2.転生後の話(前編)
前世で異世界の王妃だった小林瑞樹は生まれ変わり、日本と呼ばれる場所の、一般家庭の長女として生まれた。
しばらく混乱していたが、頭の回転が速い瑞樹は、すぐに状況を察する事ができた。
結局の所、前世で断罪された詳しい理由は分からなかったが、新しい命を与えられ、新たに生まれ変わる事が出来たのだから、今世では穏やかに生きていきたい。
将来に期待し、夢を抱いていたが、瑞樹が小学校に上がると、母から現実を突きつけられた。
「これからは、自分の事は自分でやりなさい」
母は瑞樹の世話を放棄した。
同じ頃妹が生まれ、そちらに時間がとられる事も原因であったが、母は瑞樹に一切関与しなくなった。
それどころか、母親がやらない事を瑞樹にすべて押し付けるようにもなった。
なぜ立場が変わったのか。
原因は、妹が両親にそっくりだったからだ。
両親に似て、薄い茶色の髪にくるりと巻いた巻き毛、目もくりくりと大きく見開いてよく笑う子だ。
それに比べ、瑞樹はまっすぐな黒髪、一重の割には細目ではないが、鼻筋が伸びて全体的にすっとした顔立ちであった。
端正な顔、と言えば聞こえはいい。
けれど、両親は生まれた瑞樹を見て「醜い」と罵ったのだ。
似ていない、イコール醜いと決めつけ、両親は瑞樹を嫌った。
瑞樹もうすうす感じていたが、お腹を痛めて生んだ子だ。
悪いようにはしないだろうと、たかをくくっていた。
「瑞樹! 私の赤いワンピースをどこにやったのよ!」
「あ、あの、汚れていたから別で洗って・・・。今持ってきます」
瑞樹は乾かしたばかりのワンピースを差し出すと、母は奪うようにして乱暴に手に取った。
「まったくトロい子ね。誰に似たのかしら。それより瑞樹、今晩は遅くなるけど、夕飯は食べるから私の分も残しておくのよ」
母は強く扉を閉めて、自室に戻っていった。
そのやり取りを、父と妹は何も言わずに見ているだけだった。
「何も強く言わなくても、ねえ。」
父はぼそぼそと何か言っているが、当の本人には聞こえていない。
どうせ言うなら、本人に聞こえるように言えばいいのに。
瑞樹は台所で片づけをしながらそう思った。
いつの間にか父もいなくなり、妹は小さな声で「ごちそうさま」と言い、部屋へ戻った。
誰もいなくなったリビングのテーブルには、3人が食べ終わった朝食の食器がそのままだ。
瑞樹は小さくため息をついて、手早く片付け、洗い場に置いて食器を水で冷やしておく事にした。
もう時間がない。
早くしないと、学校に遅れてしまう。
3人の残飯には残された食べ物はなかった。
今日も朝食は食べられず、お腹を空かせて学校へ行く事になった。
いつもの事だ。
気にしない。
水だけを一杯飲んで、家を出た。
瑞樹は現在、小学5年生。
朝は誰よりも早く起きて、洗濯から始まり、朝食の準備。
学校が終わればすぐ家に帰って、今度は部屋の掃除から夕飯の準備と、1日中忙しい日々を送っている。
両親は、瑞樹を家政婦のように扱い、炊事洗濯からすべてやらせていた。
父は会社でもそれなりに待遇の良い役職についているせいか、一般家庭より裕福な生活を送っているように見える。
家は一戸建てで広く、それぞれ家族は部屋を持っている。
母は裕福であるのをいい事に、美容室やエステ、ネイルサロンに行き放題。
各場所で知り合った人達と、毎日あちこちに出かけている。
自分の美を磨く事に忙しく、家の事は全く何もしない。
醜い顔の瑞樹を生んだ事を人生の汚点と考え、瑞樹に強く当たるのだ。
