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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章
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7 森の娘の意外な一面3

 ハインツのただならぬ様子を見た村人たちが、慌てて間に入る。


「坊ちゃま、申し訳ありません!」


 村人たちはものすごい勢いでペコペコと頭を下げた。


「こいつは、いまいち頭が固いうえに、思ったことをそのまま言っちまうっていうか……」

「な、なんだい!私が間違っているっていうのかい!」


 叩き落とした当人はハインツの形相におびえながらも頭を押さえつけて謝らせようとする村人の手を振り解いて、気丈に言い返している。その様子にハインツは気がおさまらなかった。


「お前……」

 

 聞いたこともない「ちい坊ちゃま」の低い声に、周りの村人達がひえっと息を呑む音が聞こえた。

 その時、ハインツの前にすっと細い腕が伸ばされた。


 薬を叩き落とされた手を見つめて呆然としていたはずのティレがいつの間にか立ち上がってハインツと女性の間まで歩いてきていた。

 女性は明らかに狼狽していたが、自分の非を認めるのにはまだ抵抗があるようだった。大きな声で言い募る。


「な、なんだい。文句があるっていうのかい」

「申し訳ありません!」


 ティレが、突然ぺこりと頭を下げた。思いがけない態度に皆がぽかんとして動きを止めた。


 ティレはしばらくの間逡巡していたが、こぶしを握り締めると女性のほうに一歩踏み出した。


「--な、なんだい」

 ティレ一歩近づくと女性が一歩引く。それを三歩繰り返すと屋台が邪魔でそれ以上下がれなくなった。女性がごくりと唾を飲む音が響く。


「説明させていただきます。おじいさまの症状は腸のねじれによるものだと思われます。痛みが一時的でその後、続かないということは、悪いできものなどができているわけでもないでしょう。ただ、ねじりが繰り返されると腸が正常に機能しなくなり、最悪そのねじれた部分が壊死してしまう恐れがあります。そうなると命に関わります。今お渡ししたのは、腸の動きをよくする薬です。この国にも流通しているはずですので、ご心配であれば、お医者様などの専門家のご意見を聞いていただいてから飲ませるかどうか判断していたただいて構いません」


 女性はあっけに取られてティレを見つめている。

 ハインツは内心舌を巻いた。薬に詳しいとは聞いていたが、この若さで診断もできるのか。

 調査をしている最中といい、いつものおどおどした様子と知見を求められた時の落ち着いた様子がどうにも結びつかず、同一人物とは思えない。


 ハインツの表情から怒りが消えたのを見て、村人たちがこれを好機とばかりに慌てて言う。


「ほら、じゃあ、隣町のエル先生のところに行って聞いて来いよ!爺さんも頑固に医者に行かないんだ。孫の持ってきた薬なら飲むんじゃねえか」


 そう言われ、少女とその親族と思われる女性は、追い立てられるように去っていった。女性は最後まで不審げな様子を隠さなかったが、拾った薬を手に、ありがとう! と手を振る少女にティレは笑顔で手を振り返していた。


「すまなかったねえ。娘さん。うちらは田舎者なもんで、異民族をみたことがないんだよ」

「爺さんは、きっと感謝すると思うよ」

「お詫びに串焼き一本持っていきな」


 村人たちはティレにお詫びとばかりに屋台の食べ物やら売り物やらを押し付ける。先程の凛とした様子はなりを潜め、おどおどした様子に戻ったティレが、押し寄せる村人に困惑したり恐縮したりしている間に、ハインツは子どもらに取り囲まれていた。


「ちい坊ちゃま~、遊んでー」

「あっちで騎士ごっこしよう」


 ハインツは、苦笑を浮かべながらも律義に子どもたちと遊んでやった。ティレは戸惑いながらも柔らかい表情で村人たちと話している。少しくらい自分がいなくても大丈夫だろう。


 しばらく遊んでいると、村人から解放されたティレが近づいてきた。腕いっぱいにいろいろな食べ物を抱えて、ハインツが子どもらと遊ぶ様子をじっと眺めている。ハインツは子どもたちに断って、ティレのもとに向かった。


