第23話 罪の浄化
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「ひっ……助けてくれ!」
大声で助けを呼ぶ兵士の元に駆け付けたのは、暗殺者のジャッカル。彼を助けられるはずの兵士はもう既にどこかに逃げた。地下都市の住民の避難に紛れて行ったんだろう。この地下都市にいるのは、ジャッカルと潰された兵士だけ。
「お前に聞きたいことがある」
ジャッカルは目の前の男をすぐに気絶させる訳でもなく、とある質問をした。
「治安兵士の真の目的は何だ?」
治安兵士の大まかな目的はジャッカルが教えてくれた。確かストーズと呼ばれる小国のスパイが、セントリーを乗っ取るために作った組織で、表向きはセントリーの治安を守る軍隊だが、裏では反社会的な技術を使って様々な悪事を働いていると。
「何も知りませんッ」
グギュ……
そう答えた男は、ジャッカルによって右手首を折られてしまった。男は大声で泣き叫んでいるが、助けを求める声を上げても、近くには悪魔しかいない。ジャッカルは男の首を絞め、耳元で囁き質問する。
「治安兵士はただの組織じゃない。俺の依頼人が教えてくれた。口を閉じていてもいいが、次は左腕だ」
「だから何も知りませッ……ぐあッ!!」
それでもなお真実を語ろうとしない男は、ジャッカルによって左足首を折られてしまった。さっきよりも生々しい骨の音が聞こえた。これだけで吐きそうだ、なのに何でジャッカルは……こんな惨いことも笑顔でできるんだ。
「時間もない、情報もない、ここで殺されないだけマシだな」とだけ告げて、ジャッカルは男の顔面を強く何度も何度も叩いた。返り血で染まってもなお、何度も何度も。不思議なことに男の呼吸は止まってない。ちょうど気絶に追い込めるくらいに、力を調節したというのか。
「周辺の敵は全て片付いた。後はお前の持論通り、記憶を消してみろ」
ジャッカルはカウンターに腰をかけ、売られていたはずの酒をケースから盗み取り、グラスにゆっくりと注いでそれを飲み干した。喉が渇いているからか、安い酒をゴクゴクと体の中に入れている。
返り血に染まった顔面を、酒を染み込ませた布で拭いてから、ハルとジャッカルは人格を交代した。
「この感覚、何度やっても慣れないなぁ」と、外の世界にいるハルは欠伸をしながら作業を始めた。
鏡の中の世界には、ハルに代わってジャッカルが来た。戦闘で疲れたのか、ジャッカルは真っ白な世界で仰向けになって寝ている。無防備な姿だ、俺と同じ姿をしているのに、猟奇的な目をしているからか別人に思える。対してネオルは朗らかな目をしていて、ハルは気まぐれな人って感じの目をしている。
「記憶を消すのには、脳を操作する必要がある。脳のある部分を切除して、ある程度の衝撃を加えれば一生思い出せないままになる。でも、それをするには時間も道具もない」
ジャッカルの見つけた安い酒を使って火を起こし、照明を作ることで少しは明るくなったものの、手術するにはまだ暗い。というか、そもそも時間もないし器具もないし……どうやって奴らから記憶を奪い取るんだ。
「ボクらは自由自在に力を操れる。鉄砲をへし折るくらいの力も出せるし、何発殴っても死なないくらいに力を抑えられるし。プラスもマイナスも可能な体なんだ」
そう言いながらハルは、殴られまくって顔面が血まみれの男の横に立ち、頭を持ち上げて記憶消去の準備を進めた。
「方法は簡単、首の根っこを掴んで脳に上手く衝撃が加わるように、どこかにぶつけるだけでいい。力の加減は何とか制御する必要があるけど、直近の記憶は忘れてくれるはずさ」
ハルは早速、血まみれの男の首を掴んで、カウンターにぶつけた。気絶していた男の呼吸は止まっていない、中々の荒業だったがこれが成功例なのか。結果は分からない、起こしてしまうと意味がないし、確かめようがない。
「そう、欠点は確かめようがないこと。忘れていてくれることを願うしかない。後は神様がどうにかしてくれるさ」
ハルは何かの歌を口ずさみながら、次々に兵士の首を掴んで記憶を消去していった。ハルは何かの神を信仰しているみたいだが……この歌、どこかで聞いたことがあるな。曲名は思い出せない、けれども心の奥底で反応している。幼少期か、はたまた最近か、それは分からないけど。
「ハハッ……この曲は神の使いが与えてくださった歌だ。罪を犯した者が天へ飛び立てるように、来世の得を確約するための。ジャッカル関係なしに、ボクは元から罪人だからね」
流れ作業で、ハルは次々と兵士の首を掴んで記憶を消していく。
「この歌は夜、寝る前にいつも歌っているんだ。寝ると人格が入れ替わる、罪を他の3人に引き継がないために。歌えば浄化されるから」
仰向けになって寝ているジャッカル以外の、俺とネオルは真剣にハルの話を聞いていた。
「地下都市で医者として患者の命を救っているけど、結局は真似事だ。医者の資格は剥奪されたし、知識も最新のものじゃない。でも、彼らは誰かに救われないと生きていけない存在だ。だから、世界全体を見るので忙しい神に代わって、ボクが彼らの面倒を見ている」
俺は別に神の存在を信じている訳じゃないが、ハルの行動理念を聞いていると、とてもじゃないけど同じ人間とは思えない。それは酷い意味じゃなくて、素晴らしい意味で。こんな素晴らしい人間が、ジャッカルと同じように対に生きる存在なんて。もう何が何だか分からないけど、ハルなら信用できそう。
「ありがたいね……信用なんて昔に捨てたから、こういう感情にどう返事してあげればいいか分からないんだ……とりあえず、もう行こう。兵士がボクらを襲ってくる前に」
ハルはまた欠伸をしながら、ジャッカルが武器として使っていた鉄の棒を回収して、裏道を走り始めた。地下都市には何百人もの、住処を失った人々がいる。その彼らまで巻き込まれてしまうのを防ぐために、まずは一旦ここから離れる。屋根の上をアクロバティックな動きで駆けながら、出口に向かった。
と、突然。ハルの足が止まった。
ある患者の死体を見つけた様子。俺たちからしたらよく分からない人でも、ハルからしたら自分が診ていた患者だ。何の罪もないのに、治安兵士に撃たれて死んだ人なんだ。
でも、この顔……どこかで見たことあるな。体を動かしている人格がハルであるため記憶の混同が激しく、誰が誰なのかよく分からない。病のせいか、こういう所が不便だが、それにしてもどこかで見たことが。
「……辛かったね、マクロ」と、ハルは目の前の亡くなった男に向かって話しかけている。マクロ、そうか。地下都市に入って1番最初に出会った男だ、ハルに白衣を渡して案内した男。ジャッカルとハルが口論している間にどこかへ去っていったが……治安兵士に撃たれて亡くなっていたとは。
ハルとマクロの関係性なんて分からないが、親密な仲だったのは伺える。ハルはマクロの遺体を抱きしめ、胸にポッカリと空いた穴を塞ぐように、自身の巻いていた包帯を外して遺体の所に置いた。まだ傷が痛むはずなのに。
「本当にごめん、マクロ」と、ハルはまたマクロのことを抱きしめて、そのまま裏道を駆け抜けていった。ハルの手首からは血がポタポタと垂れていたが、彼は気にせずに裏道を進み続ける。そんなことを気にしている場合じゃない……というように。
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