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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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森の娘のペンダント

 翌日、いよいよ王子夫妻が到着した。


 隣国から、森に沿って国に入った王子夫妻の一行は、まず森の近くの館で王子夫妻及び少人数の護衛を下ろし、ほかの者やすぐに必要ない荷物などは丘の上の屋敷に移動することになっている。

 

 ハインツとティレに加え、昨日到着した侯爵一家も玄関前に勢揃いして王子夫妻を出迎える。


 先に到着した騎士たちが向かい合うように並んだ中に、一際豪華な馬車が止まった。

 従者が設置したステップを最初に降りてきたのは、王子であるユリウスだった。ユリウスは、ステップを全て降りると振り返る。

 そして、続いて降りてきた新妻の手を恭しくとった。


 ユリウスにエスコートされて馬車を降りてきたのは、ハインツの姉であり、現ヴァーグナー侯爵の妹であるマルティナだった。

 マルティナは長く、ユリウス王子付きの近衛騎士だったが、同時に長年のユリウスの想い人でもあった。その想いが実って、二人が婚姻を結んだのは、ティレとハインツが新しい領主館での生活に慣れ始めた頃だった。

 

「ティレちゃん!」


 さすがに馬車を降りて一通り形式通りの挨拶をし、ほかの者が移動するまでは我慢していたマルティナだったが、身内だけになると、夫の手を振り切ってティレに抱き着いた。


「久しぶり! 元気だった?」

「はい。マルティナ様、ではなく、義姉上様、でもなく、ええっとお妃様も」

「やだ、ティレちゃん! マルティナでいいわ。でも義姉上も捨て難いわね」

「マルティナ。まずは屋敷に入るぞ」


 ユリウス王子にティレから引き剥がされたマルティナは渋々屋敷に向かう。


「ごく最近、どこかで見た風景だな」


 冷静につぶやいた兄侯爵に、ハインツとそれから父も沈黙を貫いた。






 今回の訪問は、王子妃の身内への挨拶というごく内輪のものであるため、大きな行事も執り行う予定もない。どちらかというと、初めて王族として諸国を回ったマルティナを少しゆっくりさせたいという王子の意向を汲んだものだということだった。

 そのため、滞在中は原則として家族だけで過ごすことになっている。


 到着した日の夜は早めに家族揃っての晩餐となった。丘の上の旧領主邸よりもこじんまりとした、新領主邸のダイニングでの夕食は、兄侯爵の子どもたちも同席する気楽なものだった。王子夫妻も身内だからと無礼講を希望したので、ティレは、皆に森の民の伝統刺繍のハンカチを渡せたし、子どもたちもマルティナやユリウスから諸国の話を聞くことができて目を輝かせていた。

 森に面した、いつもは森の静けさをそのまま写したような静かな夜が、晩餐の時ばかりは明るく賑やかなものになった。




 

「ティレちゃん。そのペンダント見せてもらってもいい?」

 

 マルティナがティレに話があると切り出したのは和やかに夕食も終わり、お茶を飲みながらくつろいでいるときだった。

 子どもを連れた兄家族と両親はすでに部屋に下がっていて、王子夫妻とハインツ、ティレだけが残っていた。


 ティレの胸には今日もペンダントがかかっている。母親の形見だ。結婚の記念にハインツが丈夫な金属製のチェーンを贈ってくれて、それに通していつも身につけている。


「結婚記念にチェーンって……」


 とマルティナには呆れられたが、いつも手作りの紐の強度を気にしながらペンダントを身につけていたティレには何より嬉しい贈り物だった。


「このペンダントですか?」

「……大事なものだ。知っているだろう」


 突然のことに驚いているティレに代わってハインツが聞く。姉は、突拍子もないことをすることはあるが分別はある。ティレのペンダントについての事情を知った上で何故急にそんなことを言い出したのかという意味だった。

 

「――私たちね。今回の旅で諸国を回ったでしょう」


 マルティナの顔は思いの外、真剣だった。ユリウスはこの婚姻の儀がひと段落ついたところで、臣籍に下り、公爵位を賜ることになっている。そして、これまで司っていた軍部を少しずつ王太子である長兄の息子に引き継ぎつつ、将来的には外交を担う予定だ。その顔見せも兼ねての今回の旅程だった。


「今回、隣国フラナ国の次兄、クラウス兄様のところにも寄ってきたの」


 ヴァーグナー侯爵家は、少し複雑な兄弟構成だ。

 父である前侯爵の最初の妻との間に生まれたのが長兄であるローレンツ・ヴァーグナー現侯爵。その妻を早くに亡くし、当時王位継承争いで荒れていた隣国から、保護も兼ねて迎えた王女が二番目の妻。その妻との間に生まれた次兄クラウスは、母の弟である公爵を継ぐために隣国へ渡っている。

