第79話 一度きりの人生
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何も喋らず、動かず。もはや廃人と化したラルティーグに対して何をしても、彼が反応を見せることはなかった。サーベルトやフィールドが彼に話しかけても、無視するのみ。やがてジャッカルがしびれを切らして怒ったが、それでもうずくまったまま、何もしない。
「止めて、今は怒っても無意味」
医者であるハルでも、ラルティーグを治す方法を理解していないらしい。それもそのはず、彼はモンスターだから。モンスターであり、人間に最も近い思考をしているだけの存在だから。というか、モンスターじゃなかったとしても精神的な病だ、そう簡単に治るはずがない。物理的な傷じゃないんだから。
ラルティーグという男の人生において、何がどうなったかを明確にしなきゃ、根本的解決には繋がらない。でも、それをやっている時間もない。フィールドの推測では、あと3日でデストルドー計画が再開すると考えられている。それまでにラルティーグを復活させて、島に行って魔王を倒す必要がある。一体、この状態からどうやって普通にまで戻せと。
「手分けして考えよう。せっかく人数がいるんだ。ジャッカルとサーベルトは資材集めを、ハルとマサカリは作戦を練っておいてほしい。ラルティーグはエルドと僕に任せて。くれぐれも一般人に顔を見られないように、それとルイさんには迷惑をかけないように。僕らのことがバレたら、都市を追放されるのは彼女だ」
フィールドの提案に乗り、俺たちは分かれた。何で俺がラルティーグと話す班になったのかは分からない、嗅覚が役に立たないとでも思われたのか。記憶力とか空間把握能力に比べたら、気味の悪い嗅覚なんて……比べちゃいけないか、そもそも。
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「昔、生徒に聞かれたんだ。『どうしてモンスターがいるの?』ってね。もちろんその時は答えられなかったさ、まず知らなかった。彼がモンスターを操る存在だってこと。そもそも、僕がオリジナルだと思っていたんだ、でも違った」
ガーディア近くに乗り捨ててあった荷車を拝借し、全く動こうともしないラルティーグを無理やり乗せて、辺りを話しながら歩くことにした。フィールドが生きていた時代と、俺が生きていた時代は異なっており、価値観も違うように思える。それでもラルティーグは、数千年前から生きてきた存在、記憶を度々失っているせいで、ここ数十年の思い出しかないけれど。
「それで、エルドはモンスターに対してどういう思い出がある?」と、フィールドに尋ねられた。
モンスターに対する思い出、か。良い思い出は圧倒的に少ない。逆に悪い思い出ならたくさん存在する。バーンズ村のことも、バルパーのことも、ジオンガルムのことも……ラルティーグのことも。大体、彼が何かしたから、俺もおかしくなっていった。彼に影響された部分もあるんだろう、負の感情が前よりも溢れるようになった。
バーンズ村とバルパーを破壊し、俺に人を殺させた犯人と今は協力しなきゃならない。そうでもしないと、世界が滅亡するから。だからといって、ラルティーグのことを許せる気にはならない。
アイツが憎い、アイツがいなければバーンズ村は滅ぶことなんてなかった。でも、本人にこんなことは言えない。言ったところで過去の出来事に過ぎないから、もう終わったことなんだ。彼女も立ち直っているし、俺が未だにウズウズしていてどうする。
「討伐者として活動していた時、何度も市民に感謝されて、そんぐらいなら」と答えておいた。
ガーディアの北部に位置するスレイヤー海の岸沿いを荷車で移動する。ここら辺は漁業に向いていない地形をしているため、漁師さん達はまた別のハマナミ海にいる。だからここにいるのは俺たちくらい、仮面を取っても誰にもバレやしない。
「僕のいた国は内陸国で海が無かった。だから海を直接見るのはこれが初めてだ、良い景色だ」
ずっと封印されていたフィールドは、久々に外に出て、自分の足で地面を踏み締めている。それも海、生命の起源となった場所。深くは知らないけど、魔王は海のことを「生命が誕生した場所」と言っていた。人間が滅亡した時も、深海には生命が残っていたとか。
でもデストルドー計画を行えば、海までもが全て消滅することになる。エネルギーで動く全ての物体が消滅するとなると、エネルギーを利用する機械までもが消える。もちろん、海の中にいる生命体も全部。植物もだ、こんなに綺麗な緑まで、全て灰になる。絶対に防いでやる。
「ラルティーグ、いや……マークと呼んだ方がいいか。もしくはリューゲ。どっちが名前か分からないから、君が呼ばれたい方でいいよ」
フィールドが提案しても、彼は黙ったまま。マーク・リューゲ・ラルティーグ、どこが名前かは俺でも分からない、本人しか。
「君は僕よりも何千年も長く生きている。生きる希望だった主に裏切られて、それこそ生きる必要が無くなったんだろう……答えなくていい、これは僕の独り言だ。でも、君は僕らを生み出した。魔王からすれば、僕らなんて邪魔な存在だ。それでも君は僕らに可能性を注ぎ続けた。3人が封印されたとしても、それは魔王の命令。君は何も悪くないよ、そうせざるを得なかったんだから」
彼は、何も反応しなかった。
「君は辛かっただろう、愛する人を自分の手で殺めるなんて。でもこれだけは確実に言える、彼は君のことが嫌いな訳じゃない、魔王に操られる君が嫌いだっただけ。魔王は君に『全生命体の闘争心を無くす』という名目で操っていた。間違った記憶を持った君は『戦争を無くすためなら』と頑張り続けた。それがネオルにとっては嫌だったんだ、もっと自由に生きる君を見たかったはずだから」
彼は、少しだけ反応を見せた。
「僕は君の奥深い部分からネオルを見ていた。彼は君を殺そうとかしていない、ただ世界滅亡を防ぐために、目を覚ましてもらうために、自ら死を願った。君の愛する人も、君も何も悪くない。ただ悪いのは、世界を滅亡させようとする奴だ。このまま何もしなかったら、僕らは死ぬ。君だけが頼りだ、魔王を打ち負かすことができるのは君だけ。もちろん、このまま何もしなくてもいい。そこら辺は君に委ねるよ、考えなくてもいい」
彼は、また反応を少しだけ見せた。
「でも、これは一度きりの人生なんだ。ネオルを殺害した真の犯人を倒す最後のチャンスだ、僕らもネオルには感謝している。ネオルを殺したのは君かもしれない、けれども真の犯人は魔王だ。敵を討つのは今しかできないこと。そんな急かしている訳じゃない、ただ生命の石の可能性は無限大。下手すれば、石を覚醒させれば、生命を生き返らすことだってできるかも。しかしそれをするのにも、結局は魔王を倒さないといけない。君からしたら、昔の主。どうする?」
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