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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章
9/41

9 森の娘と辺境の村2

 次の日、ついに源泉に一番近い村に到着した。


 この村は、いままでティレが滞在していたヴァーグナー侯爵家の村よりも更に規模が小さく、木々が生い茂っている森の一角を切り拓いて作った集落といった趣だった。

 村の真ん中に大きな井戸があり、北にある、この村の中では最も大きい建物が村長の家だということだった。村人に村長の家までの行き方を教えてもらった二人は、まずはそこを訪ねることにした。


 村には、何軒か家が立ち並ぶ一角が数か所あったが、村長の家は少し離れて、綺麗に整備された木立を抜けたところにあった。

 大した距離ではないので木立の中を二人で歩いて向かう。田舎の村にしては道もならされていて歩きやすい。秋の匂いを乗せた風が二人を心地よく包んでいる。

 人が少ないのもいいのだろう。いつもより伸び伸びとしているように見えるティレは木々の間をぴょんぴょんと飛び回るように歩き、木の幹に体や頭をくっつけて深呼吸している。昨晩、なかなか寝付けずに寝不足気味のハインツとは対照的だ。


「ティレ殿は、やはり木が多いところが好きなのだな」


 その様子を眺めながら歩いていたハインツが何気なくつぶやくと、何故かティレがびくっとした。


「は、はい。もともと木の多いところで暮らしていたので」

「いや、いいんじゃないか。森の民というくらいなのだから、当たり前だろう。滞在していただいている我が家の分領も自然豊かなところだが、こちらのほうが手つかずの自然が残っている様子だな。森の雰囲気に近いのではないか? 私は普段は基本的に王都暮らしだが、王都に長くいると、人が多くて疲れる。分領だったり、こういうところに来ると俺も癒されるというものだ」

「そうなのですね。--私は、王都では暮らすことはできなそうです」


 ハインツのつぶやきに深い意味がないとわかって安心したのか、ティレがふふっと笑った。


「確かに王都に森の民が暮らしていたら大騒ぎだろうな。だが、商人などは時々交易で来る森の民に会うことがあるそうだ」

「外の国に薬などを卸している民はいます。森ではどうしても手に入らないものもあるので、各国に薬や工芸品などを売って、外貨を得て、それで外の国のものを手に入れるのです」

「そうなのか。まるっきり森の中で暮らしているというわけではなく意外と交流があるものなのだな。恥ずかしながら知らなかった」

「政治的なことには関わらないよう皆気を付けていますから。騎士様や貴族様のような国政や軍事に関わる方とは日常的には交流しないように気をつけているのだと思います」

「そうか。では、私は森の民と知り合うことができた貴重な貴族出身の騎士だということだな」


 そうですね--と笑いながら、ティレはうなずいた。マントの隙間からティレがいつもかけているペンダントが光って揺れた。


 出迎えてくれた村長は、高齢の男性だった。穏やかな風貌で、思慮深い話し方をする。このような小さな村では、押しの強さや強引さでぐいぐい引っ張っていくようなタイプの人間よりも、この村長のような、人から尊敬を集められる人格者のほうがリーダーに向いているのだろう。

 小さな村だが清潔に保たれており、民の表情も穏やかなことからも、この村長が上手く村を治めていることが窺われた。


「それでは、この村に体調に異変が出ている者はいないんだな」

「はい……。あの、村の者は好んで発泡水を飲みませんもんで。お貴族様に人気なんだと伺って皆驚いたくらいです。発泡水の採取や販売もあの山の一つ向こうにある大きな鉱山を掘ってらっしゃる貴族の方が事業として行っているもので、村の者は滅多に源泉までは行かないのです」


 村長は、突然、王宮騎士が森の民を伴って現れたことに戸惑いながらも、言葉を選びながら誠実に答えてくれようとしていた。


「……源泉に行くことはできますか?」


 それまでハインツと村長の話を黙って聞いていたティレが村長に聞いた。村長は森の民に話しかけられて戸惑ったようにハインツを見たが、ハインツがうなずくとティレに答えた。


「はい。お嬢さんの足でも歩いて30分ほどかと。ただ岩山のようになっていて危険ですのでお気をつけください」


 ハインツをよそに村長とティレの話は進んでいく。村長の緊張と警戒がティレと話しているうちに解けていくのがわかった。


「わかりました。ご助言ありがとうございます」


 話し終わったティレがハインツの方を向いた。ハインツの嫌な予感はすぐ当たった。


「行ってみましょう」

 

 ーーやっぱり。


 そもそも村まで来るのも反対だったハインツは、ティレと源泉に行くのは気が進まなかった。そこが原因ということならどんな危険があるかわからないからだ。しかし、ティレが見たいというならば、行かざるを得ないだろう。この事件の解決がティレに託されていることを考えると私情を挟むことはできないからだ。ハインツはため息を吐きながら同意した。

 源泉に何かあるなら、大人数で移動するのは得策ではない。まもなく到着した護衛騎士には少し離れてついてくるよう伝えて、ハインツはティレと源泉を目指した。


「森の中だが、この辺りは岩場なのだな」

「ーーはい。村の人が近づかないのもわかります。近くても斜面が急だし、用事もないのに入り込みたいところではありませんね」


 ティレは、既にはあはあと息が上がっている。


 ーー大丈夫か。


 声をかけようとしたその時、ティレがぐらりとバランスを崩した。


「危ない!」


 咄嗟に腕を伸ばしたハインツだが足場が悪く片腕では支えきれない。


 二人はハインツの身長ほどの高さから下の岩場に落ちた。体勢を整えて着地ができないと悟ったハインツはティレを腕に抱え込み、体を反転させた。ティレごと背中から下の岩場に落ちる。


「ぐう……!」


 かろうじて頭はかばったが、あばらが嫌な音を立てた。


「ハインツ様!」


 ティレがハインツの上から慌てて飛び退く。そのままするするとハインツの方に這って来た。


「ーー無事か?」


 えらく小さな声しか出なかったが、ハインツに顔を近づけたティレには聞こえたらしく、コクコクと頷く。這っているのは怪我をしたからではなく、どうやら腰が抜けたようだ。


「ーーっつ!」


 起きあがろうとしたが、腹部に激痛が走る。思わず体をまげて庇った。


「お腹ですか?」


 痛む場所を聞いているのだろう。そういえばティレは薬を持ち歩いている。痛み止めでもあればいいが。


「肋骨だろう。腹部に刺さっていなければいいが」


 起き上がることを諦めてハインツは大の字になった。

 ティレの手がそっと患部に触れるのを感じてぞくりとした。

 ーー触らないでくれ。


 それは言葉にならなかった。


 次の瞬間、ハインツの腹部が光出したのだ。慌てて腹部を見る。眩しくてよく見えないがハインツの腹ではなく、ティレの手が光っているようだ。光は数秒で消えた。


 その途端、ティレがふらっとする。岩場に頭から倒れていくのをみて背筋に嫌なものが伝った。


「おい、どうしたんだ!」


 ハインツは、ガバッと起き上がると、すんでのところでティレを抱きとめた。腹部の痛みは嘘のように消えていた。

 痛みがあったところを押してみるが、何ともない。


 落下したことが嘘のようなハインツに対してティレは顔色が悪く、目も虚ろだ。震えていてよくわからないが、かすかに口が動いているように見える。


「・・を」


 ひどく小さな声を聞き漏らすまいとハインツは顔を寄せる。震えるティレは驚くほど儚げだった。



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