「ハインツ様は村の皆さんと仲が良いのですね」

「まあ、小さい頃は夏の間いつも避暑に訪れていて、半分実家のようなものだから。皆、小さいころから知っているので、こんな有様だ」


 ハインツが笑うと、つられたようにティレも笑った。


「ティレ殿こそ、先ほどは村の者が申し訳なかった」


 ハインツは立ち上がると、真顔になって頭を下げた。ティレが慌てて両手を振る。


「いえ!ハインツ様が謝るようなことは何も。……人はみな、異質なものに警戒心を抱きます。自然なことですから」


 では、ティレはこういう扱いに慣れているというのだろうか。一人で村を出るのは初めてだと言っていたが、これまでもこのような扱いを受けたことがあるのだろうか--?


 胸に苦いものが込み上げてきて、ハインツはこぶしを握り締めた。


 ティレは、この事態に冷静に対応していた。内心はどうだとしてもハインツが口をはさむことではないのだ。


 ひとしきり村人と交流をして、抱えきれないお土産を持って、二人は馬車で帰路についた。


 屋敷につくと、テントで一休みしたいというティレを庭まで送る。


「では、夕飯時に」

「はい。今日はありがとうございました!……あ」


 突然、ティレがハインツのシャツをつかんだ。


「え?」


 突然のことにハインツは狼狽えた。ティレの頭がハインツの顎のすぐ下にある。薬草なのか独特な香りがハインツの鼻腔をくすぐった。


「脱いでください」

「……は?」

「いや、ここではよくないですよね。では、テントの中で」


 そう言って、ハインツをテントの中に引きずり込もうとする。


「はあ?」


 ハインツは足を踏んばって抵抗した。


「なんなんだ!いったい」


 力を振り絞って、でもティレを吹っ飛ばさないよう気を付けて、手を振りほどく。

 ティレは不満そうにハインツを見上げて、ハインツの脇腹を指さした。


「ここ、怪我しています」


 見ると、確かにシャツの脇腹の部分が切れて、血がにじんでいる。


「ああ、子どもたちと遊んでいたときに切ったのだろう。このくらいの傷なんてほおっておけば治る」


 その言葉にティレは信じられないというような顔をしてハインツを睨んだ。


「いけません。消毒をしましょう。恥ずかしがる必要なんてないじゃないですか。さあ、テントに!!」


 いつにない強引さだ。昼食はこの場所で一緒に取っていても、テントになど入ったこともない。


「いやいやいやいや。それはさすがに。こんな人気のないところで」


 何を言っているのだ。俺は。ハインツは、横の大木に自分の頭をぶつけたくなった。

 ティレは、しばらく恨めしそうにハインツを見ていたが、ため息をつくと言った。


「仕方ありませんね。では、シャツの裾の部分だけをまくってください。消毒の軟膏を塗りますから。本当は、ほかにもケガがないか確かめたかったのですが。後で、ケガを見つけたら、教えてくださいね」

「……」

 

 もしかして、裸にして体の具合を見るつもりだったのか。ハインツは絶望的な気持ちになる。ここで譲歩する以外の道はなかった。

 目ををぎゅっと瞑るとそっとシャツをまくる。傷口に薬が塗れるよう、必要最低限だ。ティレが軟膏を指に着けて、ハインツの脇腹に触れる。


「--!」

「沁みますか?」

「--いや」


 ハインツは、明後日の方向を見ながら言った。ティレの指が自分に触れているところは、見ることが出来なかった。何か他に意識が向けられるところはないか必死で探す。ふとティレがいつも休んでいる大木の葉が黄色く色づき始めていることに気づいた。


 奇妙な娘だ--。


 本当に奇妙だ--。


「はい。終わりましたよ」


 そう言われて、これ以上ないくらいに素早くしっかりとまくっていたシャツを下げた。気が付けば日が傾き、木々もハインツもティレも、みな夕日に染まっていた。

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