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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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32/41

森の娘の義兄の事情

次の朝、家族が揃った朝食の席で、ティレは隣国に行くことになったことを皆に告げた。



 意外だったのは、昨日のマルティナの話を告げても、両親も兄夫婦も驚かなかったことだ。


「ティレちゃんのお母様の事情を伺った時から隣国の王家となんらかの繋がりがあるのだろうなとは思っていたわ。ティレちゃんは、クラウスにも似ているし、クラウスのお母様にも似ているのよね。ティレちゃんの方が体が小さいけれど。マルティナとハインツは、クラウスのお母様には会ったことがないけれど、それでも全く気づいていなかったのはハインツくらいだと思うわよ」


 自身の母にそう言われて、ハインツは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 母は、幼い頃からヴァーグナー家に出入りしていて、クラウスの母である隣国の王女とも面識があった。

 

「私は、ハインツがティレさんを社交界には出さないと固く決めていたから、ある程度は気づいているのかと思っていたよ」


 兄にはそう言われたが、ティレが社交界に出ないのは、森を長く離れられない体質のせいだったので、ハインツもティレにもそのつもりは全くなかった。

 だが、そんなに、皆が気づくほど似ているのなら、結果として社交界に顔を出さなくて正解だったのかもしれない。今は安定したと言っても少し前まで政情が安定しなかった国だ。ここで王家の血を引く森の民などというティレの存在が広まるのは、面倒なことになりそうだった。

 

 ここで、ユリウスが、徐に口を開いた。

 今回の滞在では、侯爵家が揃っているところでは、あまり口を開かず、皆の会話を黙って聞いていることが多い王子に皆が注目する。

  

「ティレ殿が隣国へ行くかどうかは、当主である侯爵と夫であるハインツが良いのであれば、私の口出しするところではない。とはいえ、ティレ殿は今はもう、わが国の騎士の妻だ。隣国に森の民として正式に依頼で向かうのに、わが国が何もしないというわけにはいかない。ちょうど、王都に詰めていない騎士がここにいる。わが国の騎士としてハインツをつけよう」


 まあ、と嬉しそうにマルティナがユリウスの手に指を絡める。

 鼻の下を伸ばしたら、格好がつかないぞとハインツは思ったが、上司であり親友でもある王子の言葉にありがたく任を受けたのだった。

 

 公爵の体調がどの程度なのか詳しいことは、現地で直接見てほしいということだったが、重篤である可能性を考えて、出発はできるだけ早く、その二日後となった。

 王子夫妻の滞在は、もう少し先までの予定だが、後のことは、侯爵家当主である兄が引き受けてくれることになった。

 元々この滞在の終わりに合わせてハインツも騎士の任で王都に行く時期になっていたため、領地の仕事は家令にほぼ引き継ぎ済みだった。ティレの仕事も使用人に割り振ったり、間に合わないところは、ハインツの母や義姉が引き受けてくれた。

 


 依頼の内容を知らない兄の子どもたちは、二人の出発に残念そうだったが、剣の相手はマルティナがすると言ったら、コロッと態度を変えて、ハインツに土産をねだっていた。


「お妃さまを剣の練習相手にするなんて……」


 と侯爵夫人は青い顔だったが、


「義姉様いいのよ。ちょうど体を動かしたかったところだから」


 とやる気を出すマルティナを、うれしそうに夫のユリウス王子が眺めているのを見て、渋々子どもたちに許可を出していた。

 

 隣国には、森に沿って隣国からハインツの領地にやってきたユリウス王子夫妻と逆の道順で行くことになった。ティレとハインツは、馬車で向かうが、明らかに異国民の風貌のキエムが街道沿いを進むと目立つので、森の中をつかず離れずで付いてくることになった。

 キエムは、森の民の中では防諜を主に担っているため、気配を消して移動するのはお手の物だ。

 

