7.2人の旦那様(前編)
この辺りから、つらつらと話が長くなります。
お付き合いいただければ幸いです。
パーティー後は、普段と変わらない生活を送っていた。
瑞樹と朱莉は、学校ではほとんど会話はしなかった。
そもそも瑞樹は、学校ではあまりクラスメイトと話はしない。
それを朱莉は分かっていたので、声をかけるのも悪いと思って、あえて話はしなかった。
けれど放課後になり、人がいなくなった教室で2人は楽しくおしゃべりの時間を作っていた。
話の中心は手芸やお菓子作りが多いけれど、学校の事や、勉強の相談にも乗ったりした。
瑞樹の学校の成績は真ん中ぐらいだが、それは、瑞樹が本気を出していないだけ。
周りから注目されたりするのを避けて、無難な成績で過ごしているのだ。
王妃になる為の勉強はもっと時間を詰めていて大変だった。
少ない時間で覚える事も多い。
瑞樹自身も勉強は好きなので辛いとは感じた事はないが、それでも休みなく分刻みで、毎日息をつく暇もなかったのだから、今との生活を考えると、時間に余裕はあるのかもしれない。
そうは言っても、毎日母の顔色を見ながら生活するのは精神的に疲れる。
どっちにしても、今も昔も気苦労は絶えないと悟った。
月日は立ち、12月に入って、瑞樹は一つ心配事があった。
それは自身の進学について。
クラスのみんなは中学に入る準備をしていると会話が聞こえてきた。
しかし、瑞樹は何もしていない。
それどころか、両親から何も聞かされていないのだ。
自分は中学へ進学できるのか。
制服も作り始めないと間に合わなくなってしまう。
まさか、制服なしで中学へ行けなんて、そんな無理な事言わない、よね?
いや、あの両親ならあり得る。
くしゃくしゃでも、よれよれでも、誰かのお古でもいいから制服があればまだマシな方だ。
時間が経つにつれて不安が募っていくが、両親には怖くて聞き出せずにいた。
年が明けてすぐ、父からこんな話があった。
「瑞樹。お前は中学へは進学しない。私の取引先の社長の下で働いてもらう事になった」
・・・は?
開いた口が塞がらない、とは、まさにこの事だろう。
まさか、小学校を卒業したばかりの自分の娘を働きに出すなんて、この両親は本当におかしい。
一昔前ならあり得ない話ではなかったが、今は時代が違う。
前世でも下町の貧乏な家庭は働きに出ている子供は多かったが、世の中がそういう風潮であるのと、国の支援が行き届いていない事も関係していた。
その件で、何度国王と夜な夜な話し合ったか。
この時代の、日本の子供は義務教育を受ける必要があるというのに。
驚き、というより、諦め、落胆の方が大きかった。
父の取引先の社長が、家の事を一通りやってくれる家政婦を探している、との話をどこかで嗅ぎ付け、それならウチの娘を是非お願いしますと、全力で頼みに行ったそうだ。
相手の社長は父の勢いに圧倒されて、それならばとりあえずと引き受けたのだと風の噂で聞いた。
結局、私は売られたのだ。
父の出世のいいように利用され、上手くいけば上へ昇進出来ると期待を込めて、ダメでも体のいい人質だ。
父はそこまでするのか、と瑞樹はため息をついた。
4月1日から、瑞樹は働きに行く事になっていた。
それまでに持っていく荷物を整理したり、周辺の片づけを始めていた。
荷物と言ってもたくさんある訳ではなく、洋服や学校で使った文具などで、少し大きめの鞄に収まってしまう量だった。
出発当日の朝、瑞樹は日が昇らない暗いうちに、こっそり外に出て庭をぐるりと回った。
玄関とは反対側の場所に、植木鉢が数個置いてある。
その内の一個を取り、置いてあった下を手で掘った。
土は柔らかく、瑞樹の目当ての物をすぐ掘り当てた。
手にしていたのは、ビニールに包まれたきんちゃく袋。
きんちゃく袋の中には、少しのお金が入っていた。
部屋に置くと母が探し回って持って行ってしまうので、絶対に見つからない所に隠したのだった。
少額だが、瑞樹にとっては大切な財産だ。
音を立てないように、そっと持ち込んで鞄へ入れた。
迎えに来る方の名前は「佐伯」と言う。
