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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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22 白銀の騎士様と森の家族2

 伯父のゼイムは、外の民との連絡役を担っており、森のはずれに家を建てて、家族と住んでいた。母がティレがおなかにいるときに滞在していたと聞いていたし、ゼイムの妻ホアは母の親友なのだと生前母がよく話していた。


 ゼイムの魔法の腕は村一番で、ほうきの操縦をさせても、謀報活動をさせても、腕っぷしでもかなうものはいないのだと聞いていた。


 母が亡くなってからは、あまり家から出してもらえなかったので、ほとんど会ったことはなかったが、幼い頃は、母の体調の良い時に時々遊びに行くことがあり可愛がってもらった記憶がある。母は親友が暮らす伯父の家に行くのをとても楽しみにしていた。ベッドから出られず、会えない時も母はよく二人との思い出話をしてくれた。


「突然すまねえな」

「いや……」


 訪ねてきた義兄ゼイムに、義父はおどおどと答えた。目が泳いでいる。若い頃やんちゃをしていた義父は伯父にかなり絞られたことがあるらしく、今も頭が上がらないという。


「今朝、キエムが来たんだよ」

「キエムが?」


 義父は驚いて目を見張った。鋭い目でティレを見る。ティレはびくっとして首を横に振った。

 そういえば、今日は朝からキエムを見ていない。友達と遊びに行ったのかと思っていたが、なんと伯父のところに行ったらしい。


「ああ。あいつのほうきさばきは俺譲りだな。あの年で小一時間で俺のところまで飛んでくるとは大したもんだ」


 さすがに疲れていたから、置いてきた。今はホアがみているよと何でもないことのように言う。

 キエムが、そんなにほうきに乗れるなんて知らなかった。義父はあまりほうきも魔法も得意なほうではないから、母の血筋を受け継いでいるのは本当だろう。まあ、ティレはその義父よりも魔法の力が弱いのだが。


「……で、何の用で?」


 義父はおどおどとゼイムを見上げた。今思うと、伯父は妹であるティレの母を溺愛していた。最後まで母の結婚に反対していたと聞いているし、結婚が止められないとなると、ティレを引き取ると言っていたらしい。もしかすると母が亡くなった時にもそういう話はあったのかもしれない。いつもティレをいじめている義父にはやましいところがたくさんあったのだろう。

 体の大きなゼイムは入り口に近い側にでんと座っている。ドアから差し込んだ日が、後ろから伯父を照らし、その輪郭を強く染めていた。


「ああ、お前が再婚するって聞いてな。ティレを引き取りに来た。血のつながらない人間の間で暮らすよりいいだろうと思ってな」

「……そうかい?だけどこの子はあれの忘れ形見だし、俺も可愛がってい……」


 いつものティレに対する横暴な態度とは全く違う、弱々しい声を出した義父は最後まで言うことはできなかった。


 ゼイムがものすごい形相で睨んでいたからだ。


「--まさかとは思うが、異存はないよな」

「……はい」

「そうとなったら話は早い。ティレ行くぞ。必要なものは全部あっちにある。そのペンダントだけかけてこい」


 義父はその時初めてティレがペンダントを持っているのに気が付いたようだった。母からもらったペンダントだ。母は、絶対に父に見つからないように持っておけと言っていた。

 だから、粗末な紐にくくりつけて、服の裏側に隠していた。幸い、義父がティレの世話を焼くことはなかったので、これまで気づかれたことはなかった。伯父がなぜティレがペンダントを持っていることに気づいたのかはわからなかったが、ティレは素直に服の裏側から出したペンダントを首にかけた。

 

 義父は、何故かひどく苦しそうな顔でペンダントをかけたティレを見た。いやペンダントを見ていたような気もした。ティレは、黙って頭を下げた。久しぶりに服の下から出したペンダントが外からの光に反射してキラリと光った。伯父に連れられて家を出ると、そのまま伯父のほうきに乗った。伯父ゼイムは自分の前に座らせたティレごとほうきを掴むとふわっと浮かび上がった。


 生まれてからずっと暮らした家を出るのに、何の感慨もなかった。唯一の心の支えだったキエムが先に伯父のところにいたからかもしれない。


 ゼイムのほうきさばきは一流で、村を抜け、あっという間に伯父の家に着いた。村人は普段家から出てこない「黒子」がほうきに乗っているのを驚いたような顔で見ていたが、伯父に文句を言おうという猛者はいなかった。



「ティレ!」

「キエム!」


 伯父の家に着くと、キエムが駆け寄って来てティレに抱きつく。ティレよりも少し身長が低いだけのキエムだが、ティレの腰に突進してきて、そのままティレの顔に顔をうずめた。


「キエム、一人でここまで来たの? どうして」


 キエムは一言も発さず、ティレに抱きついて離れない。くっつきすぎて顔を見ることも出来なかった。


「キエムは、姉ちゃんを助けようとしたんだよな。立派だったよ。この年で一人で。よく迷わなかったもんだ」


 代わりにゼイムが答えた。それを聞いて、キエムが無謀なことをしたのだということがティレにも分かった。もし森で迷ったら。キエムともう会えなかったのかもしれないと考えて、ティレはぞっとした。


 ゼイムは、ティレの前にしゃがみこんだ。


「ティレ、悪かったな。こんなに長い間放っておいて。お前がそこまで酷い目にあっているとは知らなかったんだ。爺さんも何も言わなかったし。俺もあの村が嫌いだからって、近寄らな過ぎた。これからはここで俺たちと暮らそう」


 ゼイムの妻であるホアもやってきた。ホアは、母より少し年上だが、二人は幼いころからの親友で伯父と結婚する前から姉妹のように仲が良かったという。母からよく話に聞いていた。ほとんど会ったことはなかったホアだが、生まれたばかりのティレの面倒を見てくれたのもホアだという。久しぶりにティレを見たせいか涙ぐんでいる。


「ティレちゃん。狭い家だけど、我が家だと思ってね。ちょうどゾアンが家を出るから部屋もあるわよ」


 ゾアンは伯父夫婦の一人息子で、ティレにとっては年の離れた従兄弟だ。ホアは早くに結婚して早くに子を産んだ。伯父が強く望んだと聞いている。


「キエム、今日は疲れただろうから、ティレと一緒にここに泊まれ。明日送っていこう」


 ゼイムの言葉にキエムは俯いてぎゅっと手を握り締めたが、黙って伯父について家に入った。


 その日の夜は、見たこともないようなごちそうを食べた。普段、あまり多くの食事を与えられないので、少ししか食べられなかったが、伯父夫婦は、そんなティレを少し困ったような苦しそうな顔で見ただけで、何も言うことはなかった。いとこのゾアンは、ことさら明るくふるまってくれた。もうすぐ結婚して伯父の家の隣に家を作って住むのだという。ゾアンの妻はかなり離れた集落の娘らしい。気立ての良い娘だし、ティレの境遇も知っているから、安心してよいと言ってくれた。

 夜は同じ布団にキエムと二人でくるまって寝た。母が生きていたころはよくこうやって母の部屋で昼寝をしていたなとキエムの体温を感じながらティレは本当に久しぶりに幸せな気分になった。


「キエム、ありがとね」


 ティレは小さくつぶやいたが、キエムは疲れて寝てしまったようで、返事はなかった。

 ティレは、幸せな気分のまま、キエムの暖かさに引きずられるように眠りについた。


 

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