「夫婦水入らずをなるべく邪魔しないから俺のことは気にしないで進んでくれ」


 出発前に気配を消して現れ、減らず口をたたいて、ティレを怒らせるキエムは、先日の夜とは違い、いつも通りで二人を安心させた。


 春の終わり、まだ暑くないこの時期の穏やかな気候だった。隣国との行き来は森沿いが一番便利なので道も整備されている。


 依頼の内容を鑑みれば、到着は急ぎたかったが、急ぎすぎて体調を崩しては元も子もない。

 ティレの体力を考えて、森との境で、休憩を取りながらの旅程だった。


 考えてみればティレの体質もあり結婚してから遠出をしたことはない。夫婦として初めての旅だった。

 馬車に揺られながら、外を眺めるティレは窓から見える景色に好奇心を抑えられないようだ。その様子に初めてあった時のことを思い出して、ハインツは口元を緩めた。

 そんな夫の様子に気づいて、ティレは慌てて姿勢を正した。


「いや、いいんじゃないか。今からあまり気を張っていても疲れるだけだ。キエムが情報を集めてくれるなら、それまではあまり気を揉んでも仕方ない。気候が良くて助かったな」


 今回の依頼の内容は、キエムも詳しくはわからないということだった。

 ――体調が悪い。

 森の民に助けを求めるということは、自国だけでは手に負えないということだ。重篤な可能性は高いが、王弟の立場を考えるとそれほど重症でなくても、大事をとってということも考えられる。


「――あまり、ひどくないといいな」

「……はい」


 ハインツの呟きがティレの心に沁みた。

 これまでその存在も知らなかった父であるかもしれない人と出会うのは、勇気がいることだった。しかも病に侵されているという。

 しかしそれでもティレが、会ってみようと思えたのは、ハインツのおかげだと思っている。ハインツがいれば、向こうで何があっても大丈夫な気がしている。


「ハインツ様。私たくさん迷惑をかけてしまうかもしれませんけど、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げたティレにハインツは「ああ」とだけ返したのだった。返せなかったとも言える。妻となったティレにも気の利いた言葉はうまく出てこないのだ。

 でもハインツの返事を聞いたティレが嬉しそうに笑ったので、ハインツはそれでいいことにした。

 ここにはうるさい母も姉もいない。


 ティレはテントで良いと言い張ったが、念のため夜は宿を取った。馬と御者を休ませなければならない。警備の者も野営よりは休める人数が増えると伝えれば、ティレも強く抵抗はしなかった。

 その代わり、昼間に森に半分入り込んだような形で休憩を取るようにした。

 

「兄の事情を少し詳しく説明しておいた方がいいな」


 休憩中、森の木に寄りかかりながら、ハインツはティレに、ヴァーグナー侯爵家の事情を話してくれた。

 大まかなところは聞いていたティレだったが、改めて説明されるのは初めてだった。

 

「父の最初の妻は、幼馴染で小さい頃からの婚約者だった。俺の母親の叔母にあたる。父とは大層仲が良くて、早くに結婚して、ローレンツ兄さんを産んだんだ」


 ローレンツはハインツの長兄である現侯爵だ。二人は母親が違うがよく似ている。ハインツの線を細くして歳を重ねたら兄の侯爵になるだろう。それは母親同士が血縁だということも関係があると思われた。


「だが、35年ほど前に、大きな流行り病があったのは知っているか」


 ティレはうなずいた。

 当時、ゲルグ国を襲った流行り病は、貴賤を問わず広く流行した。特に女性が重症化しやすい病だった。特効薬もなく、多くの死者が出たと記録にある。


「ローレンツ兄様の母上は、その病で亡くなった。ローレンツ兄さまは、まだ三歳だったそうだ。母君の記憶はほとんどないらしい」


 おそらく、ハインツの父も二十歳を幾つか超えた程度の年齢だっただろう。その歳で愛し合った妻を失くす絶望は想像に難くなかった。

 しかも、幼い頃からの恋仲で仲睦まじい夫婦だったというのはティレも聞いていた。

 

「父はひどく落ち込んで、次の結婚相手を探そうとしなかった。そんな時、隣国から王女を我が国貴族に嫁がせたいと打診があった。政情が荒れていた隣国から王女を保護するのが目的だった。完全な政略結婚だ。ちょうど母が亡くなって独り身だった父に白羽の矢が立った。全くの政略だから初婚の婚約者のいる男性を見繕うのはさすがに気が引けたんだろう」


