赤面症のダンジョンマスター艶魔ちゃんは勇者たちに攻め込まれたい
城塞型ダンジョンを制作して、はや7582日……今日も勇者は来なかった。
上位魔族の私としては、戦いのない暇な日々は退屈極まりない。
しかし、なぜ勇者たちは来ないんだ。
こだわり抜いた構造、こだわり抜いた宝箱の中身、どこを取ってもそこらのダンジョンより素晴らしいというのに!
加えて、鎮座している艶魔侯爵の私は控えめに言って超絶美しい。
場所はちょっと僻地だけど、それが理由ではないだろうし。
私の部下は低級ゴースト一匹を残して全員消滅しているせいで、広い城内は閑散としている。
勇者たちが来ないことには大勢の部下の召喚費・維持費にかかるダンジョンポイントがまかなえないから仕方がないのだが……
唯一の部下が露骨に大きなため息をついた。
「ハァーーー、今日も来ませんでしたね。わかってましたけど」
「わかってましたーーwwwって後出しで言われることほどクソなことはないのっ! この無能ゴーストめ!」
イラついた拳が空を切ってストレスが加速する。
「ボクが物理攻撃無効って知ってて何回殴れば気が済むんですか」
「気が済むまでだっ!」
口の悪いクズな低級ゴーストだとしても最後に残った部下には違いない。
こんなバカでもいなくなってしまっては広い城内の掃除や管理を自分でするハメになってしまう。
それだけはやりたくない!
本当に殺す気でぶん殴ったら消滅させてしまうし、強い我が身がうとましく思える。
むむっ! 難題の点と点が今すべて繋がった!
「……っ! 天才あらわる!」
「また何を閃いたんですか。裏庭の遊園地なら5年前に増築しましたよ」
「ふっふっふ……5年前の我が渾身のアイデアすら凌駕する、会心の発想にひれ伏せ!」
ついドヤ顔でキメてしまったが、ゴーストは呆れ顔で今日のスケジュールを確認し始めている。
バリクソむかつく!
「艶魔侯爵様、今日は広い中庭のお掃除があるので、その天才的な話は後にしてもらえます?」
「そんな予定は全部キャンセルだっ! 勇者に会いに行くぞ!」
「……へー、それはまたなぜ?」
「この私のビューッティフルな美貌を見れば、ぜひまた一目みたい! と勇者パーティの山が1000kmの大行列を成すこと間違いなし!」
「うわーてんさいだー。……えーっと、そのネタは13年前と10年前にもやってますね」
気の抜けたツッコミにイラ立って拳を振るうものの、またしても空を切る。
ぐぬぬ……ストレス発散要員にすらなれんとは、つかえん部下だ!
「さ、さすが過去の私……素晴らしいアイデアを出す。が、今回は一味違う。誘拐してくるのだ!」
「どうせまた赤面症と対人恐怖症でお開きですよ」
いちいち私の恥ずかしい過去を指摘しおって……イラつくゴーストだ。
「いいか、お前もちょっと考えてみろ。『私の両腕の中で息絶えるがいい』とか『身を引き裂くような絶望を捧げよ』とか、よく真顔で勇者に言えるよ。私はもう、恥ずかしくて恥ずかしくて、言おうとする前から顔が真っ赤になるのも必然だろう!」
「それって確か、異世界の魔王様がおっしゃったんでしたっけ。恥ずかしいなら無理に言わなくても良いのでは?」
「偉大なる我らの魔王様が下賜してくださった『ダンジョンマスターのススメ第1巻』の冒頭に記載されている最重要項目だぞ! 言わないのはすなわち、反逆の意思ありと見なされかねん」
「意外とそういうとこ律儀ですよね、艶魔侯爵様って」
「ふっふっふ、当然であろう。海を割り天を駆け、時間すらも超越する勇者を幾度も返り討ちにしている激つよ魔王様だ。書き記した書物は全て、深い意図があるに違いないのだ」
「ふぅん、まゆつばですねー」
なんと恐ろしいことを!
これだから低能な部下を持つとストレスがマッハなのだ。
「コラッ!」
「あっつぅ!! 魔法は痛いからやめてくださいよ!」
「今のは魔法ではない、ただの蝋燭だ」
「ふぅー、ふぅー……もう、ボクのスケジュール帳が焼けたら困るの艶魔侯爵様ですからね」
すこーしだけ気分がスッとした。
「何にしても、明日の四魔諸侯会議で勇者の来城がまたゼロとは言えん! お前には何か良い案がないのか」
「ありませんねー、毎回却下されるのも大変なんですよ。いっそ諦めたらどうです?」
「私を諸侯たちの笑いものにしたいのか!」
「もはや聞くのも辛いって感じで皆様目を背けてらっしゃいますし、誰も笑ってませんよ」
他の奴らの顔色が悪いのは薄々感づいてはいたが、まさか部下からズバリ言われてしまうとは。
我が威厳を回復する為にも、今回の作戦は失敗できーーーんっ!
