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「お話し中申し訳ありません。お客様がいらっしゃいました」


 控え目なノックと共に現れたのはメイド服を着たメイドさんと思われる女性らしき人だった。歯切れが悪いのはその表情を伺い知ることが出来ず、黒い布で覆われた面隠しをしているからだ。


「ああ、そういえばそうだったね。すぐに向かうとお伝えしなさい」

「はい。失礼します」


 女性は静かに客間を後にした。


「話の途中だったがお客様が来てしまったようだ。徹君、悪いがこの話はまた後日という事でよいかな?」

「分かりました」

「細かい事は家の者に任せてあるから聞いておくれ」


 一人客間に残された。

 なんだか肩が凝ってしまった。

 でかい屋敷だからメイドもいるかもしれないと期待していたが、本当にいるとは。しかしあの面隠しは一般的なメイドの装備とはかけ離れているような気がする。魔術師のメイドはそういう嗜みなのだろうか。何故か仁村のメイド姿を想像した。きっと似合うだろう。


 誰かがやってくる気配もないので廊下へ出る。

 壁に持たれ掛かるようにして仁村がそこにいた。

 

「斎賀さん。おじい様から案内をするように言われました」

「ありがとう。仁村さんは用事とかないのかな?付き合わせてしまっているようで申し訳ない」

「それが私の役目ですので」


 後ろめたい感情を見せずに仁村はそれを言い切る。

 役目か。


「俺の師匠は生前色々な事を教えてくれたが、俺が何をするべきかは教えてくれなかった。知識だけ詰め込まれてそれを実践できなかった俺にも落ち度はあったが。しかし道を示してくれていたらどうだったのかと思う事がある」

「もし斎賀さんのお師匠様が道を示していたらどうでしたか?」

「一緒に死んでくれと言われればついていったと思う」

「そうですか…」

「それに従うのが良いか悪いかは知らないが、その価値があると自分で納得出来るのであればそう悪いものでもないだろう」

「…」

「別に何を言いたいって訳じゃないから今言ったことは忘れてくれ」

「いえ、心に留めておこうと思います」


 そうかい。

 

「おじい様から寮を案内するようにと言われています」

「寮?」

「他の寮生の方にご挨拶しなければならないので早速向かいましょうか」



 仁村に連れられ屋敷の裏手にある別の建物へと向かった。寮というくらいだからてっきり木造の年代物アパートのようなものかと思ったが、しっかりとした近代的な三階建てマンションだった。笹原桂という魔術師の資金力が伺える瞬間だ。


「こちらには私を含めて三人の住人がいます。斎賀さんも含めると四人になりますね」


 営利目的なら部屋数的にマンションのオーナーは大赤字となりそうだ。


「ん?俺を含めて?」

「はい?おじい様から斎賀さんが古物店で働くから住み込みになると聞いています。違いましたか?」


 いつの間にかそういう事になっていたらしい。

 まあ宿無し宛無し職無しなので願ったり叶ったりだ。



 寮の設備を案内される。炊事場や食堂、団欒室も設けられた立派な建物で、屋上には大き目の露天風呂まであるようだ。これは寮というよりは旅館といえる代物ではなかろうか。


 俺の部屋として宛がわれたのは1LDKの立派な一室だった。カーテンの向こう側は茜色の空が広がっていた。


「少し遅くなってしまいましたね。この時間帯だと"伊井田さん"はいないかもしないので、寮長の(かし)さんの部屋に行きましょう」

「しかしこんなに福利厚生がしっかりしていると逆に仕事内容が気になるな…。仁村さんも古物商で働いているのかな?」

「はい。斎賀さんの先輩です」


 ん?

