脅されてもなお
「……っ」
アレアはリガルナの言葉に動揺しつつも、「消えろ」と冷たく突き放された事にそれまで感じていた喜びを飛び越えて急速に悲しくなり、こみ上げる涙を堪えるまもなくその頬にポロポロと涙をこぼした。
何もかも拒絶するような言動が、酷く心に突き刺さる。まるで、叔母がいつも投げかけてくるような辛辣な言葉に聞こえてしまった。
声もなく泣き出してしまったアレアの姿を目の当たりにして、驚いたのはリガルナの方だった。
なぜ泣く必要がある? 自分の姿を見て臆さない人間などいるはずはない。だとしたら恐怖のあまり泣き出したと言うのだろうか? しかし、そんな風にも見えない……。もしや、この涙にも裏があるんじゃないだろうか?
リガルナは酷く動揺しながらも、無意識にもそう勘ぐってしまう。
「……すみません」
長い沈黙を守っていたアレアは顔を伏せてこぼれ落ちる涙もそのままに、口を開いた。
「一人でここを離れる事は、出来ません……」
「……」
突き刺さるような冷たい視線を感じながら、アレアは恐怖に声を震わせてそう言った。
ここが一体どこで、どんな場所にいるのか全く分からない状況の中に置かれていて、しかもそれを確認する術もない内から「出て行け」と言われても、出て行けるはずが無い。
ここを一人では出て行かない。そう呟いたアレアの言葉に、リガルナの表情がピクリと動いた。
「……っ!?」
リガルナはギロリと睨みを利かせ、胸の中に湧き上がる苛立ちのまま腕を伸ばし、勢い良くアレアの首を手で掴んだ。そして背後の岩にその体を叩きつけるように押し付ける。
「あっ……く……っ」
無防備だったアレアは強かに背を岩にぶつけ、ギリギリと喉元を締め上げられて息苦しさを覚える。
あまりに突然の出来事にアレアは錯乱状態だった。
震える手で自分の首にかかってるリガルナの腕に触れた。まるで容赦の無い締め付けに、アレアは苦しげに呻きもがく。
「……生かした状態で逃がしてやると言っているんだ。くだらない事を言っている暇があるなら、とっとと俺の前から消えろ!」
更にきつく締め上げてくるリガルナの手に、アレアはきつく目を閉じ恐怖から冷や汗を流しながら身動きが取れない。
「それとも、死にたいなら望み通りにしてやろうか?」
アレアはその言葉にきつく目を閉じたまま首を左右に振った。
死にたくはない。自分は生きるためにあの家を飛び出したのだ。だが、この先どう生きて行けばいいのか分からないのも事実。不安でたまらない中で助けてくれたのだろう彼が追い出そうとする事に困惑と、無意識にも縋りつきたくなっている気持ちが本音だった。
だが、こうして安易に首を絞めて殺す事さえ厭わない彼の行動に、アレアはこの人に縋ろうとすることは間違えているのかもしれないと、内心感じていた。
その反応を見たリガルナは彼女の首から無造作に手を離す。
宙に浮くほど持ち上げられていたアレアは力なくドサリと地面にくず折れ、大きくむせこみながらへたり込だ。
「だったら消えろ。すぐにだ」
喉元を押さえ、ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭うこともせずにアレアは何度もむせ込んだ。そして悲痛な顔を浮かべたままリガルナを振り返ると、叫びにも似た声で訴えた。
「……一人じゃ、ダメなんですっ!」
「消えろ。目障りだ」
ボロボロと零れ落ちる涙を止められず、酷く悲しくなり嗚咽を漏らしながらアレアはその場に泣き崩れた。
「お前たち人間など信用できない。そう言って俺を人里に連れて下り、殺すつもりなんだろう」
「……!」
アレアには想像もしていなかったその彼の言葉に、目を見開いた。そして俯いていた顔を僅かに上げる。
人里に連れ下ろして、殺す? なぜ、そんな言葉が彼の口から出たのか分からなかったが、彼にはそうなるだけの何かがあると、この一瞬で理解できた。だから頑なに出て行けと言い張り、突き放そうとするのだ……。
リガルナは呆然としてしまったアレアをみやり、フンと鼻を鳴らして背を向ける。
「日の出と共に俺の前から去れ」
「……」
リガルナはそう言い捨てるとその場から立ち去った。
遠のく足音に、アレアは言葉をなくしたまま呆然とその方角を見つめたまま動けなかった。




