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1-2

 限心と暮らしていた山中は登山客なども訪れない隠れ里のような場所だった。当然登山道が整備されている訳もなく、道なき道を藪を掻き分け進む必要があった。


 牛歩の如く進む先はこの近辺で最も高い山頂だ。整備された道ではないが背が高い高圧線が尾根沿いに見えている。あれを辿れば人界に降りれるはずだ。


 今までは限心と俺との2人だけだった。それが全てであり俺も彼女もそれ以上を望もうとしなかったので、第三者が関わる余地はなかった。それゆえに人の世界へと帰還するにはこのように何かを目印にしなければならない。

 

 やっと辿り着いた山中で俺はその光景を見下ろし、ようやくひと息つける事が分かった。村とも言えないこじんまりとした民家が点在している。町と呼べるほどの文明社会へ辿り着くにはもう少しばかり行軍が必要そうだが、幸いにも整備された国道が細く先へ続いている。

 藪漕ぎからようやく解放されるわけだ。

 

 俺は先へと進んだ。


 古巣からは身の回りの小物と限心から譲り受けたいくつかの魔術品を持ち出している。このような行軍時に役立つ品もあったと記憶しているが使えないのだから持ってきてはいない。あくまでも彼女を偲ぶための品々である。そんな品々にいくらかの現金もまぎれている。

 これは限心が使っていたものの余りかなにかなのだろうが、そんなものでも使ってしまうのは躊躇われる。彼女との繋がりが消えてしまうという不安からくる想いなのだが、あまりにも彼女を引きずり過ぎている。


「使わない金は腐るだけか」


 寂れたバス停を国道沿いに見つけた。

 時刻表を眺めると、つい十数分前に出発していた。バスを使って一気に人工密集地に向かうのも悪くない。ちなみに次の便は3時間後だ。田舎暮らしは心に余裕が持てて良い。

 そうでも思わなければやっていられない。


 今にも朽ち果てそうなベンチに腰掛けると様々な感情が押し寄せてきた。そういえばこうして落ちついたのは限心を見届けてから以来だ。敢えて考えないようにしてきたこれからの事。これまでの俺と限心が過ごしてきた日々の事。去来するのは過去と未来が入り混じったどうしようもない感情だ。


 瞼を閉じる。


 どうしようもないから思考はまとまらない。やり切れない想いだけが積み上がるだけだ。

 町に向かってどうしようというのだ。行く宛は無い。頼る人はいない。親と呼んだ人は俺を残して行ってしまった。生物上の親、顔を知らない彼らは俺の存在を知っているだろうか?

 …知ったとして、それがどうしたというのだ。俺を育てて人間にしてくれたのは限心だけなのだ。

 今はいない、この世界のどこにもいない、斉賀限心。


 取り留めのない頭の中の遊泳は、肌を掠める夏の感覚によって中断された。


「…風が気持ちいいな」


重い瞼を開けると山々の向こうに入道雲と青い空が広がっていた。セミの音。雨上がりらしい土の香り。

 俺を取り巻く環境は何もかもが変わってしまうのかもしれない。しかし、限心は望んだのである。…子供が巣立つことは成長だ。親を見送ることはとても悲しいことである。けれど俺が1人で歩いていくことを望むのならば、その望みに応えることだけが今の俺のすべきことなのかもしれない。


 彼女の残り香はもうここにはない。

 彼女がいない道が続くだけだ。

 それでも進むしかないのだ。


 田舎らしく車内ががらがらのバスが俺の前に止まる。まずは第一歩。

 バスに乗るには金を払わなければならない。限心が残したいくらかの金と繋がりは少しずつ消えていくのだ。



 そうして俺は、一歩を踏み出した。

 

 

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