トビバコ
【トビバコ】
しかし、わかっているのだ。今回も次もそのまた次も、跳べない。跳び箱を跳び越すことはできない。跳び越されない「箱」の名前は知らない。跳ばれない箱はただの箱だ。みんなにとっては「跳び箱」でも僕にとっては違う。彼らは跳び箱を跳び越す時、ただ跳び箱を跳び越すわけではない。彼らが跳び越すのは、境界線だ。人生の境界線。その境界を跳び越えた者には、跳び越えた者たちだけが迎えられる世界がある。その境界線を越えられなかった人間は一生迎え入れられることのない世界。僕は、これまでもこれからもずっとずっと「こちら」側の人間なのだろう。
さて、残されたのは僕だけだ。僕以外のみんなは全員向こうへ行ってしまったようだ。一人、また一人と次々に向こうへ渡っていく。跳び箱の向こうが遠い、果てしなく遠く思える。どれだけ歩いても歩いてもたどり着けないような、遥か彼方の世界。一歩一歩近づいて、ついに踏み込むという時、床は歪み姿勢が崩れ地面から何かが僕の足を掴んで引きづりこむ。目の前には壁が迫る。僕にはどうしたってこれを越えられそうにない。
「ごめんな。ここはお前がいるような世界じゃないんだ」
どうすれば僕もそちらへ行けるだろうか。いつか僕の前に立ち塞がるこの厚くて大きい限りない箱を越えることがあるだろうか。離れても近づいても、距離は変わらない。永遠に僕につきまとう。きっと死んでもだ。
僕は鍵を持っていないことに気づく。鍵がなければ錠は開けられない。ドアをノックしても反応がない。押しても引いてもビクともしない。外側からは開かないようになっている。僕が叫んでも中の人間には聞こえない。向こう側からは人々の楽しそうな声が聞こえてくる。たとえ彼らが善良な人間でも、きっと彼らにもどうにもできない。この境界はそういう次元のものではない。これは僕の問題で、全ては僕次第なのだ。