「だまらっしゃい! こ、心の奥底では私を見下しているに違いないのだ。そうに違いないのだっ! あいつらが驚嘆し、ひれ伏す様を見たくはないのか!」
「うわー超みたいー」
「そうであろう、そうであろうとも! 雨後の竹の子の如くぽこじゃか乱立された勇者どもを、締め上げてやるのだ。いざ1000km離れた人間どもの街へ!」
「いってらっしゃーい」
「お前も行くんだよっ!」
「やーだーーーお掃除ーーーっ!」
私は暴れるゴーストを鷲掴みにし、広い屋上から飛び立った。
数km離れた地点から見る人間の街は、外壁の修理や物資搬入で賑わっているようだ。
ここが魔界だということすら忘れているように、気の抜けた顔やだらけ顔が溢れているではないか。
完全にチャンスなのだ!
……しかし、ものの10数秒で到着してしまったのもあり、心の準備ができてない。
緊張と恥ずかしさで手が震えてきたし、顔も熱い。
人間の顔を見ることすら10年ぶりの私に、本当に出来るのか?
いや、やらねば、やらねばならん!
「……で、いつになったら街に入るんです?」
「も、もう少し様子を見てからだ。勇者の団体を待つ!」
「そう言って2時間経過してますよ」
「作戦の成功には、時間を惜しんではならんのだ!」
「無駄に一理ある理論使わないでくださいよ。ボクは幽霊ですから待つの得意ですけど、3度目もこれでは飽きるってもんです」
「キーーーーーッやかましい!」
つい思い切り振り下ろした拳は、爆音とともに地面を大きく陥没させた。
しまった!
「んー、監視塔にいる奴らの声を読み取るに……良かったじゃないですか、勇者が4人も来てくれますよ」
「よくなーーーーいっ! まるでおびき寄せて誘拐する下賤な魔族ではないか!」
「誘拐に上品も下品もありませんよ」
「あわわわわ……し、仕方がない、帰って仕切り直すのだ!」
泡を食っている間に、勇者たちがすぐ近くまで迫っていたらしい。
魔力が篭もった鋭い矢が私の髪をかすめた。
「……おぉ? 初めて見る装備の魔族だな」
「レアだ、レアモブだ!」
「レア装備よこせ、レア装備ーーーっ!」
「うおおおおおぉぉぉぉぶっ殺す!」
よ、4人も一度にっ!
どうしようどうしよう、まだクサいセリフとポーズを決める心の準備がっ!
「ちょ、ちょっと待って、お願いだから!」
「そう言われて待つ奴なんざいねーんだよぉ!」
「うおおおおのりこめーーーっ!」
「ファーストアタックは俺だーーーーっ!」
だめだ、やっぱり恥ずかしいから無理!
「さ、さよならーーーーっ!」
「みなさまごきげんようー。またねー」
ダメゴーストめ、なにが『またね』だ。
無駄に外面だけは良いとこ出さなくていいんだよ!
「ふぅー、愛しの我がダンジョン城塞は安心するのだ」
「……そうも言ってられないみたいですよ」
「何だか知らんが、私は今から人間に会いに行った自分の努力を讃え、ご褒美のワインを選ぶ仕事がある」
「あと10秒くらいかな?」
「だから何がだ!」
「艶魔侯爵様の髪に追従の魔法球ついてますよ。もうすぐ勇者たちが移動魔法で到着する頃です」
「そういうのは早く言えバカモノ!」
私は小さな魔法球を投げ捨て、急いで城主の間へと駆け上がった。
ダンジョン・コアを覗くとガヤガヤと騒がしい様子が映し出されている。
初めて勇者が来た!
勇者が4人も来た!!
「こんな僻地にダンジョンがあったのか」
「城塞の大きさから見るに最後の四魔侯爵かもしれん」
「っしゃあああ宝箱は全部頂くぜーーーっ!」
「のりこめーーーーっ!」
猫にまたたび、勇者に宝箱、とはよく言ったものだ。
我先にと入城してくるではないか!
城内で倒さなくてはダンジョン功績にカウントされんからな。
う、うむ、作戦通りなのだ!
