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8.2人の旦那様(中編)

 



 佐伯(さえき)瑞樹(みずき)にこう告げた。

「私の家の手伝い人を捜している訳ではないのだよ」


 瑞樹は不安に駆られる。

 じゃあ自分はどこへ連れていかれるのか、少し不安感が募った。

 佐伯の下でなら一生懸命働く事が出来る、そう感じていたのに。

「実はね、私の弟の家で働いて欲しいんだ」

「弟さん、ですか?」

「そう。私と年が離れていて、30を少し過ぎた年齢だったかな。今まで何人か人を雇ったんだが、どうも上手くいかなくてね。若干引きこもりの傾向があるから、それが問題あるのか分からないけど、すぐやめてしまうんだよ。私は良い弟だと思うんだけどね」

 佐伯はうーん、と唸りを上げる。

 今の話を聞いただけでは、どうなるか分からないけど、少なくとも実家にいるよりはまともな生活を送れるかもしれない、と、瑞樹は前向きに考える事にした。

「その家には、ご家族はいるのですか?」

「いや、弟が一人で暮らしているんだ。弟の機嫌だけ損ねなければ、大丈夫だから」

 佐伯が良い弟、と言うなら、両親より悪い人ではないはず。

「どこまで出来るか分かりませんが、がんばってみます」

「ありがとう。そう言ってくれると、心強いよ」

 佐伯はにっこり笑って答えた。


 目的地までは3時間ほどかかるらしい。

 住んでいた住宅地から離れ、商店街を抜け、街の郊外へ車を走らせていた。

 見た事のない景色に面白みを感じ、外を眺めていると、お腹が鳴りそうになる。

 瑞樹は腕をお腹に当てて、鳴らない様に押さえた。

「どうかしたかい?」

「い、いえ、何でもないです」

 顔色が悪く見えたのか、佐伯は心配そうに顔を覗き込んだ。

 しばらくして、

「どこでも構わないから、コンビニに行ってくれないか」

 と、運転手に声をかけた。

 運転手は、はい、とだけ言うと、途中で見つけたコンビニに車を駐車した。

 瑞樹は車で待つように言われ、佐伯と運転手は2人でコンビニに向かう。


 一人になった瑞樹は、少し安堵した。

 気が張っていたので、肩の力を抜いて息を大きく吐く。

 少し楽になったので再び窓の外を見ると、コンビニは通常のお店なのに、駐車場はとても大きかった。

 トラックが入る為の大きなラインが引いてある。

 郊外のコンビニはこんなにも駐車場が大きいのかと、クルマの往来を見つめていると、佐伯と運転手が帰ってきた。


 佐伯が車に乗り込むと、ふわっと油で揚げた匂いが立ち込めた。

 ああ、この匂いはお腹を刺激する。

 瑞樹はお腹が鳴らない様に祈っていると、佐伯が瑞樹に商品を差し出した。


「あの、これは」

「会社の若い子が、コンビニのホットスナックがおいしいから、一度食べてみてほしいと言っていてね、ちょうど食べてみたかったんだよ。良かったら付き合ってくれるかい?」

 手渡されたのは、温かいアメリカンドックだった。

 この匂いだったんだ、と瑞樹は思い、袋から取り出す。

「これは、どうしたらいいんだい?」

「旦那様、ケチャップがありませんか? 真ん中に亀裂が入っているので、左右を持つと自然と真ん中が割れて、ケチャップが出てくるんですよ」

「おお、本当だ。これをつけるんだね。うん、面白い味をしているね。若い子はこういう味が好きなんだね」

 佐伯は、うんうん、と感心しながら食べている。


 瑞樹も同じようにケチャップをアメリカンドックに付けて、上からぱくっと口に入れた。

 生地の甘みと、ケチャップの酸味が口の中で混ざって、とてもおいしい。

 もちろん、瑞樹はコンビニ商品など買ってなど貰えなかったので、佐伯と同様、初めての経験だ。

 話には聞いた事があるが、おいしいかどうかは別として、同年代の人が食べている物を自分も食べている、という幸福感が堪らなく嬉しかった。


「どうだい?」

「おいしいです!」

 瑞樹は本当にそう思ったので、思わず感情が出て声を張り上げてしまった。

 はしたない、と思い、小さな声ですみませんと口に手を当てて言った。

 佐伯はそんな瑞樹の姿を、嬉しそうに見つめている。


「まだ先が長いから、これも食べるといい」

 そう言って渡されたのは、小さなビニール袋におにぎり2個とペットボトルのお茶が入っていた。

「いいんですか?」

「もちろん。食べたくなったらいつでも食べなさい」

 瑞樹は自然と頬が緩みそうになったが、いけない、と平常を装った。


 とりあえず、1つ食べよう、と手に取る。

 透明なフィルムに包まれているおにぎりは、どう開けてよいか分からなかった。

 じっと見つめていると、番号が振ってある。

 この通りに剝がせばいいんだ、と悟って、ゆっくりと剥がしていくと、自然とおにぎりに海苔が包み込まれた。

 現代の技術はすごい、と感心しつつ、海苔がこぼれないように優しく口に入れた。

 鮭の塩味とご飯の甘みが相まって美味しい。

 あまりの美味しさに、取っておこうと思ってたもう1つのおにぎりも、勢いで食べてしまった。

 空腹が満たされると、次に襲ってくるのは眠気だ。

 車の適度な揺れが心地よくて、瑞樹はいつの間にか眠りに落ちてしまった。



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