 そして王女が国に帰った後、年の離れた三番目の妻との間に生まれたのが、マルティナとハインツだ。父の最初の妻の姪にあたるハインツの母は、長兄とはいとこ同士ということになる。


「――以前、ティレちゃんの持っているペンダントが、フラナ国のものに似ていると言ったのは覚えている?」


 マルティナは、ティレの胸元に視線を向けた。

 初めて出会った頃に、確かにそう言われた記憶がある。あの時、ティレが興味を隠しきれなかったのを覚えてくれていたようだ。 


 ペンダントには繊細な細工が施されている。

 ティレの母は、森の民として依頼を受けていた時に、森の民ではないティレの父と出会った。祖父の反対にあい泣く泣く別れた後に生まれたのがティレだ。当然、父の記憶はない。祖父や伯父に聞くことも憚られ、ティレは父がどこの誰なのかも知らない。

 しかし、母が亡くなる前にティレに託したペンダントがフラナ国のものなのであれば、父の出自もその国である可能性は高い。


 夫であるハインツが、そっとティレの手を握った。

 ティレは目を上げてハインツを見た。


「ティレ。別に無理して話に付き合わなくていいぞ。どの国のものだろうと母上の大事な形見であることには変わりない」

「ハインツ様……」


 ティレは困ったように眉を下げて、ハインツとマルティナを交互に見た。

 そして、そっとペンダントを外してマルティナに渡した。


「――ありがとう」


 マルティナはまるで宝物を扱うかのようにそっとペンダントを受け取ると、表と裏を丹念に見た。そして「やっぱり……」と呟いた。ティレに向けてというよりは、自分に向けてといった感じの呟きだった。


「ねえ、ティレちゃん。このペンダント、仕掛けペンダントになっているわね」

「……はい。母は言わなかったのですが、あの後私も少し調べて知りました」

「知っていたのか」


 驚いてつい声に出してしまったのはユリウスだった。

 ティレはユリウスの方を見て遠慮がちに答えた。


「でも、開け方はわからなくて。フラナ国の仕掛けはかなり複雑だし、これはその中でも繊細な造りなので壊れたらと思うと怖かったんです」

「――そう。私ね、フラナ国で兄のものも見せてもらったの。これは、兄のペンダントとかなり構造が近いから開けられると思うわ」


 マルティナはティレの瞳を覗き込んだ。

 ティレが恐れていたのは、おそらくそれだけではないだろう。このペンダントは仕掛けを手順通りに解けば真ん中から開く構造になっている。中に何があるか、仕掛けが解けないのを口実に、敢えて知ろうとしていなかった。

 マルティナの隣にいたユリウスがとりなすように口を開く。


「ティレ殿。これは完全にマルティナのお節介だから、嫌なら付き合わなくて良い。だが、今――、ハインツと夫婦となり安定した生活を手に入れている今だからこそ、一歩進んでみるのも良いのではないか」


 ティレの恐れをわかった上での言葉だった。ペンダントの仕組みまで調べ上げたのに開けることをしなかった。それの意味するところを汲んでなお、そう言っているのだということはティレにも感じられた。

 夕食の席ではなく、四人しかいないこのタイミングで話を切り出したのも、ティレに無理強いしたくないという気遣いなのだろう。

 確かに、父について知りたいという気持ちがないといえば嘘になる。

 しかし言いようのない不安な気持ちもある。冷たくなった手に、ハインツの手の温もりが一層感じられた。


 マルティナがハインツに繋がれていない方のティレの手をそっと取って優しく撫でた。


「ねえ、ティレちゃん。このペンダント、開けてみてもいい?」


 部屋に静寂が満ちた。森の音が聞こえる。深く考えなくてもペンダントを開けば、決定的な何かが入っていることは明らかだった。

 ハインツがそっと震えるティレの肩を抱く。だが、無理をしなくても良いとハインツが口に出すよりも、今、ここで答えを出さなくて良いとユリウスが提案するよりも、ティレが返事をする方が早かった。


「――はい」


「ティレ……」


 ハインツの慮るような呟きにティレは頷いてみせた。


「私、ハインツ様と結婚して、侯爵家にも受け入れていただいて、本当に感謝しているんです。私のおかしな体質にも理解を示して下さって、実家とも行き来させてくださっている。こんなに幸せだと思ったことは確かに今までありません。――今なら受け止められると思います」


