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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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森の娘とその家族

 新領主邸は、森との境界にある。

 その中でもティレの部屋のある一階部分は森の中にせり出したような形をしていて、半分森の中と言ってもいい造りになっている。

 窓を開けると、夜の森の気配が部屋に入ってくる。

 ただでさえ、夜は闇に包まれる森だが、あと数日で新月という今日の月は、あたりを照らすには大きさが足りず、窓の外を見ても何が見えるというわけでもなかった。

 ただ、普段は意識しない森の音が、今日はやけに大きく聞こえた。

 

「大丈夫か」


 部屋に戻り一人になって、窓から外を眺めていたティレに、そっと部屋に入ってきたハインツが問いかけた。


「――どうでしょう」


 そっと窓を閉じたティレは、夫の問いに正直に答えた。窓を閉めると、少しだけ森の音が遠くなった。先ほどマルティナにペンダントの中身を見せてもらった時よりは落ち着いて、ハインツの問いかけにも存外しっかりとした声で応えることができたが、まだ自分の今の感情を正確に推し量ることはできなかった。


 ――驚いた気持ちもある。

 ――やっぱりという気持ちもある。


 森の民は、特定の国に深く関わることをしない。特に各国の政治の中枢に関わることは忌避してきた。中立を保つことを重視してきた一族なのだ。

 祖父は後悔しているようだが、当時、ティレの母の相手が、王位継承権を持つ王子であったとしたら、祖父が頑なに結ばれることを許さなかったことも納得できる。

 そう告げると、そうだなとハインツも答えた。

 

「隣国にいくには……、やはり祖父上が気になるか?」

「……それもあります」


 ハインツは窓際のティレに近づきそっと肩を抱いた。ハインツの温かさにまた自分が息を詰めて冷たくなっていたことを知る。すみません、と小さく呟くと優しく肩をさすられた。

 

 アルベールという公爵がティレの父であるならば、母と別れてから比較的すぐに王位継承権を放棄したことになる。これまで、結婚もせず、子もいないというアルベール。

 母とのことが、彼に大きな影響を与えたことは、想像に難くなかった。


「もし、公爵様が私の父だとして……」

「――ああ」

「私は母ではありません」

「……そうだな」

「もし、私が会いに行ったら、母が、十年以上も前に亡くなっていることを伝えないわけにはいかないですよね」

「……ああ」

「それを知ることは公爵様にとって、良いことなのでしょうか」


 ハインツは、困ったように少し唸った。

 しばらくティレにかける気の利いた言葉を探していたようだったが、諦めて単刀直入に訊くことにしたようだ。


「ティレ。気がかりの方が大きいなら無理に行かなくてもいいぞ。――しかし、会わなくて後悔しないか」


 ハインツの問いかけにティレは答えられなかった。

 そんなティレの肩を抱いたまま、ハインツは窓の外を見た。

 

「一度森に帰って相談してきたらどうだ?」


「その必要はない」


 窓の外から突然聞こえた声に、ハインツは咄嗟にティレを背に庇った。

 ――が、すぐに警戒を解いた。


「キエム!」

 

 ハインツの後ろからティレが驚いた声を出す。ハインツは苦虫を噛み潰したような顔だ。


「お前、たまには気を遣えよ」

「外から見えるところでいちゃつくなよ。一階だぞ」


 ハインツがため息を吐きながら窓を開けた。窓の外はそのまま森なので、村の者が通ることはない。覗くのはお前くらいだと言う言葉は言わないでおいた。キエムは、勝手知ったる姉の家に窓から堂々と入ってくる。

 ティレの弟キエムは、森の民だ。ティレと違い純粋な森の民であるキエムは明るい黄緑色の髪の毛と緑の目を持っているが、今日は闇に紛れて森の色に見えた。


「今日はどうしたの?」


 ティレの実家の集落は、森の中では比較的ハインツの所有する領に近い。かと言ってティレが頻繁に里帰りするわけにも行かないため、何か連絡がある時は小回りがきくキエムが使われることが多かった。

 キエムも森の民なので、あまり人が多い時間に訪ねてくることはないが、今日はそれにしても遅い時間だった。

 最初は気づかなかったが、今日のキエムはどことなく表情が硬い。

 

「依頼だ。じいさんは、ティレに頼みたいらしい」

「――私に?」


 無表情に言うキエムに、ティレは驚いて聞き返した。


「何故ティレに?」


 ハインツも意外そうだ。結婚してから、森の民としての仕事はしていない。ティレが手入れをしていた畑は、伯母や従兄の嫁が手入れをしてくれている。ティレも時間がある時には、様子を見に行って、村で使う分をもらってくることもあるが、そんなに頻繁ではないし、ほかに卸したりもしていない。ましてや、各国からの依頼にティレが関わることはなかった。


「依頼は隣国の公爵家だ」


 ティレから目を離さず告げたキエムに、ティレもハインツも息を呑んだ。

 視線を下ろすと、キエムがこぶしを握り締めているのが目に入った。


「アルベール・ダルシアン公爵。現王の弟が――謎の体調不良だそうだ」


 ティレは何も言えなかった。ハインツがティレの肩を強く抱いた。

 キエムは、鋭い目で二人を見据えている。

 

 この様子から見るにキエムは大体の事情を把握しているようだった。マルティナ達とのやり取りは、見ていないはずだが、祖父から聞いたのか、もっと早い時間から屋敷のそばにいたのかもしれない。


「――知っていたの?」


 眉をしかめたティレに、キエムは肩をすくめることで答えた。


「依頼を持ってきたのはたまたまだ。じいさまはどんなつもりか知らないけどな」


 敢えてなのか軽い調子でキエムは続けた。知らずに来たのならば、やはり先程のやり取りをどこかで聞いていたのだろう。

 

「まあ、俺はいいと思うけど。伯父さんも伯母さんも反対はしないだろ。そもそもティレはもう森を出ているんだし。あとは、ティレの覚悟の問題だ」

「キエム――」


 いつもぶっきらぼうなキエムだが、今日はさらに輪をかけて能面のように表情がない。そのくせ、いつになく饒舌だった。


 ティレとキエムは子どもの頃、キエムの父の元を飛び出している。キエムは普段は口にも態度にも出さないが、自分の父親がティレにした仕打ちに、そして自分を産んだことで身体を壊して亡くなった母に、母を失ったティレに思うところを持っている。

 ティレも、おそらくハインツもそう感じていた。


 キエムはティレに実父を見つけて欲しいのかもしれない。たとえ自分が恨まれようとも。


 ティレはため息をついてキエムに近づくと、堅い拳をほどいて、その手を握った。

 キエムは、何するんだよと言って手を振り解こうとしたが、ハインツが二人の手の上からさらに手を重ねたので、上手くいかなかった。


「私が行くなら、キエムも行こう」

「何でだよ」

「家族だから」


 キエムが、息を止めたのがわかった。


「……依頼だって言っただろ」


 そう言った声は、これまでよりもだいぶ小さかった。

 ティレは、キエムとハインツの手に自分の手を置いたまま、ハインツを仰ぎ見た。


「私、隣国に行ってきても良いですか」

「ああ。――私も休暇を取れるか、聞いてみよう。ちょうど最高責任者が滞在している」


 ハインツが、眉を上げて言った。そしてキエムを見て笑った。


「俺も、家族だからな」

「……勝手にしたら良いだろ」


 キエムが不貞腐れたように言った。ハインツは、声をあげて笑うとキエムの頭に手を当てて、髪を掻き回した。

 やめろよというキエムの声は、少し硬さが取れていた。


 森の木が静かに揺れていた。

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