第99+0話 エージェント・ノワール
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荷物検査を難なくクリアし、会場の向かいにある有名なホテルの屋上で俺たちは合流した。とは言っても、隣で展示会が開かれているため、セキリュティは強化されている。屋上にも何十人もの私服警備員が立っているし、遠くのビルの室内にもスナイパーライフルを構えた警備員がいる。
俺とジャッカルは夜景を楽しむふりをしながら、戦闘態勢に入るための準備を進めた。ワイングラスを片手に、警備員に見えないようにしてブレスレットを装着する。ジャッカルは感覚を使って、ホテルの空き室を探している。警備員も客もいない空き室があれば、そこで準備できるからだ。
「12580、82、83、87号室が空いている。しかし87は警備員待機室の隣だ」
「なら12582号室に向かおう。俺が先に行くから、ジャッカルは5分遅れで来てくれ」
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俺は警備員を装って、ホテルの裏口から侵入した。また、監視カメラが大量に設置されているのだが、それは事前に生命の石を使って、空間ごと電力を破壊した。これで10分くらいは監視カメラの挙動がおかしくなる。ループ映像になっていても気づかないだろう。
12582号室のドアノブを触って、また生命の石を使い、合鍵を作成した。もはや無からでも何でも生み出すことのできる石、恐ろしすぎる。それで合鍵を使って部屋に侵入、もちろん中には誰もいない。これで準備を進められる、本来ならテレポートを使ってジャッカルを呼び寄せることもできるのだが、あえてここでは使わない。
「お前用のスティックだ。使いたかったら使え」
5分後、ホテルの室内に到着したジャッカルは木の棒を俺に投げ渡してきた。太鼓のバチに似ている木の棒、どうやらこれで人の顔を殴れ……ということらしい。まぁ、人を殺す武器じゃないだけマシか。治安兵士を皆殺しにしようとしたジャッカルが、今はもう「人を殺さないように潰す」ことしか考えていない。これでいいのか悪いのか。
「お前が考えることは俺にも伝わっているんだよ。あの時とは文化も価値観も違う。スーツに着替えろ、怪盗団が現れたら潰して警察に連れて行く。お前は遠距離、俺が近距離を担当する」
そう言って、ジャッカルはホテルの外に出た。ちなみに、スーツというのは高級な黒服という意味じゃない。戦闘用のパーカーという意味だ。自警団として、ヒーローとして活動する時の。ジャッカルは黒いパーカーで、俺は青色。俺はともかく、ジャッカルはどう見たって不審者だ。
また監視カメラの機能をおかしくさせ、裏口から出ようとした瞬間、展示会場から巨大な爆発音が鳴り響いた。その数秒後、衝撃波が近くにいた人々を襲う。何かに掴まらないと立ってられないくらいの衝撃波、尋常じゃない。煙が立ち込め、周りは何も見えなくなっていた。
これは……もちろん、事故なんかじゃない、事件だ。怪盗団がやってきたんだろう、深紅の宝石を盗みに。エージェント・ノワールのメンバーは全員、元秘密組織の構成員。巨大な爆発を起こす爆弾なんて容易く作れるか。
「行け、エルド!」
ジャッカルの掛け声と共に、俺はテレポートを使って、爆発地点の近くに一瞬で移動した。ジャッカルをテレポートさせる程のエネルギーは無いから、彼は遅れてやってくる。まずは俺1人でどうにか対処しないと。幸いにも能力があるから、煙が立ち込めていて視界が悪くとも、辺りが見えるようになっている。
更に感覚を研ぎ澄ませ、マサカリの位置を特定した。彼はどうやら、会場の3階にある大広間で、お偉いさん方を逃がしているみたいだ。警備員やスタッフと協力しているのか、若干ながら彼らの声も聞こえる。彼もまた能力を持っているし、向こうは向こうで任せよう。
問題は宝石と怪盗団の奴らだ、宝石が盗まれれば大事に発展する。この国の治安にも繋がりかねない事象だ、下手したら今よりももっと治安が悪くなって、俺たちの仕事が増えるかもしれない。怪盗団も捕まえないと、更なる事件が起きることになる。
「宝石を奪還せよ、邪魔者は気絶させろ」
美術館内の展示室に、10人の泥棒がいる。深紅の宝石を目の前にして、どう盗むか考えている様子が伝わってくる。俺は美術館の入り口の柱に身を潜め、奴らに見つからないように、ブレスレットを使える状態にしておいた。
「解除キーは入手した、開けるぞ」
「周囲に警戒!」
宝石のセキリュティ突破には何千年もかかるように設定されているが、どうやら奴らは既に解除キーを手に入れていたようで、一瞬にして宝石のセキリュティを解除してしまった。このままでは逃げられる、だから俺は感覚を更に強く研ぎ澄ませ、煙に巻かれた空間の中で動き出した。
「遂に手に入れた……」
怪盗団のリーダーらしき男が宝石を手にした瞬間、俺は遠くからブレスレット型のスタンガンを発射した。バチッ……と強烈な音が発生したと同時に、宝石を持った男はその場に倒れた。これがスタンガンの威力。周囲は煙に巻かれているせいで、誰が撃ったかは分からない。
「誰だ!?」
「警備員は全員倒したはずだろ」
そう言って、ここにいる9人の泥棒は銃を構えて周囲を警戒し始めたが……そんなもの無意味だ。俺はスティックと呼ばれる木の棒を使って、煙に紛れてこっそり近づき、ショットガンを持った2人の泥棒をスティックで殴り倒した。残り7人。
「グハッ……」
「やめ……」
声のした方を皆向くが、そこにもう俺はいない。高く跳び、空中で宙返りをし、更に近くにいた3人の泥棒の頭目掛けてスティックを投げた。スティックは奇妙な動きをし、顔面に木の棒を食らった奴らはその場で気絶した。残り4人。
「ブゴッ……」
「なッ……」
「ブフッ……」
また皆、声のした方を向くが、そこには誰もいない。お前らが煙を出すから、俺がこんなにも器用に動けるようになっている。これは自業自得だ、煙もなく犯行に及んでいたら、ここまでボコボコにすることは無かったぞ。
ブーメランのように手元に返ってきたスティックを使って、1人の顔面を叩き割り、更にまた近くにいた1人の足を蹴って転ばせ、腹にスティックを食らわせる。そこから遠くで銃を構えていた1人の銃をスティックで弾き飛ばし、奴の胸に思いっきり飛び蹴りをした。残り、1人。
順調に敵を倒していったが、その残り1人の奴は俺よりも感覚が鋭いのか、銃をこめかみに当ててきた。流石の俺も動けずにその場に立ち止まりざるを得なかった。
「動くんじゃないぞ、動けば撃つ」
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