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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章
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5 森の娘の意外な一面1

 次の日からは、村に滞在しているハインツの同僚たちも合流し、本格的な調査が始まった。


 とはいえ、ティレに調書を読み込んでもらわねば話にならない。騎士たちには、森の民の指示に従うように指示が出ていたし、ハインツや同僚たちにも異論はなかった。


 やはり調書を読み始めると普段のおどおどした様子が嘘のような頭のキレを見せるティレが、あの調書はあるか、この点を調べたいと騎士に指示を出しながら、ものすごい勢いで調書を読んでいく。

 それに合わせ資料を探す者や王都に早馬を走らせる者、王都の文官宛てに書状を認める者など騎士達も慌ただしく動いた。


 いつもは静かで時間がゆったりと流れているだろうこの屋敷も喧噪に包まれ、メイドや料理人など使用人達も忙しそうだ。

 家令は卒なく指示を出しながら、久々に活気付いた屋敷に満足そうだった。


 ティレの指示は的確で迷いがなかった。昨日の昼食後、いつの間にか寝てしまっていてテントの横で目を覚まし、ハインツを付き合わせたことに気づいた時の動揺っぷりが嘘のようだ。


「す、すみません!」


 小さい体をこれ以上ないほどに縮こませて謝るティレを思い出すと、頬が緩む。小さいものは癒されるものだとハインツはのんびり考えていた。


 調書を読みながら仕分けていたティレが、何枚かの調書を見比べ始めた。ハインツを見上げて、一点を指さす。


「あの、この発泡水というのは?」

「ああ、最近貴族や富裕層のあいだで流行っている飲み物です。国内ではいくつか炭酸を含んだ水が湧き出る泉があって、さっぱりしていて喉越しが良いと一部の層に人気なのです。確かに高価な物なので庶民には手が出ないものです。しかし、ほかにも飲んだ者はたくさんいるが、体調不良を起こしたのはごく一部だけ。今回の件の原因としては弱いとみています」


 ティレは、顎に手を当てて考え込んだ。


「発泡水の産地は?すべて同じ産地ですか?」


 調書に目を走らせながらティレは聞く。


「幾つかあるが……」

「この方達が好んで飲んでいた産地は調べられますか。あと飲んでいた量にもよるのかもしれません」

「わかった。すぐに調べさせます」


 ハインツは、手を挙げて騎士を一人を呼んだ。


「少しずつ体内に蓄積していくタイプの毒かもしれません。今症状が出ていない人も安全性が確認できるまで飲用を中止してもらえますか。できるだけ早く」

「承りました」


 呼ばれた騎士はティレとハインツから指示を受け、王都に向けて急ぎ馬を走らせた。


 ふと、ティレが書類から目を上げて、ハインツを見上げた。


「……なにか?」

「ハインツ様達は私の言うことを疑わないのですね」


 ハインツは目を瞬いた。


「こちらからお願いして来ていただいています。ご指示に従うよう王からも命を受けていますし、ティレ殿の知識は確かだ。疑うべくもないのでは」


 ハインツはごく当たり前のことを言ったつもりだった。しかし、今度はティレが目を瞬いて、しばし沈黙した。


「誰かに疑われたことが?」

「ーーいえ。ただ私たちはある意味異端ですから」


 それに憤っているとか悲しんでいるという感じではなかった。ただ、夜の後には朝が来ると言うように当たり前のこととして受け止めているのだと言うことがわかった。


「その()()の力を借りたいと申し出たのは自分たちだ。敬意を払いこそすれ、何を疑うというのだ」


 ハインツ不思議でたまらない。何故か少し腹も立った。一体誰がそんなことを言ったのだ。本当に利口ぶったやつらの考えることはわからない。


 そんなハインツの様子を見て、ふふっとティレが笑った。これまでで一番自然な笑顔に見えた。


「ありがとうございます」


 ハインツは、ゆっくり瞬きをした。


 ーー何に対する礼なのか、全然わからなかった。


 全ての調書を精査するのに、十日かかった。騎士たちは村から通ったり、王都に馬を走らせたり、ティレに言われた資料を揃えたり、入れ替わり立ち替わり出入りしたが、ハインツはティレと共に屋敷で調書を読み漁る日々を送った。