「ふは、ふはははははっ大・成・功なのだ! どうだ無能ゴースト、見たか聞いたか感じたか勇者の大群を!」
「(大群……?)いやまぁ見てますけどね。でもどうするんです? 迎撃要員は誰もいませんよ」
「そ、そうだったのだ! ダンジョンポイントはカツカツだし、適当なモンスターでも召喚するか」
「ボクの記憶が確かなら、彼らに下手なモンスターを当てがっても無駄かと。アンロック・アイテムがないので、黒龍ヤマトの宅急便に即日即配の申請してもらってもいいですか?」
「え、それ、ど、どうやるんだっけ……?」
「ハァー……代わりにしときました。支払いは艶魔侯爵様宛なんでお願いしますね」
さすが私の要望を20年間聞いてきた実績はだてじゃない。
こういう時だけは役に立つゴーストだ。
「しっかし、あいつら攻略速度遅くない?」
「そうですねぇ……モンスターやら下級魔族がいないのを警戒してるんでしょうけども。それにしても1階層でウロウロしすぎてますね」
屋上の大きな物音と振動が、その到着を知らせた。
「おぉ、さすが黒龍ヤマトだ、もう来たか。受け取り行ってきてくれ」
「本人確認あるんですから、さっさと行ってください」
私の城なんだから、私が頼んだに決まっているじゃないか。
面倒なシステムもあったものだ。
……ん、なんだこの商品名・七色コインというのは。
「あ、受け取りの魔力サインはこちらに」
「はいはい。さらっさら~っと」
「あ、こっちにはオレっちの名前と一緒に個人的なサインも頂けると……あざます家宝にします!!」
フッ……さすが美しく強く有名な私だ。
サイン程度でも家宝にされてしまうとは。
「ほれ、受け取ってきたぞ。適当に迎撃配置しといて」
「はいはい、艶魔侯爵様はお忙しいですもんね。よーし、撃退しちゃうぞー!」
準備万端、これで優雅なワインタイムを過ごせるな!
鳴りやまない剣戟。
時折響き渡る絶叫。
炸裂する魔法の音と振動。
あぁ、夢にまで見た素敵な時間!
なんて心地よいのだろう!
「……アッ!」
「私は今お楽しみなのだ、ゴーストの癖に変な声を出すんじゃない」
「いやでも……その……隠し部屋見つけられちゃいましたよ」
「ほほぅ、深淵騎士の斧槍を取られたか。これなら私とも良い戦いをするかもしれん」
「悔しくないんですか?」
「これだからバカなゴーストは困るのだ。配置した宝箱を全スルーされたらどうなると思う?」
「え、別に……盗られなくて良かったなって……あっつぅい!」
「違うっ! 私の選美眼や財力を披露できんではないか。なにより私にボコられるだけの弱い勇者なんぞ、何も面白くないわ!」
「そ、そうですね……(面白さでやってたのか」
その後もゴーストが時折慌てふためいているが、大したことはないだろう。
ふふふ……私の造ったダンジョンは完璧で素晴らしいに決まってるのだ。
この感覚がダンジョンマスターの醍醐味か、なるほど魔王様の著作は間違いがない。
「ここがボスの広間かーーーっ!」
えっ嘘、もう来たの?!
……ワイン大樽4つも開けてるってことは、12時間も経過してたのか。
ん、あいつら持ち物多すぎない?
まさか全部の宝箱開けたのか、やるじゃない!
「ふ……フンッ! 随分弱そうな勇者御一行もあったものだな」
よ、よし、言えてるぞ上位魔族っぽいクサいセリフ!
酒の力は偉大だ。
「モンスターやダンジョンの質に比べて、ボスは弱そうだな」
「でも宝箱の中身は良かったよな」
「つーまーり、ボスを倒せばもっと良いレア装備・レアアイテムが頂けるって訳だ!」
「土下座して全アイテム差し出せば許してやらんこともない」
土下座なんぞ誰がしてやるものか。
私は魔王様にだってしたことないんだぞ。
「頭を垂れるのは貴様ら人間の特権だ。私は持ち合わせていない」
我ながら決まったッ!
自分のセリフでシビレちゃいそう!
玉座でふんぞり返りながらワイングラスを片手に勇者と問答……なんと上位魔族らしい嗜みか。
しかし、もう限界だ恥ずかしすぎる!
「……さて、じゃあ今日はこのへんで一旦解散ってことで。君たち逃げていいよ」
「プッ! 逃げろだってwwww」
「んなこと言う魔族初めてだわwww」
「いいからレアな装備よこせって言ってんだよーーーっ!」
「うおおおおおおおおレアアイテムぅぅうう!」
私が玉座から立つ暇もなく、勇者4人は攻撃してきた。
強い勇者は例外なく名乗りを行い、自分に正義があると主張してくる、とかなんとか本に書いてあったはずなんだけど。
それをしないってことは、つまり、こいつらは弱い!
でもまぁ、このまま戦うというのも高貴っぽさがあるかも。
……と思ったが、10秒も耐えられなかった。
弱い攻撃はあまりにくすぐったい!