 という事は魔術について何かしら関わりがあるのだろうか。


「おじ様の古物商は遠方からお越しいただいた魔術師の方々向けの専門店です。接客がメインですが、最初は裏方の倉庫整理がお仕事になると思います」

「…仁村さんは魔術師、なんだっけ?」

「見習いですがおじ様からご指導を頂いています」

「なるほど」


 魔術師は血の繋がりによってのみその資格を継承する事が出来る。笹原氏の姪っ子であればその資格を持っていたとしてもおかしくはない。その発想に思い至らなかったのは仁村からあまりにも幼い印象を受けるからだろうか。

 体格や見た目の話ではなく、どことなく"人間慣れ"していないような、産まれたての小鹿を想起させる違和感があった。…異性に小鹿を想起させるとはあまりにも失礼なので口が裂けても言えない。笹原氏の言うには犬っぽいとの事だが。


「樫さんの部屋に向かいましょうか」

 

 手荷物を置いて寮長とやらの部屋に向かう。三階の一番隅に『寮長』と記されたプレートが掛けられた部屋があった。俺を含めて四人しかいないのにご苦労な事である。


「………」


 俺たちを出迎えたのは身長が190cmはありそうな巨漢の男だった。縦に長いのはもちろんの事、引き締まった筋肉は見る者を威圧させる役割を果たしている。プロレスラーというよりプロの暗殺者のような雰囲気を醸し出している。その暗殺者が眉にしわを寄せてこちらを凝視しているのだから内心穏やかではない。


「樫さん。こちら新しく笹原古物商に務めて頂く斎賀徹さんです」

「斎賀徹です。よろしくお願いします」

「………樫十蔵だ」


 樫は握手のため手を差し伸べてきた。

 意外とフレンドリーなのかもしれないな。


「………直接やり取りする事は少ないだろうから、聞きたい事があれば仁村に聞いてくれ」

「わかりました」

「樫さん、寮長のお仕事まで私に回さないでください」

「………この役割はむしろ仁村の方が適役だと思うが」

「おじい様からはそのお役目について指示を頂いていませんので」


 樫という巨漢の男の瞳は『面倒ごとはご免だ』と語っていた。

 うん。今の所俺がここで出会った中で最も理解しやすい人物である。俗物的であるというか行動原理が分かりやすいというか。


「伊井田さんはまだ寮にいらっしゃいますか?」

「………先ほど出掛けたようだ。今日はもう戻らないだろうな」

「そうでしたか。では伊井田さんへのご挨拶は後日としましょうか」


 一礼し寮長氏の部屋を後にする。

 具体的に寮長というのがどういう役割なのかはよく分からないが、面倒なのだろうなという印象だけを受けた。


 仁村から夕食の話を振られた。


「本当は斎賀さんの歓迎会をするべきなのですが、ご覧の通り寮長は部屋に引きこもりがちでして。伊井田さんは夕方に出掛けて夜遅くに戻ってくるので時間帯が合いませんし…。申し訳ないのですが私だけで我慢してください」

「いやいや、新参者に文句なんてないよ」

「それは良かったです。お夕飯ですが、持ち回りで作っています。今日は…私が担当ですね」

「俺にも手伝わせてくれ」

「…それは斎賀さんの役割ではありませんよ?」


 困惑の表情を浮かべて仁村が首を傾けている。


「俺が勝手にしたいだけだ。迷惑なら言ってくれ」

「いえ迷惑ではありません。…よろしいのですね?」

「もちろん」


 新参者の役割は先輩の靴を舐める事と見たり。

 良く分からない環境に身を投じてしまう事になったので、ここは素直に仁村の好感度を上げていく事としよう。限心の元では俺が彼女の身の回りの世話をしていた。食事・洗濯・掃除・情事と俺のスキルのレパートリーは幅広い。


 仁村の指示に従って夕飯の準備が終わった。

 下ごしらえは既に完了していたので後は焼いて煮て味を調え盛り付けるだけだった。それでも四人分の食事を用意するのにはそれなりの時間が掛かったので、やはり手伝って正解だったようだ。



「斎賀さん、お手伝いしてくださりとても助かりました。ありがとうございます」



 そうやって素直な感情を向けられるのは久しぶりな気がする。

 限心が俺の作るものに文句一つ言わず『うまいうまい』と返してくれた事を思い出した。

 この場にいない者に対する寂しさは、やはり切ないものだ。


 微かに微笑む幼い顔立ちの少女に対して、俺は寂寥感を隠すように適当な相槌を返す事しか出来なかった。

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