 初日以外は、夜は大人しく客室で休んでいるティレだったが、昼はテントで摂りたがった。毎日昼寝をしてしまう訳ではなかったが、昼食後に木に頬を寄せて休むのがティレにとっての休息らしい。人目を気にすることもなく、木に寄りかかかって幸せそうに目を閉じる姿が屋敷の使用人達にも目撃されていた。

 使用人達は時々その行動に戸惑うこともあるようだが、概ねティレに好意的なようだ。


 ハインツが無防備なティレの様子を気にして見に行ってしまうので、いつの間にか昼ごはんは二人でテントを張った木の下で食べるのが習慣になった。


 相変わらずティレは調査を離れている時は大人しかったが、ハインツを嫌がっているわけではないことは何と無くわかった。ハインツもお世辞にも女性と積極的におしゃべりするタイプではなかったので、二人は木の下で黙々と昼食を取り思い思いに休憩した。


 女とは、かしましいものだと思っていたのが、ティレは全くしゃべらない。最初のころはハインツがいるとおどおどとした態度を隠さなかったが、ハインツも好きに過ごしていて、特に自分に話しかけてくるわけではないとわかると、マイペースに過ごすようになった。夏は過ぎたと言っても涼しくなりきっているわけではない昼間、大きな枝を広げて影を作っている木の下で2人で過ごす時間は思いの外、居心地が良かった。


 何日か過ぎると、どちらからともなく、ぽつりぽつりと言葉を交わすようになった。屋敷の料理人が作る料理はティレにとって珍しいものであるようで、それをハインツが説明するのが主な話題だったが、それでも最初に比べれば、格段に打ち解けたと言えた。


「これはクルーレという香草を豚肉に練り込んで蒸しあげたものだ。独特の香りと酸味があるが、今日の黒パンによく合うとこの辺りでは人気だ。クルーレが村の周りに自生していて手に入りやすいこともあるが」


 仕事以外の話をするようになって、いつの間にかハインツは砕けた口調でティレと話すようになった。ティレはハインツが敬語だろうがそうでなかろうが気にする様子はなかった。


「おいしいです」

 ティレは、ハインツの説明を聞きながらサンドイッチにかぶりついている。


「クルーレは、森にも生えています。冬の間に、体を温める効果があるのでお茶にしてよく飲みますが、お肉に練り込むのは知りませんでした」

 自分の詳しい話題だと、普通に話してくれるようにもなった。


「そうか。この辺りは比較的冬が厳しいから、体を温めるというのはいい効果だな。今度メイドに知らせてみよう」

「では、お茶にするときのレシピをお作りします」

「それは助かるな」

「はい」


 ティレは、笑って胸元のペンダントに触れた。


「きれいな細工だな」


 ハインツが言うと、ティレがきょとんとした顔をする。ハインツが何を言ったのかわからなかったようだ。

 ハインツは、ペンダントを顎で示して言った。

 ティレは自分の手元を見て、ああ、と言った。どうもペンダントを触るのは無意識の癖のようで、自分では触っていることに気付いていなかったらしい。


「母の形見なんです」

「……そうか。一人かと思っていたが、お母上の形見と共に来ているのなら、心強いな」


 ハインツは、ごく自然にそう言ったのだが、ティレはその黒い瞳を大きく見開いた。ぎこちなくもう一度ペンダントに目を落とす。


「……はい。ーーありがとうございます」


 何の礼かわからなかったが、ティレがひどく嬉しそうに笑ったので、ハインツは無粋なことは聞かないことにした。


 木の葉の間から漏れた暖かな日差しが、キラキラとティレとハインツを照らしていた。

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