4.初めてのパーティー(前編)
あれから朱莉は、自分で初心者向けの刺繍の本を買い、何度も練習している。
朱莉は瑞樹に無理を言い、放課後、刺繍を少しだけ教えてもらう時間を取っていた。
刺し方は最初に比べれば抜群に上達していた。
ステッチの仕方も数をこなせば大丈夫だろう。
そろそろ本番へ移ろう、と瑞樹が話をした。
「そ、そうだね。うー、緊張するー!」
「大丈夫だって。こんなに綺麗に縫えるんだから、問題ないよ」
朱莉は、瑞樹に大丈夫、と言われると、本当に大丈夫な気がして力が湧いてくる。
最近になって瑞樹と親しくなったが、不思議な人だ、と思う事が多々ある。
いつも一人でいるので、人付き合いが苦手なのかと思いきや、話しかければ快く話しかけてくれるし、声のトーンや話し方も嫌味がない。
話していて心地良いのだ。
きっかけは些細だったけど、こんな事ならもっと早く親しくしておくんだったと後悔している。
ただ、時折寂しそうな顔を見せるので、あまり深く聞く事が出来ない。
何か悩みがあるのか。
だったら、相談にのるのに。
聞きたい事はあるけれど、聞いてはいけないような雰囲気を醸し出している。
だから朱莉は、当たり障りのない話題を瑞樹に振るのだ。
下書きを終えているハンカチに、最初の数針を瑞樹が縫ってくれた。
その続きを、朱莉が縫っていく。
「こ、こんな感じ、かな?」
「そうそう。上手だよ」
瑞樹に褒められると、年上のお姉さんに褒められているようで、少し気分が良くなる。
そう、瑞樹は、近所のお姉さんの様な存在なのだ。
同級生にこういう感情を抱くのも可笑しいが、その例えが妙にしっくり合ってしまう。
朱莉が一人で笑っていると、瑞樹は不思議そうな顔をしていた。
「笑ったりしてごめんね。小林さんて何ていうか、お姉さんタイプだなって思って」
「え?」
「変な意味じゃないよ。教えるの上手いし、家のお手伝いしてるって言ってたよね。だからかなって思って」
瑞樹は少し驚いた顔をして、俯いた。
「そんな事、ないよ」
そう言って、黙ってしまった。
朱莉は焦った。
聞いちゃいけない事だったか、と思い、別の話題を振った。
「あー! そうそう、今度ね、パパがレストラン貸切って誕生日パーティーするんだって。ほとんど会社の人だったり、取引先の人が来るんだけど、私とママも行く事になっているの。それで、もし良かったら、小林さんも来てくれないかな?」
「私も?」
「うん。パパに話したら、小林さんに是非会いたいって。ママもまた会えるの楽しみにしているし、出来れば来てほしいんだ」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、でも、行けるかどうか分からないから」
「始まる時間は午後3時からなんだ。お店には2時から入れるから、夕方までに家に戻れば大丈夫かなって。大人達は夜まで飲んでいるだろうから、私とママは早く帰るつもり。それなら、一緒にいられると思うんだけど」
「うん。でも・・・」
瑞樹は困った顔をしていた。
「着ていく洋服がないの。やっぱり、迷惑かかるからやめておくよ」
「なーんだ。それなら私の洋服貸してあげるよ。たくさんあるから小林さんに合う服もあるはず。なんだったらママの洋服も似合いそう。小林さん背が高くてすらっとしてるから、落ち着いた服もいいね」
「本当に、いいの?」
「もちろん! 逆に来てくれないと私が困る! 大人達の中で過ごす自信ないもん」
「うん。じゃあ、親の許可を貰えたら行くね」
「やった! ありがとう!」
朱莉は両手をぱちん、と叩いて喜んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
友達の誕生日パーティーに行きたい、と両親に言ったら、あっさりOKを貰えた。
瑞樹の母は相変わらず気に食わない、という顔を示していたが、父がこの年で友達に呼ばれて行かないのは不審に思われるから、行かせた方がいいと判断を下したのだった。
だからと言って、相手の家に持っていく手土産などは渡されなかったのだが。
朱莉は何も用意しなくていい、と言っていたので、言葉に甘えて手ぶらで行く事にした。
言葉のニュアンスを少し変えて両親には話をしたが、パーティーに呼ばれている事には変わらないので、詳しく言う必要はないと、適当にごまかした。
パーティー当日、瑞樹はお昼過ぎに朱莉の家へ向かった。
パーティーの開始時間まで時間があるというのに、どうしてこんなに早く呼ばれたのだろう、と疑問を抱きながら、インターフォンを押した。
「いらっしゃーい!」
朱莉は可愛い薄ピンク色の服に身を包んで、髪の毛もハーフアップにして大きなリボンを付けていた。
挨拶もそこそこに、瑞樹は朱莉に背中を押されて、リビングに通された。
そこには、朱莉の母親が、数着の服とにらみ合っている。
「小林さんに似合いそうな服を選んでいたんだけど、やっぱり本人が来ないと決まらないねって話してたの。」
「こ、これ、私が着る服?」
「うん、そう。まずはメイクしようかな」
「メイクって、まだ小学生だよ。必要なんじゃない?」
「何言ってるのよ。今時の小学生はメイクするのは当たり前なの」
ぽん、と両肩を叩かれて、ソファーにいつのまにか座らされていた。
「朱莉、過度に塗っちゃだめよ。あくまでも自然にね」
「分かってるよ、ママ」
朱莉はテーブルにずらっとメイク道具を並べて、準備をしていた。
「すごいね。これ全部片岡さんの私物?」
「お小遣いで少しずつ買い足してるんだ。安物だけどね。あ、じっとしててね」
朱莉に顔をぐっと動かされ、瑞樹はされるがまま、目を瞑って待っていた。
懐かしい、この感覚。
前世でもメイド達が顔やら髪やら触りまくって、気づくと支度が整っている、という事は日常茶飯事だった。
今は自分の身なりを整える暇もないし、かなり疎かにしている。
転生してからは、着飾る事はなかった。
どんな姿になるだろうか。
瑞樹は、少しだけ胸を高鳴らせていた。
メイクを終えると、今度は朱莉の母親が髪の毛を整えてくれた。
前髪を横へ流し、サイドに垂らした髪はアイロンで緩く巻き、後ろは編み込んだまとめ髪にして、髪飾りを着けてくれた。
服は灰色のワンピース。
光に当たるとシルバーに変わり、キラキラ光っている。
裾にはレースが入って、思っているより大人っぽくならずにいた。
選んだ服に袖を通して、全身の映る鏡の前に立つ。
「どう?」
「・・・・・」
瑞樹は言葉が出なかった。
あまりにも自分と変わりすぎていて、どう反応してよいか分からなかった。
「本当に、私?」
「そうだよ。小林さんの姿だよ」
「見違えたわよね。久しぶりに腕が鳴ったわ」
朱音の母は、満足そうな顔をしていた。
「ママね、昔スタイリストしていたの。だから久しぶりで血が騒いだみたい」
2人は喜んでいたが、瑞樹は圧倒されて若干引いてしまった。
靴は朱莉の物が入らなかったので、朱莉の母親の靴に詰め物をして借りた。
ぴったりだった。
時間になり、3人でタクシーに乗って会場まで行く。
店の名前を見て、瑞樹はあれ?と気づいた。
ここの店、母が予約がなかなか取れなくて、行きたがっていると話していた店だと思い出した。
母が行けない店に自分が内緒で行く。
何とも言えない優越感を感じた。