 それはいつものティレらしくないしっかりした声だった。森の民として、森の民と外の民との間に生まれた子として知るべきことに対して覚悟を決めたそんな声だった。

 最後の「ハインツ様も一緒ですし」という言葉だけは小さいものだったが。

 マルティナはそんなティレの手を取って頷いた。


 そしてペンダントを開け始めた。


「このペンダントは、決まった順番で押したり引いたりすると二枚の合わされた板がずれて開くようになるのよ」


 話しながらマルティナが、細工を慎重に動かしていく。覚書などもなく、動かす順番は覚えているようだけれど、動きを見るに仕掛けはかなり複雑だ。真剣な顔で作業を進めるマルティナは、フラナ国で、この細工についてかなり学んでくれたのではないだろうか。


 最後にカチリと音がしたのが合図だった。


 ペンダントの縁が二つに分かれた。マルティナが慎重に上の部分をずらす。


「やっぱり――」


 ペンダントは、二人の言った通りロケットだった。

 中を見て小さな声でつぶやいたマルティナは、ちらりと横に座る夫の顔を見る。ユリウスが、慎重にうなずいたのを見ると、ティレに向き直って、ペンダントを差し出した。


 そこには見知らぬ、しかしどこか懐かしさを感じる男性の姿絵が描かれていた。


「――クラウス兄様?」


 そうつぶやいたのは、ティレの横からペンダントを見たハインツだった。

 ペンダントには、隣国にいる次兄そっくりの絵姿が入っていた。


「違うわ」


 マルティナが静かに言う。


「ティレちゃんが生まれる前だとしたら、二十年前の絵姿よ。兄様はせいぜい十歳くらいだったはずよ」


 次兄は、父の二番目の妻の子で、長兄ともハインツとも歳が離れている。二十年前は、十を少し過ぎた頃だろう。それに、まだハインツやマルティナと一緒に住んでいたはずだ。対して、絵姿は成人男性。30を過ぎた今の次兄に近い姿だった。

 

 ハインツの兄に似ているというその人は、ティレにとっては初めて見る人だった。でもどこかで見たことのある顔をしている。

 不思議そうな顔をするティレにユリウスが語りかけた。


「ティレ殿。この絵姿。髪の色や目の色を除くと、ティレ殿によく似ているように思う」

「……え?」


 そうだろうか。自分ではよくわからないが、見知った顔に見えるのもそういうことであれば、不思議ではないかもしれない。

 

「――このペンダントは、母上の形見だったな」


 そうだ。初めてユリウスに会った時、その話もしたのだ。

 

「……はい。母は多くを語らなかったのですが、父にもらったものだとは言っていました。育ての父ではなく、実の父に――」


 だから母の死後、義父には絶対に見つからないよう気を付けていた。伯父の家に引き取られるまで、キエム以外の人に見せたことはなかった。

 震えるティレの手をハインツが強く握り直した。見上げるティレに頷いて見せる。

 そんな様子の二人に、マルティナが静かに口を開く。

 

「ティレちゃん。子どもの頃から、クラウス兄様もよく似た、仕掛けもほとんど同じようなペンダントを持っていたの。実家のお母様にもらったものだと。兄の今の名は、クラウス・ダルシアン。隣国の母方の叔父様の姓を名乗っているわ。アルベール・ダルシアン。叔父様の名よ」


 アルベール・ダルシアン――。


 ティレが呟くように口にする。


「叔父と甥だけれど、クラウス兄様が歳を取ったらこんな感じだろうなというくらい、よく似ているわ。ハインツが見間違うくらいにはね。」

「アルベール・ダルシアン。気づいているかもしれないが、先王の息子で現王の弟だ。一時は次期国王候補の筆頭と言われたが、王位継承争いを終結させるために公爵を賜って、臣籍に下っている」


 ユリウスが説明した内容はティレも聞いたことがあった。

 隣国は長く王位争いが続いた。ハインツの父が、二番目の妻に隣国の王女を娶ったのも、王位継承争いの中で、命を狙われるようになった王女を保護する意味合いが強かったと言われている。


「アルベール様はご結婚されておらず、お子様もいらっしゃらない。だからクラウス兄様を後継として引き取られたのよ」


 マルティナが一旦、ユリウスのあとをうけた。そして気遣うような、しかし覚悟を促すようなユリウスの声が続く。

 

「ティレ殿、一度、隣国に行ってみてはどうだ」


 何も言えず俯いてしまったティレに、だがユリウスはそれ以上強く迫ることはなかった。

 ゆっくり考えてくれとユリウスとマルティナは部屋に戻って行った。


 二人きりになるとハインツがそっとティレを抱きしめた。

 その温もりに、ティレは自分がひどく息を詰めていたことを知った。

 そのまま二人は無言でしばらく抱き合っていた。


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