第21話 治安兵士の奴ら
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既に、治安兵士によって周りを囲まれていた。
鉄砲を持った奴らは、ジリジリとこちらとの距離を詰めてくる。何の罪もない患者の心臓に穴を開けたのも、地下水路で人を殺したのも全て治安兵士の仕業か。
「何を嗅ぎ付けたか知らないが、治安兵士を敵に回すのは止めた方がいい。おかげさまで、鉄砲のテストプレイもできた。君には感謝しているよ」
治安兵士の奴らは、手を叩きながら笑っている。鉄砲を構えたままニヤリと笑みを浮かべる者もいる。こいつらはジャッカルが思っていた通り、とても悪い組織なのかもしれない。現に無実の患者たちを、鉄砲のテストプレイを兼ねて殺したと自白している。
「地下都市の奴らは不潔だ、何の権利も持たないくせに地下に居座り、そのくせに権利を求めようとする。いずれ殺される運命だったさ。『暗殺者が患者を盾にした』とでも言えば済む話だ」
鉄砲を構えた治安兵士の隊員の近くにいる、部隊のリーダーと思われる男が大きく笑いながら話をしている。こいつはさっきの、治安兵士の本部を襲った時にもいた気がする。それにしても、どこまで心が腐っている人間なんだ。
「ラトラを殺してくれてありがとう、そこは感謝している。あの男は窮屈な人間だった、少しの不正も見逃してくれない。だからお前が殺さなくても、いつかは処されていたな」
……目の前で高らかに笑い声を上げている男の心は、どこまでも腐り切っているようだな。普通の人間じゃ思い付かないような思考だ。
20人くらいの人に鉄砲を向けられているのにも関わらず、ハルとジャッカルはまだ脳内で喧嘩をしている。絶対に誰も死なせたくない派のハルと、ピンチを乗り切るためには犠牲を生むべき派のジャッカル。この議論の着地点は一体どこなんだ。
「ボクは神を信じている。君や治安兵士の人達のような、一線を越えた人間の考えは理解できない」
「殺しても殺さなくてもいいが、俺の顔は奴らに見られた。俺だけの顔じゃない、ネオルもエルドもお前もだ。ここで殺さないと正体が全世界に明かされるぞ、エルドやネオルの人生はどうなるんだ?」
「全ての元凶は君じゃないか、君が暗殺なんてしなければボクらが狙われることなんてなかった」
「いいや、治安兵士のリーダーを暗殺するよう指示を受けた。これを覆すことなんてできない」
ジャッカルとハルが言い争っている中、ネオルと俺は何も手出しできなかった。蚊帳の外、いや、中にいる人間ではあるか。それでも口出しできなかった、関係あるはずなのに、今後の人生に関わってくる話なのに。
ここでジャッカルが追っ手を全員殺せば、この場から逃げられる。でも殺人だ、もう既に無意識のうちに何度も起こしているが、だからといってこれから起こる殺人を止めない理由はない。特にハルは医者だ、殺人なんてやりたくないだろう。でもやらなければ……と議論している最中、突然ネオルが口を開いた。
「記憶を失ってもらおう。頭部に集中的なダメージを与えれば直近の記憶は全て無くなる。並大抵の人間じゃできっこないけど、僕たちの力ならできる」
……そんな器用なことができるのか。
確かに武器を投げるのにどの角度がいいか、頭の中で瞬時に計算したことはある。これもハルの言っていた能力のひとつだろう。でもそれは、ノロマなモンスターが相手の時だ。今は鉄砲を持った兵士に囲まれていて、冷静な判断はできない。
しかし、殺すよりはマシだ。
上手く記憶を抜いて落とせば、人を殺す必要はなくなる。少なくとも俺の顔は忘れてくれるだろう。そう器用に事が進むとは思えないけど、やるしかない。これは罪悪感とかの問題じゃない、信仰上の問題も含まれている。
「……チッ。今日ばかりは条件を呑んでやる。でもそう簡単にいかないだろ」と、ジャッカルは舌打ちしながらもネオルの作戦に同意してくれた様子。
「ボクは医者だ、ある程度なら頭の仕組みも分かる。毎晩のように記憶を失う患者がいたからね」と、ハルも独自の知恵を持つようでネオルの作戦に同意してくれた。
さて、どうするか。
今、ハルは奴らに顔が見られないように背を向けている。目の前には真っ白な壁があって、これといった逃げ道もない。持っている武器は、さっきテーブルの裏にあったナイフのみ。でも治安兵士の奴らは鎧を着けていて、そう簡単に倒すことはできなさそう。
「共同作業が必要だ、最初で最後の共同作業が」
ネオルは思考を張り巡らせている俺たちに向かって、新たな提案をした。
「僕が指揮を執る、3人で交互に人格を切り替えて戦うんだ。ジャッカルは近距離戦闘担当、エルドは遠距離戦闘担当、ハルさんは記憶を消す担当。こうでもしないと、この場から逃れられない」
ネオルの新たな提案を、俺含めた3人は何も反論せずに素直に受け止めた。ネオルの言う通り、助かるにはこの道しかない。バラバラだった人格同士が共同作業として協力し合う道が。元はひとつの人間だったんだ、何とかできるだろうしやってくれるだろう。
「鉄砲の構造上、何発も連続で撃てないはず。だからそこを狙おう。弾を避けて、装填している間に倒す」
そう簡単にネオルは言うけど、弾を避けるなんて難しいことだ。高速で発射される小さな鉄の塊は、人間の体を貫く恐ろしい武器。近くにいた患者たちもそれで倒された。それを避けるなんて至難の業だが……能力を使えばいけるのか。
「ハルさんは体をジャッカルに渡して。ジャッカルはナイフを取り出して……攻撃はしないで。刃を駆使して弾を避けるんだ。装填準備に入った人を狙って……気絶させて」
ネオルの言葉と同時に人格の移動が起こった。真っ白な空間にいたはずのジャッカルは消え、その場所にはハルがいた。入れ替わった証拠だ、それにしても瞬時に人格を切り替えられるなんて。無抵抗なら便利そう。
「行くぞ」
そう言って、ジャッカルは奴らに背を向けたままナイフを取り出し、それを1番近くにいた兵士の足元に投げて突き刺した。これが、開戦の合図だ。
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