 隣国は、三十数年前から、後継者問題で荒れていた。それは、幼い王子たちが成人してからも続き、ちょうどティレが生まれた頃にようやく政情が安定したという。

 王女は、現国王の妹だった。隣国の王位継承権は王女にもあったため、命を狙われる可能性があったらしい。


「それで嫁いできたのが、クラウス兄さまの母上だ。今のダルシアン公爵の姉上になる。父も、隣国の王家から来た妻を尊重したし、王女も自分の立場を理解してわきまえていて、穏やかな夫婦だったらしい。だが、やはり王女は祖国に帰りたそうにしていたそうだ。嫁いできてからも長く隣国の政情は安定しなかったから、自分だけ安全な場所にいるのは、王女として耐えられなかったんだろう。父もその気持ちを尊重して、クラウス兄さまが三歳の時に、離縁して隣国に帰られた。まだ、政情は安定していなくて危険な状況だったから、クラウス兄さまを連れていくことは諦めたらしい」


 ハインツはここまで話すと、よっと言って勢いよく立ち上がった。振り返ってティレに手を差し出して引っ張って立たせた。


「まあ、全部俺が生まれる前の話だ。クラウス兄さまに会えば、もう少し詳しく聞けるだろう」


 ハインツが生まれたのはその後に父が結婚した現在の夫人との間だ。

 末子であるハインツは、もちろん父の前妻たちのことは知らないし、次兄のクラウスと一緒に暮らしたのも幼少期だけだ。

 ここまでの話も、今回のことがあってから改めて兄や母に聞いてくれたもののようだった。


「クラウス兄様が国に戻られたのは、多分俺が五つ、六つのころ、ローレンツ兄さまが結婚した後くらいだ」

「覚えているんですか?」


 意外そうなティレの声に、ハインツは肩をすくめた。

 

「まあ朧げに。――その頃、父と母が大きなけんかをしてな。母が別邸に行ってしまったことがある。年の離れた夫婦で、義理とは言え母は、元々は父の姪だったからな。甘やかされていて、けんかなどしたこともなかったから、驚いて強く印象に残っている」


 馬車に戻りながらハインツは、いたずらを白状するときのように、気恥ずかしげに言った。


「俺は寂しがって泣いてな。マルティナに怒られたり、義姉上になぐさめられりしていたな」


 ふふっとおかしそうに笑うティレに目をやってから、ハインツはもう一度遠くを見た。


「今思うと、あれはクラウス兄さまを隣国に戻すかどうかの話がこじれたんだと思う」

「……まあ」


 そうか。喧嘩をしない夫婦がらしくなく喧嘩をした。理由は限られるだろう。

 

「母は、あの通りの人だからな。成さぬ仲といっても、息子を隣国にやるなんて考えられなかったんだろう。あの頃は政情は安定したばかりだったし、兄の母上ももう王族の籍からは離れていたとはいえ、危険が全くないわけではなかっただろうからな」

「でも、お父様は帰そうとなさったのですね」

「ああ。父上がどういうつもりだったのかまでは詳しく聞けなかったが。しかし、隣国に戻ることは兄さま本人の希望だったらしい」


「……そうなのですね」


 ティレには、母の国に帰りたいと言ったクラウスの気持ちが少しわかるような気がした。

 兄と弟妹は、母が違うと言っても親戚同士だ。もちろん、ゲルグ国の人間でもある。

 自分だけが隣国の血を引いている。自分だけが、義母の家系の血をひいていない。

 幼い頃に別れた母のいる国。そこに対する茫漠とした郷愁の想い――。


「ご自分のルーツをお知りになりたかったのかもしれませんね」


 そうつぶやくティレの手をハインツは優しくなでた。


「そうだな。クラウス兄様の気持ちが一番わかるのは、ティレかもしれないな」


 ちょっと妬けるけどな。


 顔をしかめて、そう言うとハインツは、大きく伸びをした。

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