「本気で来い勇者ども!」
練習に練習を重ねたキメ台詞と共に右手を軽く振り回すと、3人は壁に叩きつけられて絶命していた。
広間の飾りとしては良いかもしれないけど、弱い勇者を飾るだなんて趣味が悪いから絶対やだ。
「う、嘘だろ……みんな……生きてるよな? まさか死んだりしてないよなぁーーーっ?!」
真っ青な顔でうろたえる勇者は笑えるものだと聞いていたが、存外おもしろくない。
楽しみだったのにしょんぼり。
「勇者というのは現実が見れない生き物なのか? どう見ても死んでいる」
「真っ赤な顔をしてどんな魔術を使ったかはしらんが、皆の弔いの為にも……刺し違えてでも倒してやる!」
「いや、うん……もっかい言うけどさ、逃げてくんない?」
「断るッ! 死んでいった仲間たちに合わせる顔がない!」
んー、ダメだこれハズレだ、ハズレ勇者だよ。
しゃべってる合間に不意打ちしてくるとか、正々堂々ってやつが全くない。
それに10層ある私のか弱い魔力障壁を1つも割れないなんてレベル一桁とかじゃないの?
「まさか……指先だけで我が剣技をさばくなど……ありえん!」
「ありえてんでしょ。……っていうか、オイ勇者!」
私の怒号で勇者は麻痺したように固まった。
「な、なんだ、憎き魔族め!」
「なんだ、じゃあない。私が宝箱に入れた数々の素晴らしい武器・防具・アイテムをなぜ使わない!」
「詳細鑑定もせずに装備できるか!」
「察しが悪いな……じゃあ詳細鑑定しに帰れ。弱いんだよお前!」
「勇者とは巨悪に立ち向かう者。勝ち目がなくとも逃げるなどという選択肢はないっ!」
「……あっそ。んじゃ、生まれ変わったらまた来てねー」
小指でパチンと鼻っ柱を叩くと、勇者の顔は砕け散った。
それにしても弱い勇者って犯罪だよね犯罪。
恥ずかしいから帰ってって言ってるのに察し悪いし。
でもセリフは良かったな、あいつらも言うセリフ練習してるんだろうか。
「さ、さすが艶魔侯爵様、お強いですね」
「おやおや? 今さら知ったのかバカゴーストめ。忘れないようメモっときな!」
「魔王スターターキットの魔物2000体を、全て薙ぎ倒してきた勇者すら相手にならないとは……」
「よくわかんないけど、それって安いやつでしょどうせ」
「まぁ希少種とか変異種は入ってませんけども」
「ほーらねー。ハーァ、明日の会議やだなー……」
翌日の四魔侯爵会議は、私以外の出席者3人が別人に入れ替わっていた。
聞くところによると最近頭角を現した勇者たちに倒されたらしい。
私の城塞にも来てくれるかなー……ぐぅぐぅ。
「……して、聞くのもはばかられるが、今年の成果はいかほどであったのだ、艶魔侯爵。報告しにくいのはわかるが、寝たフリはいかんぞ」
「すみません諸侯長様、低級ゴーストのボクが発言することをお許しください。昨日、例の勇者4人が攻めてきたのもあり、艶魔侯爵様は本当にお疲れなのです」
「……というと、三侯爵たちを倒した、あの強欲勇者パーティーを殲滅したのか!」
「はい、諸侯長様。勇者の証はここに」
「うぅむ……聞きしに勝る恐ろしいステータスが付いた証だ。よくぞ討伐してくれた、大事な会議で寝てしまうのも致し方ないか。さぞ激闘だったのだろうな」
「え、えぇ、それはもう……」
「新任の三侯爵たちも、たかだか30人や50人の弱い勇者を殺したと言い争うのではなく、艶魔侯爵のように質で勝負することも忘れぬように。現状の要注意勇者リストを配布しておく。では解散とする」
会議が終わったことをゴーストが告げると、眠り足りないという表情で艶魔が起きた。
他の諸侯たちが帰って実に2時間以上も寝続けていたのだから、本当に疲れていたのかもしれない。
なんと尊敬できる強い主を持ったことか、とゴーストは畏敬の念を持って会話しようと改心した。
「艶魔侯爵様、お疲れ様でした。会議はいかがでしたか?」
「帰り際に素晴らしい成果だったな! ってシブい顔の諸侯長も褒めてくれたし、オッケー!」
「それは何よりでございます」
「なにその気持ち悪い口調、つまんないからやめなよ」
「はぁ、そりゃすんませんね……(改心して損した」
「それよりさ、三侯爵が同じ勇者に倒されたってやつ気になるよね! すんごい強いらしいからさー、ウチにも来てくれるかなー?」
それ先日殺した勇者4人なんですが……と、ゴーストは言おうとしてやめた。
仕える主の機嫌が良いに越したことはない。
後日、黒龍ヤマトから莫大な請求が来て大問題になるのだが、それはまた別のお話。
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