかな笑みを見せた。リガルナはそのアレアの姿を見て、胸が詰まるような思いだった。

 初めて見せた一瞬の微笑みが頭を離れず、そして今安心したように微笑みかけてくるアレアの笑顔。それを守りたいと、初めて思った。


 握り締められている手を振り解く事も出来ないまま、リガルナは静かに促す。


「戻るぞ……」


 リガルナがそう言うと、アレアは笑みをその顔に残したままゆっくりと頷いた。そして握ったままの手をそのままに、少しだけ気恥ずかしそうに顔を上げる。


「あの……道、分からないので、このままでいい……ですか?」

「……好きにしろ」


 リガルナは躊躇いながらぶっきらぼうにそう答えると、アレアの手を引き洞窟へと戻っていく。

 その後、二人の距離は歩むほどの速さで少しずつ縮まっていった。

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