父は非難すると自分も風当たりが悪くなると思って、傍観しているだけだった。
ただ、妹の桃花だけは違った。
私たち姉妹が仲良くしていると、母は機嫌が悪くなるので妹はあまり触れあってこないが、2人だけだと言葉は少ないが、話しかけてくる。
「お姉ちゃん」
家の仕事を終え、くたくたになって部屋にいると、桃花が部屋に入ってきた。
部屋といっても、瑞樹がいるのは物置として使っている小さな部屋。
その一角に、足を曲げて小さくなれば寝られる程度のスペースが、瑞樹の居場所なのだ。
「桃花、ここには来てはだめって言ったでしょ? お母さんに見つかったら桃花もいじめられるわ」
「大丈夫。ママはぐっすり寝てるから。たくさんお酒飲んで、気分良く寝てるよ」
えへへ、と笑う桃花の頭を瑞樹は撫でた。
桃花は小学3年生。
元気で笑顔が可愛く、両親にも愛されている。
母は自慢の娘を溺愛していた。
瑞樹に与えない愛情を、すべて桃花に注いているのだ。
だからといって、瑞樹は妹を恨んだり妬んだりはしない。
妹は姉を慕ってくれている。
それだけで、瑞樹の心は癒されるのだ。
「あのね、お姉ちゃん。使ってない鉛筆とか、ノートとかあるから、あげようと思って持ってきたの」
「でもこれ、ほとんど使ってないよ。いいの? もらって」
「うん。昨日ママに買ってもらったの。たくさんあるから使いきれないし」
「そう。ありがとうね。とても助かるよ」
瑞樹は桃花の手をぎゅっと握った。
用が済むと、桃花はすぐに自分の部屋へ戻っていった。
両親から瑞樹の施しは、何もない。
食事も3人分の食費しか与えられず、かなりギリギリのやりくりで回している。
食費に回すお金を、母は自分の懐に入れて自由に使っている。
だから、瑞樹はいつも3人の食べ残しを待っているのだ。
毎回食べ残しがある訳もなく、大体は白飯を少しいただく程度。
毎日お腹を空かせていた。
服も鞄も、筆記用具もすべて一度捨てられた物を瑞樹が拾い、使えそうな物は修復して自分用に仕立てている。
教科書などの必然的に必要な物は、瑞樹が頭を下げて買ってもらっている始末だ。
親ならして当たり前の事を、お願いを立てて顔色を窺わなければいけないのだ。
その度に、瑞樹は情けなくて涙が出そうになる。
けれど、こうしなければ生きてはいけないのだから、仕方がない。
幼い頃、母親を「ママ」と呼んだら、気持ち悪いと平手打ちをされた。
もっと殴られそうになったが、父親が制し、酷くはならなかった。
その時の恐怖の記憶が植え付けられ、ママとも、お母さんとも、呼ばない方がいいと考えた。
どうせどちらを呼んでも良くは思わないだろう。
暴力を振るわれたのはその時だけだったが、瑞樹の心に恐怖心を植え付けるには十分だった。
暴力をふるうと体に残る。
残れば、家族が虐待していると分かってしまう為、あえて振るわないのだ。
その代わりに、言葉の暴力は日常茶飯事で、日々のうっ憤を晴らすかのように母親は瑞樹に怒鳴り散らすのだ。
瑞樹の体は綺麗だが、心は傷だらけでボロボロに疲弊していた。
何故、自分はこんな目に合わなければならないのだろうか?
前世では罪を被らされ、現世では罵倒され、私が一体何をしたというの?
百歩譲って、前世で悪事を働いた事で、今世で罪を償わなければいけないなら仕方のないと諦めもつくのに。
こんなのは理不尽だ。
繕い物をしながら、いろいろ考えていると涙が溢れてきた。
とうに枯れたと思ってたのに、自分にはまだ悔しいとか悲しい感情が残っているのだと感じた。




