23 白銀の騎士様と森の家族3
次の日の朝、起きるとキエムがいなかった。
先に起きたのかと思ったが、伯父夫婦も知らないと言う。村に帰ったのかとも思ったが、乗ってきたほうきは玄関に立てかけてあった。
みんなでしばらく探していると家から少し離れた木の洞の中にうずくまっているキエムを見つけた。
ティレは、ほっとしたのと同時に少し腹が立って、キエムに駆け寄った。
「キエム。みんな心配したんだよ。勝手にいなくなったら駄目じゃない」
キエムは返事をしない。
「キエム?」
キエムは顔を上げないまま、ティレの腰に抱き着いた。
「……だ」
「え?」
よく聞き取れなかったティレが顔を寄せるよりも早くキエムがばっと顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだった。いつからここで泣いていたのだろう。
「嫌だ!帰らない!俺だけあの家で暮らすなんて嫌だ!今度は俺が仲間はずれだ!」
キエムはわんわん声をあげて泣いた。確かに、ティレが伯父の家に行って、新しい義母が来て、もしまた新しい兄弟が生まれたら。ティレには痛いほどキエムの気持ちが分かった。
ティレは、立ち上がると伯父に頭を下げた。
「キエムも一緒に置いてもらえませんか。お願いします!」
「うーん」
ゼイムたちは困り果てた。義父と血のつながらないティレはともかく、キエムは紛れもなく義父の子だ。しかも、今のところ義父の血を継ぐ子どもはキエムしかいない。勝手に引き取るというわけにはいかないのだ。
その時。
「わしが話をつけよう」
現れたのは祖父だった。ティレやキエムと同じ村に住んでいながらめったに会うことのなかった母方の祖父。それが、なぜか伯父を訪ねてきていた。そして、村の要職についていたはずの祖父はどういうことかその日から伯父の家の裏の物置小屋に住み始めた。
祖父が話をつけたらしく、キエムも村に帰ることはなかった。そして、ティレとキアムは伯父の家にではなく、祖父と一緒に住むことになった。
ティレとキエムが村を離れて祖父と住むようになってから、ティレもキエムも村に帰ることはなかった。もう村には身内のいないティレはともかく、キエムは実の父がいるのだ。ティレはそれとなく、父親に会いに行ってはどうか勧めてみたが、キエムは頑なに村に行こうとはしなかった。
二人とは対照的に、伯父と祖父はティレ達が来てからしばらくの間、頻繁に村へ赴いていた。そこでどのような話がなされたのかはわからないが、義父がキエムを取り返しに集落へ来ることはなかった。
伯父のゼイムは、祖父がティレが義父の家で酷い目にあっていたのを同じ村にいながら気づかなかったことや、昔、祖父とティレの母の間に起きたことについて、色々と思うところがあるようだったが、ティレやキエムの前ではそれを表に出すことはなかった。ティレが生まれるまでに母に何があったのか、詳しく語ることもなかった。
成人した息子がいるだけだったホアは、ティレとキエムが来たことを大層悦び、何くれとなく世話を焼いてくれた。従兄弟のゾアンも、まもなくお嫁に来たゾアンの妻も、村の人たちのようにティレに対して偏見を持つこともなく、ごく普通の子どもに接するようにしてくれた。
引き取られた当初は、酷く遠慮がちな少女だったティレが、この集落で過ごすうちに少しずつ笑顔が増え、子どもらしく過ごすようになっていった。キエムと二人でいたずらをして、普段温厚なホアに叱られることさえあった。
祖父は寡黙な男だった。ティレもキエムも一緒に住み始めた当初は、祖父に対してどう接してよいかわからなかった。同じ村には住んでいたものの、祖父には滅多に会ったことがなかったのだ。しかし、祖父は寡黙ながらも二人を大事にしてくれ、ティレとキエムに必要な知識を与えてくれた。ティレは、半分は外の血が混じっているためか魔力が弱かったが、そんなティレに祖父は、薬草学というものがあることを教えてくれた。集落の周りには、薬に使える植物が豊富に生えており、これまで家に閉じ込められてばかりだったティレは草木の研究に夢中になった。
対してキエムは魔術にも身体能力にも長け、伯父のゼイムや従兄弟のゾアンについて、ほうきや剣術の訓練を始めた。伯父や従兄が務めている外との連絡役の仕事に見習いとしてついて行く事もあった。
キエムが外に出ることには何も言わない祖父だったが、ティレが外に出たりすることがないよう気を配っていた。
ティレが薬草を集めて作り始めた薬も、必要以上には作らせてもらえなかった。あくまで集落の中の人間が使う分だけ。最初はティレを蔑む村人からティレを隠しているのかと思っていたが、それだけではないようだと気づくのに時間はかからなかった。
母は、出会ってはならない人に出会い、落ちてはならない恋に落ち、産んではならない自分を産んだ。祖父はティレが母と同じ道を進むのを恐れている。ティレは聡い娘だった。
自分のせいで母も義父も祖父も不幸になった。弟も自分の父と暮らせない。
だから自分は母のようにはならない。
一生、この集落で生きていく。決して外の民とは必要以上に交わらない。
ハインツに出会って、自分の決意がいかに脆いものか思い知った。
女性だと思っているうちはよかった。同性に惹かれる自分に戸惑いもあったが、世の中にはそういう人もいると聞いている。現に男性を好きになったことがないのだから自分もそうなのだろうと思った。女性同士なら結婚して子どもを作ることはできないし、自分が黙っていれば済む話だ。
ハインツが男性だとわかった時、どうしたらよいかわからなかった。母の顔が浮かんだ。森に帰ってしまえばいい。祖父の気まぐれがそう頻繁に起こるとは思えない。森に帰ってしまえば、おいそれと再び外に出ることはできないだろう。それまでの生活が戻ってくるだけだ。
そのままずっと森にいればいい。
そう思ったのに、祖父はキエムにハインツたちの動きを見張らせた。そして、キエムがハインツの様子をティレに報告するのを止めなかった。いや、祖父がこの依頼は終了だとゲルグ国との縁を切ってもティレは忘れられなかっただろう。キエム抜きで様子を見に行ったかもしれない。
でもみんなを裏切るつもりはなかった。ハインツが森の民の生活を受け入れてくれた時も、心が通い合った時も。
事件が解決したら、今度こそ本当に、ハインツとは別れて、森の生活に帰ろう。
ティレはそう思っていた。
そう思っていたのに--。