若い頃から頭角を現し、一代で財産を築き上げたのだとか。
会社の仕事内容については知らないが、父と接点があるという事は、貿易関係の取引とか、その辺だろうか。
正直、父の仕事もよく分からないので、適当に推測している。
迎えに来る時間は14時。
瑞樹は早めに支度が出来てしまったので、時間より2時間早いが、外で待っている事にした。
日曜日だが両親は珍しく家にいる。
父は社長である佐伯に挨拶する為にいるのだろうが。
瑞樹は家に居ると息が詰まるので、昼の食事を出して、さっさと外に出てしまった。
表から見えない所に座ると、お腹が小さく、ぐぅ、と鳴った。
残っていた冷たい白ご飯を少し口に入れてきたが、もちろんそのくらいでは空腹が紛れる訳がない。
新しい場所では、きちんとご飯が貰えるだろうか。
不安が込み上げ、今更ながら涙が込み上げてきそうになっていた。
約束の時間まで後30分となった時、瑞樹は家の塀の辺りに立ち、迎えを待っていた。
到着した時にはきちんとした姿で挨拶をしたい。
時々服が汚れていないか、髪が乱れていないか、簡単に身なりを整えていた。
しばらくすると、一台の黒い乗用車が家の前に横付けされた。
運転席から人が降りてきて、後部座席のドアを開ける。
現れたのは、スーツをピシッと着こなした男性だった。
父親よりも一回り年上の年齢だろうか。
黒髪で顔艶が良く、丸顔なので童顔に見えるが、もしかしたらもっと年上なのかもしれない。
男性は、にこにこしながら瑞樹に近づいてきた。
「小林瑞樹さん、かな?」
「は、はい! 初めまして。小林瑞樹と言います」
手を前に合わせ、瑞樹は深くお辞儀した。
「初めまして。佐伯と言います。どうぞよろしくお願いします」
佐伯も、瑞樹に丁寧にお辞儀した。
その姿を見て、瑞樹は何て紳士的な男性なんだろうと心を動かされた。
こんな小さな小娘相手に、一人の人間として向き合ってくれている。
その事が、瑞樹にとって、とても心温まる行為であった。
「君の父親はまだ来ていないのかな」
「あ、すみません。今呼んできます」
「いや、構わない。出てくるまで待とうか」
佐伯は車の前で瑞樹の父が出てくるのを待っていたが、時間を過ぎても一向に出てくる気配がなかった。
気まずい空気が流れるが、佐伯は何も言わず、ただじっと待ち続けた。
予定時刻から15分遅れて、家の中から瑞樹の父がようやく現れた。
「佐伯様! お待たせしてすみません! 瑞樹、何故呼びに来ないんだ!」
「私が呼ばなくていいと言ったのでね。予定より早く着いてしまったんだよ」
瑞樹の父は眉をへの字にして、佐伯にぺこぺこ頭を下げていた。
いい気味だ。
瑞樹は心の中で皮肉った。
多分、佐伯は瑞樹が怒られる事を予想して、あえて呼びに行かせなかったのだろう。
悪いのは父親だ、と分からせる為に。
佐伯は瑞樹の父と少し会話を交わした後、瑞樹に車に乗るよう促した。
「お荷物、トランクへ入れますね」
運転手の男性がそう言うので、貴重品だけ手元に残して、鞄を渡した。
後部座席の右側に乗り、佐伯はその隣に乗り込む。
「瑞樹、しっかりやるんだぞ」
父親は声をかけたが、瑞樹は顔をそらした。
佐伯は車の中から瑞樹の父にお辞儀をし、車を走らせた。
瑞樹は窓の外を見て、最後になるかもしれない景色を眺めていた。
よく行くスーパーが見えてくる。
特売品や安い商品を買い求めたなあ、とか、コンビニを通り過ぎた時も、夜中にたたき起こされてお菓子を買いに行かされたとか、そんな事を思い出した。
改めて思い返すと、ろくでもない思い出しかないと感じ、窓の外を見るのをやめた。
「瑞樹さん、とお呼びしていいかな?」
「あ、はい」
佐伯に声をかけられ、瑞樹は背筋を伸ばした。
「今回の話、どのように聞いているかな」
「家の事を一通りやってくれる人を探している、と聞いています」
「ふむ・・・」
佐伯は少し考えるしぐさを取った。
「家の手伝い人を捜している、と伝えたが、私の家ではないのだよ」
えっ?と瑞樹は驚く。
じゃあ、私は一体どこへ連れていかれるの?
瑞樹はますます不安な気持ちになった。




